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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第六回 キラキラ☆ワードローブ企画(2018.11.24正午〆)
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荒野に一輪の薔薇の咲く (Veilchen(悠井すみれ) 作)

 透明な天井の向こう側で、無数の星々が輝いている。煌いて、はいない。何しろここは地球を遥か下方に望む宇宙ステーション――そこに設けられた学園だから。国境を越えてあらゆる国、人種と民族から有望な若者を迎える、という壮大な理念のもとに設立されたここは、でも、結局地上と大して変わらない。


「あの子絶対調子に乗ってるわ!」

「そうよ、放っといて良いの?」

「アマンダ、貴女が軽く見られちゃうのよ」


 皆が言い立てるのは、まさに忌むべき差別や排他主義そのもの。でも、くだらない、なんて言うこともできなくて、私はただ苦笑して首を傾げる。


「そう? その子、奨学生なんでしょ? 知らなかっただけじゃない?」


 不満の声をあげる皆から目線を外すと、サロンには各学年の生徒たちが散らばっている。その位置取りはランダムなようで、実は暗黙の了解によって国境よりもはっきりと線が引かれている。その線は、制服の色によっても見て取れた。

 星々に見下ろされる天窓の下、特等席に占める私たちは、最高学年の優秀グループ。同じ学年の、やや劣る成績の子たちがその外側に。この学年は、制服の色もテクスチャも様々だ。緑系統の制服の真ん中の学年はさらにその外。壁際に追いやられた下級生は、地味な茶系を纏っている。

 荒野に緑が芽生えて花が咲く――と、学年による制服の色を喩えて校内外の人は言う。でも、要はもっと単純なことだ。下っ端は目立つな、可愛い色や綺麗な色は、上級生の特権だ、ってこと。


「そんなの見れば分かるじゃない」

「ええ。普通は合わせるものよ」


 普通、ね。私だって()()じゃなかったのに、皆忘れちゃったみたい。


 生徒に制服――タイプは幾つかあるけど――を与えるのは理由がある。頻繁に行われる典礼やパーティの都度、衣装を用意できない生徒への配慮。限られた宇宙空間では、クローゼットの確保も大変だし。そんな問題を解決しつつ、後援の某企業の宣伝も兼ねているのが、制服に使われている繊維素材だ。

 素材の段階では、ごくつまらない鼠色。でも、服に仕立てて映像アーカイブと同期すると、簡単な操作でシンプルなワンピースにも無限の可能性を与えてくれる。

 どこまでも晴れ渡る青空、深い深い海の蒼、爽やかな草原、無数に咲き乱れる花々。宝石の煌きに、シルクの輝き。滑らかなベルベットにゴージャスな毛皮。この繊維は、どんな色もテクスチャも自在に映し出してくれる。もちろん手入れも簡単だし、私たちは限られたリソースでファッションを楽しむことができるという訳だ。

 明るい色でやる気や闘争心を装ったり、地球で災害が起きた時は暗い色で弔意を見せたり。仲の良い子とお揃いにしたり、派閥の結束に利用したり。色だけじゃない、表現の可能性も無限大だ。学年と成績が定める暗黙の了解の範囲において、だけど。


「新入生の癖に、あの子、赤を着てたのよ!」

「それも貴女の色よ、アマンダ。赤い薔薇の色」

「品種まで同じ! 貴女のものなのに」


 そうかなあ。薔薇の品種を作った人、育てた人に、映像の作者。それぞれにある権利を、私は某社を通して借りてるだけなんだけど。それに、昔のことをいつまでも言われるのは恥ずかしい。


 私も何年か前は、新入生の癖に、って言われてた。この学校の伝統は百も承知で、それでも、どうして着たい色を着ちゃいけないか分からなかったから。周囲の茶色も、一つ上の学年の緑も、あまりに地味でつまらなくて。一つくらい花がなくちゃ、って思ったから。それで、大輪の華やかな赤い薔薇を、しっとりとしなやかな花弁のテクスチャを纏ってみたんだ。

 周りの騒ぎようは、花が咲くどころか爆弾を投げ込まれたみたいだったけど。先生も眉を顰めてたし、上級生には露骨に睨まれた。でも、同級生には励ましてくれる子もいたっけ。その子たちが、今は先輩たちと同じことを言っているのは、ちょっと寂しい。


「うーん、でも、やっぱりその子に会ってみたいかも」

「そうよ、そうしなきゃ!」

「さすがアマンダね」


 皆、何で喜んでるんだろう。多分皆が思ってるようなことじゃないんだけど。今日の気分の、翡翠(かわせみ)の羽色にしたスカートをそっと摘まんでみるけど、指先に感じるのは羽毛ではなく、合成繊維のつるっとした感触でしかない。再現できるのは、あくまで視覚だけだから。


 私は、華やかなものが好きだ。でも、それは、色や見た目、表面だけ纏うもののことじゃない。たった一輪でも凛と咲く花の、そんな、気概みたいなものが素敵だと思う。

 噂の子が何も知らずにやったのか、それとも私を知ってて被せてきたのか、それとも何かの挑戦なのか。どうでも良いし、どれでも良い。でも、できれば、荒野に咲く赤い薔薇を愛でる感性を持ってくれていると良い。そんな子なら会ってみたい。


「で、その子、どこにいるの?」


 密かな期待は胸に秘めて、微笑む。でも、私の目は、抑えきれない好奇心に輝いていただろう。

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