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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第六回 キラキラ☆ワードローブ企画(2018.11.24正午〆)
193/268

ダイクロイックミラー (狼子 由 作)

GL要素があります。

 私達の店は大通りに面した場所にあった。アトリエを兼ねた店舗の1階はショールームで、私達のデザインした衣装を飾ってあった。

 ()()と言ってしまうのは乱暴か。正確には、彼女のデザインした煌びやかな衣装を中央に、それを引き立てる味気ない――つまり、賑やかしに置かれた私の作った衣装が置いてあった。


 彼女のデザインはいつも破天荒で、そして――麗しかった。胸元の開いた白いドレスの腰から下は幾重にも巻いたラップスカート。

 興奮した声で、彼女は囁く。

「纏う女は極上の花になる。世界に一輪しかない絢爛な花に」


 背中から翼のような袖が覆うイブニングドレス。スタンドカラーの隙のなさとは裏腹に、艶めかしい腰のラインに魅了される。

「女に媚が必要? 立っているだけで勇ましくしなやかで、そして芳しいのに」


 学生時代、彼女と机を並べて学んでいる間、私は嫉妬に苛まれていた。決して手の届かない才能の煌きを隣に感じて。

 卒業の前に、灼けつくような痛みと共に私は決意した。彼女を横に置くことを。同じ利害を共有する存在なら、きっと……少なくとも、彼女の才能に負けることはない。そう思った。

「良いよ、一緒にやろうか。私は構わないし」


 ――まさか、服が売れブランド名が売れるごとに、覆い隠したはずの炎が燃え盛るなんて考えもしなかった。




 デザイナーとしての彼女は輝いていた。だけど、共同経営者として見た時の彼女は酷かった。


 気が乗らなければデザインは描かない。

「天上から降りてくるものだもの。私のせいじゃない」

 初めてのパトロンは、彼女の気まぐれな様を見限って離れていった。


 パタンナーに忠告されても、頑として譲らない。

「もっと腕の良いパタンナーを雇えば良いだけでしょ」

 何人ものパタンナーが、彼女に呆れて去っていった。


 私は東奔西走した。仕入れた素材、請け負った仕事。人手不足と資金繰りに悩まされ、彼女の我儘に左右された。夜も眠れず食事は喉を通らず、その癖、空腹の度に胃が痛んだ。

「心配し過ぎ。そういうところは学生時代から変わらないね。大丈夫、私とあなたがデザインして、売れない訳ないじゃない」


 その余裕が恐ろしかった。苦境の中で冴える彼女のアイデアが恐ろしかった。

「神様が言ってる。もっと美しいものを、もっと素晴らしいものを作れって」


 彼女の言う通り、私達の――いいえ、()()()デザインは売れた。

 困苦した私のつまらない作品は、哀れな添え物にしかならなかった。




「もう辞めるなんて、どうして。私達、うまくいってるでしょう」

「うまくいってるのはあなただけ……私は苦しいわ」


 彼女の唇に浮かぶのは余裕の微笑。

 その表情にも、今までは耐え抜いた。売れさえすれば何とかなると思って。でも。


「どんなに頑張っても私じゃ届かないじゃない」

「あなたのデザイン、好きよ。よく調べてる感じがする」


 知識じゃ勝てない。そんなこと、もう十年も前から知ってたのに。


 話し合い、円満に事務所を解体しようとして、結局は果たせなかった。最後には泥沼の罵り合いになった。付き合いの長い分、お互いの触れて欲しくない場所を知り過ぎていたから。


 私は徹夜続きで傾ぐ頭を掻き毟り、ついに叫んだ。


「いいわ、教えてあげる。私は最初からあなたのデザインなんて、ちらりとも興味がなかったわ! ただ人手が欲しかっただけ!」


 何て大嘘。彼女のデザインを見て、この才能を狂おしく欲したのは私なのに。

 だけど、彼女はいつだって称賛を求めていた。だから私はそこを突いて――そして、口に出した直後に後悔した。

 彼女の瞳が、深い絶望と怒りでぎらついた。


「信じない。だってあなたは、学生時代からずっと私に固執していたもの。表面上は隠していても私は知っていた。私を邪な目で見ていたって」


 唇を醜く歪め、彼女は叫ぶ。甲高い声に纏わりつかれて、赤い口紅の滲む唾液が飛んだ。

 光る飛沫が私の喉元を赤く濡らした瞬間に、私は彼女の頬を張り飛ばしていた。




 私達の関係は終わった。

 事務所も資産も放り出した私は、小さなメゾン・ド・クチュールにデザイナーとして雇われた。そこで徹底的に育て上げられ、数十年の後にトップデザイナーになった。


 彼女が引き継いだ私達のブランドは、いつしか消えていた。私はその頃、狭い店奥で修行を重ねていて、表のニュースに疎くなっていた。後から人伝に、借金を重ね夜逃げ同然で潰したと聞いた。

 彼女の行く先を知る人は、誰もいない。




 真夜中、サテンの艶めく赤を見てふと思い出す。

 あの時互いに投げた罵倒は、本当に相手に向けた刃だったのか。

 誰よりも彼女に認めて欲しかった。だからこそ、彼女ではなく自分が一番恐れていたことを口に出したのじゃないだろうか。


 彼女も同じことをしたかしら。いいえ、これはただの願望か。

 私の中の彼女が囁く。

「邪な思いを抱いていたのは、一体どちら?」


 二度と触れられない赤い唇を思いながら、私は滑らかな布に口付けた。

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