キラキラの残像 (しまうま 作)
テレビのスイッチが入る。薄い板のようなその機械から、僅かな揺らめき、作働音が広がる。
画面に映るのはライブ会場だ。
暗いステージの上で、ひとりの男にだけスポットライトが当たっている。
音声はミュートにされている。映像から音は、まったく流れてこない。
画面の中の男はゆっくりと歩き、大きく手を振っていた。スポットライトもそれを追う。片手に持ったマイクは、なかなか使われない。歩きまわり、ペットボトルの水を飲み、ときおり周囲を見回し、わざと焦らすようにしている。
しばらくしてようやく、男はマイクを口元へ運んだ。何かを叫んだ。
その瞬間、画面に変化が起きる。色がつく。ステージを色とりどりのライトが照らす。暗闇から浮かび上がった楽器を持った人間達が、一斉に動きだす。
画面が引いていく。
下からつき出しているのは大勢の人間の手だ。ステージの男の動きに合わせて、手がうねる。波を作る。上空には花火が打ち上げられている。
リビングで再生される映像を、中年の男が見つめていた。画面の光に、その顔が照らされている。そこに表情はない。
ただ食い入るように見つめている。
***
掃除をするうちにふと思いついて、父親のクローゼットを開けた。
人がひとり、ここで生活できるほどの広さ。中年の男性のものにしては、あまりにも大きなクローゼットだ。
私の父親は昔ミュージシャンをしていた。だからクローゼットも、これだけの広さが必要だった。
いまここに納められているのは、父親の持っていた衣装の一部だ。ほどんどは処分されたが、それでもかなりの数が残っている。
サテン、エナメル、スパンコール。
やたらとテカテカした、原色の、ゴテゴテと飾りのついた、ステージ栄えがする衣装。とても日常生活で着られるものではない。
使われるあてもないまま、ここに取り残されている。
かつての父親は大変な人気だったらしい。CD が売れて、コンサートのチケットは販売開始から数分で完売にして。
だがそれは続かなかった。
CD も、ライブのチケットも、だんだん売れなくなった。以前なら考えられない出来事を目の当たりにして、父親はスタッフに当たり散らすようになった。あまりにもひどい暴行から、警察に逮捕される事件に発展すると、完全に風向きが変わった。ミュージシャンとして取り上げられることはなくなった。
席が埋まらないから、そんな理由で身勝手にコンサートを中止にした。事業に手を出して失敗した。詐欺の片棒まで担いでいたらしい。
落ちぶれた父親は、何をやっても面白おかしくニュースにされた。
私の記憶にあるのはこのころの父親だ。完全にミュージシャンとしては終わっていたのに、それでも何とかしようともがいていた。最盛期からまったく状況が変わってしまったことを、そのころになっても、受け止めきれていないようだった。血の気の引いた黄土色の顔で、口癖のように「なんでこうなったんだ」と繰り返していた。誰に向かって言っていたのかはわからない。陸に上がってしまった魚のように、苦しそうにしていた。
ミュージシャンを引退したいまのほうが、幸せそうに見える。
父親は親戚の植木屋を手伝って、民家の庭の剪定をするようになった。これは案外需要が多いものらしく、梯子を担ぎ、軽トラックを運転してあちこちに向かい、毎日忙しくしている。「なんでこうなったんだ」などとつぶやくことはもうない。魚は水槽で暮らすことになった。
衣装のひとつを手に取り、眺めてみた。
太陽の光を浴びた衣装は、スポットライトに照らされていたときと違い、無駄にキラキラしていて、ひどく安っぽくて、みすぼらしくて、古くさくて、みっともなかった。
こんなものを着て人前に出るなど、想像することもできないくらい、ダサかった。
ため息をつきながら力なく笑ってしまうような、じわじわと胸の奥の痛みが広がっていくような、そんな気分になって、私は衣装を戻して、クローゼットのドアを閉めた。




