とてもお似合い (烏屋マイニ 作)
他者との差異を優劣に置き換えたがるのは、もっぱら人間がやることで、彼女が他機種との性能差を、蔑んだり仰いだりすることは、本来であればありえないことだった。それでも、最新のシリコン樹脂ボディを羨んでしまうのは、彼女の仕える主人が見せてくれた、子供服のカタログ誌のせいだった。
「ねえ、アー子さん」
掃除機の音に負けないよう、ヒロは大声で彼女を呼んだ。アーティフィシャル某なる商品名から取った安直な名前だが、アー子はそれを、なかなか気に入っていた。
アー子が掃除機のスイッチを切って、主人の少年に歩み寄ると、彼は一冊のカタログ誌を開いて、その中の一ページを指し示した。それは、遠方で働く彼の両親が、わざわざ郵送で送ってきた紙の本で、十歳になったお祝いに、この中から一着、好きな服をプレゼントをすると書かれたメッセージカードも添えられていた。
「これ、可愛いと思わない?」
ヒロが示すページでは、バックリボンの付いた、フリルの切り替えしがある赤いフレアワンピースを着たモデルの少女が、肩越しに淡い笑みをこちらへ向けている。
「はい、とても可愛らしいと思います。しかし、ご両親は男の子の服を期待しているはずです」
「うん。まあ、そうだけど」ヒロはため息を落とす。
アー子は古いタイプの家政婦ロボットだが、乳母オプションも実装済みの人工知能は、少年の言外の欲求を推測するだけの、十分な能力を備えていた。
「坊ちゃんは、このような女の子が好みなのですね。彼女の情報については所属事務所が一部を公開していますので――」
「違う、違う」ヒロは顔を赤くし、慌てた様子で言った。「もういいや。君は仕事に戻って」
「かしこまりました」
アー子は掃除機のスイッチを入れ、床掃除を再開した。しかし彼女は、主人の思いを読み違えてしまったことを、少なからず悔やんでいた。おそらく解答を急いたがために、推測処理の深度が浅くなってしまったのだろう。では、正解はなんだったのか。アー子の手がぴたりと止まった。掃除機が床板を吸い込もうと無駄な努力を始めたので、彼女はすぐさまスイッチを切った。
アー子は少女の姿を模して造られてはいるが、その身体は金属と成形プラスチックの外骨格だ。もちろん市場の人気度で言えば、シリコン樹脂で作られたソフトボディに軍配が上がる。しかし、外骨格型にも一定の需要があるのは確かで、以前などネットワーク経由で会話をした同型機は、主人の求めに応じたがために股関節部品の清掃を余儀なくされたと、なにやら嬉しそうに愚痴っていたものだ。
あるいはヒロも、それと同じような嗜好に目覚め、アー子にあの可愛らしいワンピースを着せ、自分の無邪気な欲求を満たそうと考えているのではないだろうか。そうであれば、不覚と言うほかはない。もしアー子がより人間に近いソフトボディであったのなら、きっと彼の性癖も歪むことはなかったに違いないからだ。
しかし、いかに歪んでいようとも、主人の求めに――三原則に抵触しない範囲で――応じるのがロボットのつとめである。アー子は直ちにヒロの両親にメールを送り、誕生日プレゼントとは別に、例のワンピースを買ってもらえないかと懇願した。理由もちゃんとひねり出してある。ヒロの誕生日パーティに相応しいよう、無味乾燥な自身の見た目を改修したい云々。すぐに、「アー子さんはそのままでも可愛いよ」と言うお世辞とともに快諾の返事が来る。そして翌日には、宅配ドローンが一個の小包を届けた。
「これ、どうしたの?」ヒロが箱の中身を見て目を丸くする。
「私が着たいと言って、ご両親に買ってもらいました」
「ありがとう、アー子さん!」ヒロはいきなりアー子の首根っこに抱き着き、次いでいそいそと服を脱ぎ始める。アー子が「おや?」と首をひねっている前で、少年は自らワンピースに袖を通した。
「どう?」
ヒロはその場でくるりと回転し、金魚のようにスカートをひらめかせてから、きらきら輝く目をアー子に向けてきた。ああ、なるほど。そっちの方だったかと納得しながらも、アー子は自分の人工知能が、実は相当にポンコツなのではなかろうかと疑い始めた。
「とってもお似合いですよ、坊ちゃん」ともかく、アー子は主人をほめた。
「ありがとう。でも、父さんと母さんには内緒だよ?」
少し照れくさそうに笑って、ヒロは言った。その笑顔を見て、アー子は自分が、おそらくどんなロボットよりも幸せに違いないと確信した。それは、もはや信用の置けなくなった人工知能が導き出した答えだとしても、まったく揺るぎのない事実だった。




