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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第五回 旅の一幕企画(2018.7.28正午〆)
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瓶 (北瀬多気 作)

 時が止まったような静けさに、シラは自分もその一部であると錯覚しそうになった。群青色の空と、銀色の地面。寒々と固まった景色を、吐く息がそっと流れていく。シラの時は動いている。

 町は、シラ以外のすべてを凍らせてしまったようだ。半ば雪に埋もれた小路は人が通った形跡はなく、噴水の水はすっかり凍りついていた。静寂が、シラを孤独な不安で満たしていく。

(恐怖に支配されてはいけない)

 シラは腰の懐中時計を一瞥した。時計の針は、そろそろ二つとも真上を指す頃だ。立ち止まってはいられない。旅を、続けなければ。

 真正面の坂道を慎重に上る。左右には一軒家ほどの大きさの、黒くて丸いものがたくさん並んでいる。暗いのでよく見えないが、何かはもうすぐわかる。この町を教えてくれた、時計の持ち主が言っていた。

(ここにあるかもしれない)

 シラは重たい冷気をかき分けるように坂を上った。人の気配はひとつもないまま。風や動物もいない世界を上っていく。

 やがて坂を上りきり、だだっ広い広場に着いた頃。

 ――ゴォォ……ン!

 目覚めの挨拶にしては重厚な鐘の音が、町全体に響き渡った。合図と同時に、光が広場を中心に一気に広がっていく。

「始まった!」

 強い風が、シラをあっというまに追い抜いた。

 町が目を覚ます。

 赤や青、翠に橙、薄紅色に紫色……色とりどりの花が咲き乱れるように灯りが点いていった。暗くて気付かなかったが、花の蕾の形をした街灯がたくさんあったらしい。

 闇に慣れていた目が痛む。けれど、不思議と嫌ではない。蕾と、雪と、月が……シラを取り囲むすべてが輝いているせいか、シラ自身も煌めきの一部になったようで心地良い。

 夜を彩る美しい光は、シラがここに来た理由も一緒に照らし出す。

 黒くて丸い大きなもの。

 ――透明な、丸い瓶だ。

 光に照らされたそれは、巨大な瓶で、中に家の模型が入っていた。いや、模型ではない。本物の家だ。鐘の音で目を覚ました住民が、瓶の中の家から出てきた。シラを見つけて、窓から手を振る者もいた。あれも人形ではない、生きた人間だ。

 瓶に入った船の模型なら、シラも見たことがある。しかし、本物の家が瓶詰になっているのは、おそらくこの町だけだろう。

 改めて、シラは目の前に広がる光景に息をのんだ。

 この町の建物は、すべて瓶詰になっているのだ。

「見事でしょう」

 突然、背後から声をかけられたシラは飛び上がった。振り向きざまに短剣を抜いたシラに、声の主は動じることなく両手をあげた。

「驚かせてしまってごめんなさい、お嬢さん。大丈夫。何もしないわ」

 声の主は、栗色の短い髪に、機能優先の地味な防寒着を着た女性だった。

「大陸の隅の田舎で、しかも夜型の町だから、旅の人が珍しくて。それも、可愛いお嬢さん一人だもの。気になってつい、ね」

「そうですか。でも僕はお嬢さんじゃありませんよ」

 シラは口をとがらせて短剣をしまう。

「あら、失礼。ずいぶん綺麗な長髪だから、てっきり旅道楽の貴族のお嬢さんかと。だって髪なんか、護衛を雇える金持ちか、自分の身を守れるくらい強い女じゃないと伸ばせないでしょう」

 一つに結んだ髪をシラが不満げにつまむと、女性はいきなり「あっ」と声をあげた。

「ねえ、お嬢さ――坊や。観光目的の貴族じゃないとすると、坊やはワケアリさんのほうね?」

 シラが睨むので慌てて言い直すと、女性は満面の笑みで言う。

「そういうお客様なら、よく私のお店に来るからわかるの」

「……ここに来れば、どんな探し物も見つかると聞きました」

「きっと見つかるわ。ここは、大切なものはなんでも瓶に入れて保存しちゃう、瓶詰の町だから」

 女性は上着から小指ほどの大きさの空瓶を取り出し、シラへ向けて蓋を開けた。

 と、急にシラの周りが暖かくなる。寒さに凍える指がじんわりとほぐれ、気のせいか、春の花のような甘い香りが漂い始める。

「『去年の春』を詰めた瓶よ。暖かいでしょう」

「本当になんでも瓶詰なんですね」

「これはうちの商品。この町では、ジャムや果実酒から、空を飛ぶ妖精の粉に初めてのキスの味まで、なんでも瓶詰にして売ってるの。音とか匂いとか形ないものも、すべて」

 語る声や表情に、女性の商売人としての自信が滲む。シラは腰の懐中時計を握りしめた。

「では――記憶は? 記憶も瓶詰できますか」

「できるわ」

 女性が即答する。

「娘が毎年、あちこちに捨てられた記憶を、世界中からかき集めて帰ってくるの。それも商品の一つ。なくした記憶や、他人の幸不幸の記憶を求めて、海を越えて来る客もいる」

 鋭くなったシラの目を、女性は面白そうに覗き込んだ。

「坊やは記憶をお求めなのね。どんな記憶? 完全犯罪を遂げた犯人の記憶も、百年前のお姫様のハジメテの記憶もあるわよ」

「僕が探しているのは、僕自身の記憶です」

 シラは女性の目を見つめ返し、静かに答えた。

「五年前――西の国の少年王、シューラが暗殺された事件。この事件に関する記憶は売っていますか?」

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