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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第五回 旅の一幕企画(2018.7.28正午〆)
165/268

【宇宙に一つ、灯しびを掲げて】 (玉藻稲荷&土鍋ご飯 作)

【作者連載中作品 笑っておくれダンデライアン にて加筆修正版を投稿しております】

 サヴァルおうなが二人を見つけたのは、楽屋出口がある裏路地であった。

 怪我をした若い男、それに寄り添うように血で汚れた若い女。女の囁き声が耳を掠めた。それを聞き、彼女は年に似合わぬその矍鑠かくしゃくとした体で倒れた二人を自宅へと運びこんだ。




 男がベッドの上で目を開けば、すぐ近くで本を読んでいた老人が一瞥する。顔に刻まれた濃い年輪とは裏腹に背筋は伸び眼光も鋭い。なんと声をかけるか悩んでいた男――ラリーは、連れの女性――グリエルマの声が隣の部屋から聞こえて安堵する。


「あの……僕らは」

「何があったかは言わんでいい。あたしゃあの娘に可能性を見た。だから保護した。それだけだよ」


 ジロリと目線だけでベッドの上のラリーを黙らせると本を閉じる。


「あたしゃサヴァル。サヴァル媼とでも呼ぶといいさ」


 ラリーは、訳が分からぬまま頷くしか出来なかった。




 ラリーの怪我の手当てをする傍らで、サヴァルはグリエルマに歌を指導していた。数日後に迫った祭典で【歌うたい】が足りないのだと言う。グリエルマの声を聞き、なんとしても出場して欲しいという事だった。


「あたしゃこれでも有名な指導者だったんだが、最近は弟子に恵まれてなくてね。グリエルマ、あんたの歌をそこで聞きたいんだ」


 いままで本格的な歌唱指導などされたことはなかったグリエルマは、ラリーの治療の合間に、ひたすらサヴァルの技を吸収していった。


「ふむ。あんた基礎は出来てるね。ただ一番大事なもんがない。それが分かるかい?」


 かぶりを振って答えを促すグリエルマ。その綺麗な金髪が肩で揺れるのを見ながら、サヴァルはグリエルマの胸に軽く触れる。


「ハートさ。あんた本気で歌うのをいつも躊躇ってるだろう? だから気持ちが入ってない。あの彼氏の事でもいい、家族の事でもいい。心の底から想って声を出してごらんな」


 それを言われグリエルマは、彼氏ではないと慌てふためきつつも、そう見えているのかと満更でも無い顔をするのだった。




   **********




「いいかい。練習の時のように気負わずに。気持ちで歌えば届く。いいね」

「分かりました」


 緊張するグリエルマに優しく笑いかけるサヴァン。


「命まで取られる訳じゃなし。あんたの想いをぶつけてやんな」


 幕が開いた。

 



「ここから先へは行かせない」


 流石に隠し通せるはずもなく、ラリーとグリエルマを追ってきた戦闘部隊が迫る。会場の楽屋への狭い道で待ち構えていたラリーは武器を取り出す。かつて自分も所属していた母星の教義に反する者を処罰する【教化部隊】。彼らもまた静かに武器を構える。他の住民がいる星では事を荒立てない為、彼らは銃器は使用しない。そして音も無く対象を消す。そういう少数精鋭の部隊だ。


「幸福は義務と、教義が謳うのならば、僕は今幸福の為に戦うんだ」




 前の出場者が歌い終わり会場が拍手に包まれる。グリエルマは大きく息を吐き出すと、背中の大きく開いた純白のドレスを翻し舞台へと向かう。観客席にいるだろうラリーを想った。ずっと逃避行で自由は無かった。本来は生体兵器である自分の歌は、攻撃にしか使えないと思っていた。でも旅に出てからはそうじゃない。そして今日は表現の為に歌うのだと胸が高鳴る。舞台中央で一礼すれば万雷の拍手。震えそうになるが、確かに命を取られる訳ではない。目線で合図をすれば、伴奏が静かに始まる。グリエルマは自分の色を紡ぎ始めた。


 それは明確に脳裏に映像が浮かぶ程の意思を持った紡ぎだった。居場所を求めて彷徨う旅人が夜更けに目覚めた時の、隣のからのベッドを見た想い。もう戻らぬ故郷を思って宇宙そらを見上げる想い。ずっとずっと想っていた人に焦がれ、そしてやっと出会えた少女の想い。


 それは聞いた誰もが胸をかきむしられ、この星で生まれ育った者でさえ、見知らぬ場所の風景が心に浮かび、そこへ帰りたいと涙するような、強烈な哀愁と、そして愛の歌であり、それらをありありと喚起させる歌だった。観客は皆、自身の中にあるまだ見ぬ故郷を感じ声を押し殺して泣いた。


 会場の外で戦うラリーもそれを聞き涙した。もう二度と帰れない母なる星。そしてまだ見ぬ地球という人類の故郷。それを歌という情報から脳裏にありありと映像を浮かばされた。帰らねばならぬ。グリエルマを連れて、そこに。


「……だから、君たちには負けない。絶対に」


 命を賭した舞の後、立っているのはラリー一人だった。




 幕が閉じても拍手は止まなかった。舞台袖で待機していたサヴァンは、やはり見込んだ通りだったとグリエルマを抱きしめる。


「いいもん見せてもらったよ。行くんだろ。その場所に」

「はい。いつかそこに、彼と」


 そこに着いたら、また歌を聞かせておくれとサヴァンは囁く。グリエルマは大きく頷くと、自分を待っているだろうラリーの元へと走った。これからもどんな旅になるか分からない。でも、二人ならば、きっとそこへと辿り着けると信じて。

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