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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第五回 旅の一幕企画(2018.7.28正午〆)
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碧落の使徒と、世界一上手な口笛の意図 (梨鳥 ふるり 作)

 僕の一番古い記憶は、膜から落ちる瞬間。

 膜は僕の足元を選んで破れた。

 きっと、それが幸運だとか、不幸だとか、そういう意味なんて無く。



 どぷん、と、弾けてたわむ音が揺れた時、もう取り返しはきかなかった。

 僕は、膜を破り真っ逆さまに落ちた。

 今まで自分がいた場所ところを見下ろすと、穴の開いた膜の向こうで、たくさんの目玉が僕を見ていた。


 僕一人居なくなったところで大丈夫なんだろう。


 安心したあと、少し寂しかった。

 僕の記憶ときたら、身体の落下に合わせて滑らかなサテンリボンの様にスルスル容易く抜けていったので、何故そんな風に心が動いたのか、もう知る術はないけれど。

 僕は、傷のついた宝石を受け渡す気分だった。

 惜しいのか、惜しくないのか、決めている暇も、権利も僕にはなかった。


 僕は大の字になって落ちて行く。


 聴力の全てを風の音に奪われて、他には何も聴こえなかった。

 風ほどたくさんの音を持つものが他にいるだろうか、と、僕は思う。

 風は、僕の肌を撫でて行く時もあれば、不意に鋭く裂いて行く。

 どこまでも優しく、どこまでも厳しいのは、留まらない性質だからなのだろうか。

 両手の指を全部開けば、十本の白糸が天へ伸びて行く。もう僕の戻れない場所せつなへ。


 ヒュウ、と風が鳴った。

 世界一上手な口笛よりも素敵なモーションの意図を、僕は聴き取る。



『視なさい』



 落ちて行く僕の身体が風と重力に煽られて回った。

 視界いっぱいに広がる空と大地の境界線が、細く白金色に輝きながら、傾いて右下がり、次に左下がり、そして縦、水平、と、時間をかけて揺れる。

 輝く線は無限に広がる面をキッパリと二つに分けている。

 碧く涙ぐむ瞳みたいな地上と、ファンファーレが七十億あってもいっぱいにならない群青の宙。

 僕はあのどちらかから来て、あのどちらかへ行くのだと思った。

 どちらにとっても、きっと、僕は足らない存在だろう。そう思うと切なくて、どうして自分が存在しているのかと、誰かを責めたくなる。

 こんなの意地悪だ。こんな凄い所に、僕を。何故なの。


 地平から覗く天体の光が僕を照らし、滴り翻り、舞い上がっては散り散りに迸る。

 滑り瞬いて燃え、弾けては余韻を残し瞬時に消える様は、まるで、宝石の発光ファイヤ!

 宝石の命の中を落下したならきっと、こんな感じ。

 光景が目から心に流れ込み、焼き付いた。胸が焦げる感覚なんて酷なもの、どうしてあるのだろう。

 僕は途方もないものを盗んでしまった罪悪感を覚えた。

 身震いして、思う。


――――僕はお返しできません。


 そんな事を思った矢先、最後の記憶サテンリボンがするりと抜けた。

 僕の名前だった。

 左下がりの境界線の方向が特に眩しく黄金色に光ったので、ギュッと目を閉じる。

 涙が滲むのは目が眩んだだけ。ただそれだけ。


 僕は何処に落ちるのだろう。

 瞬きをして、近づいて来た世界を見下ろす。

 あの広く深い蒼海なら嬉しい。あの純白の山脈なら、素敵。

 あのさざめく翠の草原ならきっと心地いいし、あの暖かな花畑や、あの極彩色が息吹く森だったなら、それは楽しいに違いない。

 けれど、僕はちっぽけで何もないから、何処が居てもいい場所なのかわからない。

 尻込みする僕の横を『こっち、こっち』と、鳥の群れが横切って行った。

 カスミソウみたいな群れの行く先を見ると、ぽっかりと何もない黄色い砂漠が広がっていた。

 他の場所の様に、色々なものに溢れていなくて寂しげな場所だった。


 ここなら、僕に罪悪感を与えるものはない。

 そう思って、僕は砂漠に降り立った。



 それから……。

 僕は頑張った。

 見て来たものを真似してみたけれど、水は枯れ、雪は溶けた。草花は根付かなかった。

 何度やっても、駄目だった。

 僕のせいなのか、場所のせいなのかはわからない。

 僕はこの世界に相応しくないし、何もお返しが出来ない。そう思うと、横たわって何千何万粒の砂になってしまいたかった。

 けれど、胸に焼き付いた発光ファイヤが僕を立たせる。僕の絶望を焼く発光ファイヤは、いっそ残酷な程、僕に諦めさせないのだった。

 僕はこっそりと、涙を零すみたいに、理想と憧憬を砂の中に埋めた。



 百年、また百年、そして千年と経った。

 僕の目の前には、なだらかに隆起する荘厳な丘と、太陽に照る砂の波紋が広がっている。

 舞い上がる砂嵐と激しい温度差は、きっと僕のこころ。

 揺れる蜃気楼と赤い黄道光のうやむやの彼方へ消えて行く風は、焼けそうな程熱い。

 僕が埋めたものは、砂の中で綺麗なローマングラスになった。

 もしも誰かがそれを見つけた時に、僕の様に胸を焦がして苦しめばいい。

 そして、繋いでいくんだろう。


 僕は勘違いにようやく気付く。


『視なさい』


 そんな優しいものじゃなかった。僕は、風が厳しいのも知ってる。

 風は――――世界は、こう言っている。


『焼きつけなさい』。


 だから、僕は存在している。

 だから、僕はここにいても良い。

 そうするならば。

 僕は、そう思った。

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