無限の大地を踏みしめて・・・ (東メイト 作)
私は今、何もない道路の上を歩いている。
休日の旅といえば大半の人は陽気が漂う砂浜や涼やかな空気が流れる高原などを思い浮かべるだろう。だが、私が選んだ場所はそのどちらでもない。
私が立っているのは無尽蔵に続いている平坦な道の上であった。
どこまでも際限なく続いている牧草地帯・・・
その景色を2分する道路が私の目の前に広がっている。
空を見上げれば燦々と照り付ける太陽が私の往く道を明るく照らしているようだった。
時折、吹いてくる心地よい風は何とも言えない清涼感と何とも表現し難い夏草の匂いを運んでくる。
『なぜ私はこんな遮るものが何もない広い道の上を歩くのか?』
何の目的もなく何の意義もない無駄な作業なのに・・・
それでも私は敢えてその退屈な道を選んだのだ。
『どうして、そんなことを無意味なことをするのか?』
その理由は・・・特になかった。
強いて理由を挙げるとするならば、それは・・・単なる『暇潰し』である。
私は『人生』という先の見えない長い時間に暇を持て余していた。
周囲の人間達が慌しく自動車やバイクなどに乗って道を急ぐ中、私は坦々と変化せぬ景色の中を、一歩一歩と着実に感情を噛み締めながら歩いていた。
この不変的な景色もいずれは変化していく。
この何もない草が生い茂る地帯も冬になれば辺りに白雪が降り積もって白銀の世界へと変貌する。
そんな雪の上を踏みしめるのも悪くないだろう。
誰の足跡も存在しない真っ白な道を踏み分けながら・・・私の足跡を刻み付けるのだ。
私はそんな妄想に興じながら目の前に広がる道路の上をただただ歩き続けていた。
『この道の先に一体何が存在するのだろうか?』
それは道を進んだ者にしかわからない。
この道の先には穏やかな波が打ち付ける静かな海岸が存在するかもしれない。
もしくは、青々と新緑が芽吹く巨大な山々が聳え立っているかもしれない。
そう・・・この道の先は無限の可能性が存在しているのだ。
それらの景色をこの目で確かめるために、私は自らの足で何もない道を歩んでいるのかもしれない。
それもまた旅の醍醐味の1つである。
そんな思いに駆られながら歩いているとふと目の前に何かを売っている老人の姿が目に映る。
「何を売っているんですか?」
私は興味本位でその老婆に尋ねてみた。
「もぎたてのとうもろこしだよ。お兄さんもおひとついかが?」
老婆は徐に籠の中からとうもろこしを取り出すと私の前に差し出してきた。
「それじゃ、1つだけ・・・」
私は財布の中から120円を取り出すと彼女の掌に置いた。
「毎度あり」
老婆は皺くちゃな顔を歪ませると嬉しそうな笑みを浮かべた。
私は老婆から買ったとうもろこしにすぐさま歯を突き立てた。するとその野菜の中心から瑞々しい水分が溢れ出てきた。私はその汁を無我夢中で啜った。
(甘い・・・なんて甘いんだろうか・・・)
私が口を動かす度に口一杯に広がる甘美な味はまさに「スィートコーン」と呼べるほどの甘さであった。それは今まで食べてきたどんなとうもろこしよりも美味しい気がした。
その喜びは長距離を歩いて疲弊していた私の身体の細胞の一つ一つに程よい活力を与えてくれているようであった。単に言えばまさに「染み渡る」である。
「こんな衝撃的な出会いもあるものなんだな・・・」
私はそのとうもろこしをしゃぶりながら道路を歩き続けた。
どこまでも、どこまでも、無限に広がる大空の下を・・・
しばらく歩いた後にふと自分が歩いてきた道を振り返ってみた。すると先程までとうもろこしを売っていた老婆が豆粒ほどの大きさになっていた。
私は何時の間にやら過ぎ去る時を忘れてしまっていたようであった。
どんなに歩みが遅くとも時間は無情に流れ続けている。
(思えば随分と遠くまで来たもんだな・・・)
私は自分の歩いてきた過去を振り返りながら込み上げてくる感情を静かに受け止めた。そして、一頻り思いを馳せると再び前を向いて重くなった足を前へ前へと進ませた。
『私は一体どこまで行くんだろうか?』
私は見えない明日を模索しながら無限に広がるこの大地を歩き続ける。
私が歩みを止める時、それは私が知らない目的地に辿り着いた時、あるいは私が諦めを知った時なのだろう・・・




