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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第五回 旅の一幕企画(2018.7.28正午〆)
151/268

エルヴェに降る雨 (七ツ樹七香 作)

※本作は作者ページでも加筆して公開予定です。

 殺伐とした世の中だ。


 親は子を売り、子は親を殺す。

 母は子を愛さない。父も子を求めない。


 気に食わなければ排除、茶飯事だ。

 私はよどんだこの街が、心底嫌いでならなかった。


 母は忘れた。死んだと聞いた。父はいるがよく知らない。

 広い屋敷で育った私は、幸福も辛酸も知らぬまま――。

 ただ、売られはしなかった。


「エルヴェ、お前は選ばれた」


 父の口が三日月のようにとがって引き上がるのを、感慨なく眺めたのを覚えている。

 人形のような子どもたちと机を並べ、学を授けられ、鞭を振りかざす大人から隷属と従順を叩き込まれた。

 そして、この腐臭漂う街の「支配者たち」になることを命じられたのだ。

 

 皆の顔は日に日に死んだ。

 けれど、私の心は生きていた。


 古い書架の隅で一冊の本に出会った時に、いつか旅立つと心に決めた。

 この街から失われた「おとぎ話」に、憧れた。


 懸命のふりをして劣ってみせて、私は落伍者になった。

 人工物まみれの街で、なり手のない植物学者の座に収まれば、研究にかこつけた旅の許可は簡単だった。もう私がどこで野垂れ死のうと、誰も構わないのだ。


 街の外は、穢れていると聞いていた。

 触れれば指先を黒く汚す土、雑菌で汚染された水、何の映像も映さないつまらない空。自然の脅威に怯え、賎民の住む「ひどい世界」だと、そう教えられていた。

 

「見ろ、これが青いクソったれな空だ」


 細めた目に日差しがしみて痛い。こわばった表情筋がぎこちなく動いてみせた。

 古いスカイスクーターを駆り、外の世界を海沿いに西に向かう。

 うしろに、少女を乗せて。


「エルヴェさん、なんて言ったの?」

「何も」


 胴に回った細腕が、抗議するようにグッと強く締まった。


『お願いです。助けてくださいっ』


 ファナとは四日前に出会った。

 ボロをまとい肩をいからせた少女は、必死な青い目をしていた。


『トトの村へ、帰りたいんです』


 無言でいると駆け寄られて、汚れた手が私の服を無遠慮に掴んだ。


『なんでもします、なんでもしますから』


 少女は震えながら私の衣服を手繰り寄せるように、するりと腰に手をかける。その意図を汲んでゾッとした。むしるように手を引き剥がす。


『そんなこと、しなくていい』


 彼女の肩はストンと落ち、途端に赤ん坊のように泣き出した。

 目を腫らした少女を、気まぐれに愛機に乗せて今だ。


 水辺で森で、標本でしか知らない樹木や草花をサンプリングし続ける。自分の仕事がこんなに面白いとは思いもしなかった。


「エルヴェさんは街が好き?」


 街が遠ざかるにつれ緊張をほどいていったファナは、昼食に与えた携帯食を口にしながら少し甘えた声で尋ねた。


「……いや」

「じゃあ怒らない? あの街は、地獄だと聞いてたの」

「へえ、同じだな」


 外は地獄だと。


「奴隷が足りないと人狩りに来るの……私も、それで」


 私は、薄汚れた笑みが浮かぶのを恐れてうつむいた。

 人狩りじゃない「人買い」だ。この少女は、奴隷として売られた。

 親は子を売り、子は親を殺す。同じだ。

 幼い日の憧憬は――、ここにもない。

 

「どうして村に帰りたい」

「お母さんとお父さんが、待ってる」


 私は残酷な返事をしなかった。

 「おとぎ話」は存在しないと知ったのに。


「なぜ、私が君を助けると?」

「エルヴェさんは、街の人の目じゃなかった。だから」

 

 細い素足を抱えた少女は、そう言って膝頭に顔を埋めた。

 無理に変えた話題に、疑いなくかろやかな声で……。


 ファナはよく笑った。


 体が汚れたと言っては川に飛び込み、湧き出る水を素手ですくって喉を潤した。咎めたが、彼女は平気らしかった。

 私の飲む精製水をあまりにまずいと彼女がいうので、試しに生水を口にしたら、たちどころに腹を下した。やはり汚染されている。


「いい水なのに。エルヴェさん、ちょっと弱いんじゃない?」


 からかう言葉に私は眉を寄せた。

 確かに、水は不思議なほど甘く冷たく……美味しかったのだけれど。


「エルヴェさん、何か声が……?」


 その日の採取の時だった。

 森の奥に耳をすませば、数人の声がする。誰かを呼んでいる。

 戦慄した。親兄弟のはずがない。奴隷一人に追っ手が?

 ここは村から、まだ十マール以上離れている。


「おかあさんっ!」


 叫んだファナが走り出す。追った。

 背の高い草を分けて、木の枝に頬を打たれ、彼女を引きとめようと。

 絶望から、救おうと――。


「ファナ!!」

   

 棘だらけのヤブの先に居たファナは、母親らしき女の首にすがりつき、それをやつれた女が強く抱きしめ続けていた。


 母は子を愛さない。父も子を求めない。

 そうだろう?


 稲妻に打たれたように動けない。

 土汚れのついた女の頬に、滂沱の涙が流れて汚らしい。遅れて来た父親らしき男は指を組み合わせて祈り、顔をくしゃくしゃにして、妻と娘を力強く両腕で抱いた。

 木もれ日が静かに彼らを照らしている。

 

 あれが、『家族』だろうか。


「エルヴェさん、来て! お母さんも、お父さんも、お礼をしたいって!」


 目の奥と、胸の奥底が、熱くて息苦しかった。

 ああ、――雨だ。

2019/03/24 作者本人ページでも同作品を公開予定のため、注を追記

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