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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第五回 旅の一幕企画(2018.7.28正午〆)
150/268

旗 (燈真 作)

 旗が立つ条件を知っているか。

 1つ。未来を語ること。

 1つ。約束を交わすこと。

 1つ。素晴らしい景色を、共に見ること。


「やだ」

 宿の1室、にべもなく切り捨て書物に意識を戻す魔術師の少女を前に、剣を携えた少女は両手を腰に当て頬を膨らませた。

「えぇぇ、行きましょうよエク。せっかくこの近くなのよ? 明日の朝には魔神の本拠地に乗り込むのよ? 今行かなくていつ行くのよ!」

「別に行っても行かなくても明日は来るし、来ようと思えばいつだって来られるじゃん。やだ」

「つまらないわねぇ! ほら、気合いを入れると思って! なんなら私の一生のお願いだと思って!」

 一生のお願い、という言葉に肩を震わせ、それはもう深いため息をつくと、エクはパタリ、と本を閉じた。

「仕方ないなぁ」

「やった!」

「ただし!」

 少女の鼻先に指をつきつけ、彼女は矢継ぎ早にまくし立てる。

「ボクはあくまでファネのお守り! 行くだけだからね! 絶対、一緒に見ないからね!」

 わかったわかった、と満面の笑みで両手を握ってくるファネに、彼女はヒクリと片眉を持ち上げた。


 西の空を終の陽光が一筋駆けてゆく。夜の穏やかな闇が太陽の残り火を全て消し去ったのち、それは始まるという。街のはずれにそびえる、樹齢は万を超えると噂の大樹。『大樹の祈り』と呼ばれるこの季節にだけ現れる光景を一目見ようと、麓にはすでに多くの人が集まっていた。

「いよいよね!」

「だーかーら、ボクは見ないって言ったでしょー!」

 腕にがっしりしがみつかれてなお、エクはジタバタもがいていた。

「せっかく来たんだから!」

「そうだぜ嬢ちゃん、何もったいねぇこと言ってやがる」

「外野は黙っててもらえますかぁ?! やだってば!」

 ファネの両腕から自分の腕を取り返そうと躍起になるエクの耳に、その呟きは届く。

「……そんなに、私と一緒に見るの、嫌……?」

 ハ、と息を呑んだ、次の瞬間。2人はどよめきに包まれた。

 しゅるりと1つ。そばでまた1つ。大樹の枝に、薄ら光が生まれる。女性の両手を合わせたほどの花の蕾が、透ける花びらの奥に大切そうに橙色の光を抱いていた。いくつもの蕾が膨らみ、花開く瞬間を待ちわびている。暗闇が少しだけ退き、最大の見せ場への膳立てをする。大樹の枝々がすっかり淡い橙色に包まれ、人々の期待が最高潮に達した時。エクとファネは確かに、大樹の深呼吸する音をきいた。それは、まるで力を解放する予兆のようで。思わず2人目を見合わせた刹那、歓声が沸き起こった。

 解けるように花びらが開き、橙色の光がふわりと花弁を離れる。次々と開く花々、燐光を零しながら揺れ浮かぶ橙。知らず互いに手を握った2人の足元に風が戯れ、大樹へと向かう。四方から集まった風は、今や大樹の根元で全ての花が開ききるのを待っていた。

「ちょっと、なんで目を瞑っているのよ」

 目聡く気づいたファネに責められて、エクは俯いていやいやと首を振った。

「見たくない」

「ここにきてまだそれを言うの?」

「言うよ! だって!」

「ねぇ、エク」

 見て。

 耳元で囁く声に、まるで魔法のように顎をとられてまぶたを開かされた。ファネは魔法なんて欠片も使えないのに、その声音に抗う隙すら与えてもらえなかった。

 空気が柔らかく揺れて、風が螺旋を描きながら大樹の幹を昇ってゆく。『大樹の祈り』のクライマックス。幾筋にも分かれ、花から橙色の光を愛おしげに受け取り、他の光と遊び舞いながら徐々に大樹から離れ、人々の頭を越えて東の空へと飛んでゆく。明日も世界に光あれという人々の祈りを、ああして夜明けの太陽のもとへと届けるのだと、誰かが吐息と共に語るのが遠く聞こえた。

「ねぇエク」

「聞きたくない」

 どんなにエクが耳を塞ぎたくても、片腕はファネの腕の中、片手はその手の中。

「エクが何を怖がっているのかはわからないけど」

「聞きたくないってば」

 視界がぼやけて、橙色の光が幾重にもぶれた。

「この光に誓うわ。明日私は絶対、エクを死なせない。大丈夫よ」

 光が反射して煌めくエクの瞳から、幾粒もの涙が頬をつたっていく。片腕を解放して、ファネはそっとその頭を己の肩へと引き寄せた。

「だからね、今度は嫌がらないで、一緒に楽しく見に来ましょう?」

 ね? ポンポンと優しく頭を撫でると、ファネの胸元にいくつもの水滴が落ちた。

「……やだ」

「もう……」

 駄々っ子のように拒否の言葉を繰り返す彼女を、ファネは苦笑いと共にそっと抱き締めた。2人の上をまた1つ、橙色の光が飛び立っていった。


 エクの脳裏に声が届く。

 条件一致。

 ファネ・ソルタに死亡フラグを設定いたしました。


「だから、やだって、言ったんだ……」

 これまで何度も立ちかけては死に物狂いで回避してきた、彼女への旗。ここにきてとうとう、捕まった。

「まだ、まだ何か、手があるはず」

 優しい彼女だけは──己が代わりに果ててでも。

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