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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第四回 サヨナラ相棒企画(2018.3.24正午〆)
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少女は未来のほうへ行く (北瀬多気 作)

 あなたが未来を望んだから。

 あなたの言葉だから自然に受け入れられた。あなたが行きたい場所だから、きっと素敵なところだろうって。

 ふたりなら未来に行ける気がした。




 里と呼ばれるドームは、夜にしか生きられない奇妙な生き物たちにとって唯一の居場所。

 彼がそこを出たいと言い出したとき、彼女には理解できなかった。

 なのに今は、出ようと必死にもがいている。

「走れ!」

 血塗れで彼は叫ぶ。地べたにうつ伏せになった少年は、大人たちに圧し潰されそうになりながら、少女に訴え続けた。背中を押さなければ、彼女は振り返り戻ってきてしまいそうだった。

「走れ! 外に……」

 大人に頭を踏みつけられ、口内が切れる。小石が頬を裂き、傷口からさらに痛みがねじ込まれた。手足の感覚はとうにない。手はきつく拘束されているが、膝から下はなくなっていた。里の掟だ。一度でも夢を見た者が、永遠にそこへ向かわぬように。

「……うぅっ」

 堪えた悲鳴が小さな呻きとなって出てくる。少女の動きが鈍るのがわかった。止まってはいけない。君まで捕まってしまう。少年は頭の中で必死に念じた。

 止まるな。

 振り向くな。

 走れ。

 走れ……!

「行くんだっ」

 ――未来へ!




 頭の中でやかましく駆け巡るのは、少年との思い出の日々。平凡で退屈で、とことんつまらない日常。思い出すたび、なぜ命がけで走っているのかますますわからなくなる。

 それでも少女が足を止めることはなかった。足が速いのが数少ない取り柄だ。本気を出せば大人でも捕まえられない。

(未来に行く)

 彼の語る夢にまんまと騙されてしまった。おかげで止まれば死ぬし、止まらなくても死ぬ運命。脳内で少年を罵倒しながら、思い出をかきわけて進む。

 くだらない過去。感動のひとつもない。退屈で、時間だけが山ほどあった。特別じゃなくても一緒にいたら特別になっていた。ただそれだけで、楽をしていた。大事なことも面倒なことも、明日にすればいいや、明日になってから話そう……全部、明日に、来月に、来年にって後回しにしていた。

 少女は足の裏がじんじんと痛むのを感じつつ、思う。

(もっと話をすれば)

 怠惰な日々の中で、彼は未来を後回しにしなかった。月に一度の集会で、大人たちの見張りが手薄な今日を選んだ。無駄だったけど。

 ワケは考えながら気付いていた。あたりまえのこと。

 時間は山ほどありはしないから。

 時間も命も有限で、別れの時間なんてすぐやってきてもおかしくない。生き物は前に進むようにしかできていない。

 だから未来へ進む。

 出口は少し重たいだけで、子供でも簡単に開けられる。誰も開けないのは、出るとどうなるか理解しているからだ。

 それでも夢見る者がたまにいる。


 ――僕らは夜にしか生きられないけど


 重い扉が徐々に開く。本が好きで、暗い里の、最も暗い図書館にこもっていた少年が言う。


 ――自分の顔もわからない闇に埋もれて死ぬなんて、生きているって言えるのかな


 彼女は彼の顔を知っている。おとなしい普通の少年の顔。世界でいちばん好きな顔。


 ――外は人間がたくさんいる。光の中で、生きてる。僕は見てみたい。自分の顔。世界の形。生きてる者にしか見れない未来を見たいんだ


 扉が開いた。

 少女は未来のほうへ行く。

 隙間から漏れる光が、

 体を覆いつくすほど大きくなって、

 少女は一瞬ためらったあと……


 光の中へ飛び込んだ。

 背後で獣の怒鳴り声が響く。重厚な鐘に似た音で、過去は閉じられた。




 世界は朝を迎えようとしていた。遠くで太陽が顔を出し始め、上に伸びる大量の鉄の箱が、光を受けて輝いている。道に沿って植えられた木や草花が心地よい風に吹かれ、青々とした葉から雫が垂れ落ちた。

 青空は、未来はどこまでも広がっている。意思とは無関係に涙が溢れた。理由を探すより、とにかく泣かずにいられなかった。

 少女は崩れ落ちそうになりながら慌てて鉄塊の陰に走った。陽の光を浴び続けると死んでしまう。承知で少年は未来を望んだ。

「でもいない」

 自分が言ったくせに、心は勝手に傷つく。

 あなたが未来を望んだから。

 あなたの言葉だから自然に受け入れられた。あなたが行きたい場所だから、きっと素敵なところだろうって。

 ふたりなら未来に行ける気がした。

「あなたがいない」

 退屈とかけ離れた輝かしい未来。

 それがなんだ。

 こんなもののために。

「こんなのただの風景だ……!」

 掠れた声で叫ぶと、途端に虚しさがこみ上げた。水たまりに自分の顔が映っているのが見える。痩せこけた地味な顔。彼に見えていたのが恥ずかしい。

 一緒にいた時間、もっと大切にすればよかった。伝えたいこともあった。後回しせず向き合っていれば。光って、生きるって、たぶん……。

 道端に捨てられたボロボロの傘を拾い上げる。やがて起きてきた人間が、雨でもないのに傘をさす様を不思議そうに見ることだろう。気にせず、少女は未来を歩く。残り僅かな時間。終わったら、足のないおじいさんになった少年が来るのをのんびり待っていよう。

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