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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第四回 サヨナラ相棒企画(2018.3.24正午〆)
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路地裏のリドル (坂巻 作)

 こいつは助からないな、と思った。

 灰色のスラムに身体を投げ出してぴくりともしない。ハエを払う素振りもない。胸の上下はあいまいで、なにより出血が酷い。そうだな。「健康な身体」を朝食にぴったりの「こんがり焼けた一枚のトースト」に喩えるとしよう。

 苺ジャムがべったり、なんてレベルじゃない。フレンチトーストだ。ぬちゃっとしてぐしょぐしょ。分かってもらえただろうか。


 俺は立ち尽くし、変わり果てた赤いシルエットを見降ろしている。

 いちいち驚くことじゃない。夜を友とし刃を逆手に、生命を金に替えて今日まで生きてきたのだから。

 ただ日常と違っているのは、俺は独りで立ってるってこと。

 稼業を分割してる相棒は、目の前で死体もどきになっちまってるってことだ。


「ようチック。遅かったな」


「黙ってろ」


 まだ喋る元気はあるらしい。つまらない気分で応える。こいつは決して相棒とは呼んでこない。雛鳥(chick)なんてしょうもないあだ名を使いやがる。

 でも「相棒、」と声をかけてやればちゃんと答えが返ってくる。だから相棒。そのはずだ。

 動揺を押し殺し、笑いかける。

 

「ひでぇザマだな、おい。誰にやられた?」


 ──人を殺して生きているんだ。いつ殺されたって構いやしないさ。

 酸っぱい酒を飲みながら確かめるように言い合った、くだらない台詞がある。

 それはどこまでも本当なはずなのに、どうしてだか俺は素直に笑うことが出来ない。あれ、と思う。戸惑ってしまう。こんな気持ちになるなんて聞いてない。そんなはずじゃない。

 見透かしたように、蒼い瞳が歪んだ。


「分かってただろ。もういいんだ。お前との仕事は退屈しなかった」


 相棒の目が閉じる。落ち着き払った唇の動きに、その一連の振る舞いにムカついてくる。なんで安らかなんだよ、こいつは。殴ってやろうかと近づいて、結局血みどろのシャツを齧るネズミを蹴とばした。尾を掴んで壁に叩きつけ、ゴキブリを踏み潰す。群がるハエに叫び、闇雲に腕を振る。


 でも結局は、相棒が路地裏の所有物になるのを黙って受け容れるしかなかった。払ってもハエは諦めないし、ネズミを殺してもキリが無い。よく見りゃ蛆まで湧いている。小汚い虫がどんどん、集まってくる。

 

 いっぱしの殺し屋としてそれなりにやれてると思ってた。なのに現実では畜生すら敵わない。

 まったくイヤになる現実だ。しかも視ているのは俺だけ。目をあけろよと言外に、脇腹を小突いてもヤツは応えてくれない。


「誰にやられた?」


「……さあな」


「誰だよ」


「お前には関係ない」


「誰なんだよ、相棒」


 焦れて大声を出すと奴は血を吐いた。どうやら笑おうとしたみたいだった。

 青痣じみた唇の色に深紅の口紅がいやに鮮やか、胸がつかえる。 


「さっさとわすれろ、チック」


 めまいがした。

 瞼の裏に遠い昔がフラッシュバックしてくる。

 記憶のなかで父親は、玄関先で俺に猟銃を突きつけ「出ていけ」と告げている。怒りも懇願も通じず、無力なガキはその通りにするほかない。年若い父は裸の女の肩を抱いて家の奥に見えなくなる。

 それから十年後。俺たちは父を殺した。その時にはもう、俺は独りじゃなかったのだ。


「こんな風にしたのはお前だろうが」


 答えは無い。胸の動きが止まっている。

「やっぱり仇をとってくれ」だとか、最後に相棒と呼んでくれるとか、なにもなかった。お前なら大丈夫だと肩を叩かれることも、耳元で本当の名前を囁かれることもなかった。

 劇的なものをなんにも遺さず、相棒は死んだ。


「……卑怯者」


「クソ野郎、バカ野郎、カス野郎、──くそ、もう思いつかねえ」


 唾を吐く。乱暴に髪をかき混ぜる。顔を覆い、その場に蹲る。

 すると両手の隙間から、さっきまで全く気にならなかった激烈な悪臭が意識を苛んできた。顔をしかめる。ここはもうお前の居ていい場所じゃない。あたかも、言外に冷徹な通告を受けたかのようだった。


「……」


 それでも俺は、そこにいた。阿呆みたく、呆然と、どうしようもなく身体を麻痺させていた。

 ──わすれろ。

 あいつはそれだけを言い遺し、他の何をも与えてはくれなかった。

 だからきっと、俺は待ち続けてしまうのだろう。ついぞ得ることのできなかった、”相棒”の響きを。ずっと。ずっと。

 

 顔をあげる。

 かつて美しかった肢体に向かい、問いかける。

「忘れて欲しくなんかなかったんだろ。相棒」

 返事は無かった。

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