Dear P. T. (中條利昭 作)
お前の鼓動が止まったと聞いたとき、どうしてだろう、俺の鼓動が大きく、そして速くなった。お前の鼓動が移ったかとさえ思った。
あのときの感情は、俺にも判らない。歌詞にもできやしない。
俺はお前の叩くドラムが好きだった。ホットでラウドでグルーヴィーで、でもどこかクールで。そんなお前のビートを感じながら弾くギターは最高だった。一度バンドを離れた時期もあったが、結局戻ってきてしまったのは、あの感覚が忘れられなかったからだろう。
戻ってきたあのとき、お前から違和感を得た。隆々だった筋肉は健在だったが、どこか中身が薄く見えたんだ。実際に音を聞いて確信した。ファットな音だが、どこかお前らしくない。単なる老衰だろうと俺たちは信じる他なかった。
だが、その後ライブを重ねるにつれ、その衰えが顕著になってきた。俺たちも同じように歳を取っているはずなのに、お前だけ時の流れが早いようだった。スタッフの間でも少しずつ話題になってくるようになり、ついにお前を蝕んでいたものの正体が判った。それは誰も太刀打ちできないものだった。
次に集まったのはツアーが終わって半年ほど経ってから。電話で「アルバムを作ろう」って言ったのは、俺だったか。
こうして俺たちは集まった。そしてお前の痩せ細った姿に愕然とした。自慢の筋肉は骨のように固まり、立っているのもつらそうだった。ドラムなんて到底叩ないことは一目瞭然だった。
だが、お前の目は決して輝きを失ってはいなかった。そして、言った。ドラムのプログラミングを学んだと。お前は俺たちにとある音源を聴かせた。一分間、激しくドラムが鳴らされているだけの音源だ。
お前は言った。これは俺の打ち込みだ、と。
俺は笑った。冗談はよせ、と。
曲作りが始まり、お前はPCの前に座った。俺のギターやあいつのベースに合わせて音を打ち込んでいく。確かにあれはお前の叩いたドラムではないが、間違いなくお前の音だった。オープンハイハットは多少打ち込みくさかったが、機械のものとは思えない、生きた音だった。
その執念に、俺たちは震えた。このアルバムが最高のものになる予感がした。
そして、最高のものになった。評論家の評価は決して高くはなかった。それでも俺たちにとっては最高のアルバムだった。
ライブではお前が紹介してくれたドラマーを起用した。彼は素晴らしいドラマーだったが、まるで別のバンドのような感覚でもあった。
ほんの少しだけお前はステージに上がってくれた。タンバリンを持って。俺たちのハードロックには少々可愛すぎる音だが、確かにお前はあそこでビートを刻んでいた。懐かしいビートだ。あの瞬間、俺はとても楽しかったぜ。
ツアーで毎度お前はステージに立った。病気に負けじと歯を食いしばり、笑顔でステージに立った。どのステージも最高で素晴らしい時間だったが、次第に俺はつらくなってきた。頑張れと励まし、共にステージに上がることが、果たしてお前のためになるだろうか、と。
お前ほど強靭で、優しくて、常に高みを目指す人間が、俺たちの前で病気に蝕まれていく。つらかった。
もうやめよう。俺は言った。
お前はその手を振り払った。笑顔で「嫌だ」と。
そして、お前は最後まで走り抜けた。走り抜け、生き絶えた。
訃報を受けた後、俺は自宅でギターを搔き鳴らした。悲しみを爆発させ、指が痺れるまでチョーキングした。これじゃお前を悲しませるだけだと、お前を手向ける旋律を弾こうとした。なのに、出て来るのはお前を歓迎する旋律ばかりだ。お前と別れる音楽など、俺のストックにはなかった。
この思いをどうすればいい。相棒との別れを受け止められない思いを、どうすればいい。もうお前のビートの上で歌い上げることもできない。
どうすればいい?
暗闇の中、ギターを抱えて悩んでいた。俺には音楽しかない。ギターしかない。判らない。
答えがもう目前だと気付いたのは、一晩明けてからだった。俺にはギターしかないんだ。こいつを弾くことしかできない。
もういい。たとえお前を手向ける旋律など弾けなくていい。お前と別れられない旋律でいい。
俺はギタリストだ。わがままでナルシストなギタリストだ。
お前にとって本当の相棒は、リズム隊として共にバンドを支えてきたベーシストだろう。お前にとって俺は単なる仲間であって、相棒ではないだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。俺にとって、バンドメンバー全員が相棒。それだけだ。お前の考えなんてどうでもいい。
俺は俺のためにギターを弾く。今まで通りに弾いてやる。軌道修正役のお前はもういない。それでも、俺はどこまでも、いつまでも弾いてやる。
爆音でアンプを鳴らす。指の先が痺れるまでフレットを叩き続ける。指がちぎれるまでビブラートをかける。すると、耳の奥で、リズムが聞こえた。俺じゃないリズム。どこかで聞いたことのある、懐かしいリズム。
ああ。結局俺は、お前のビートに導かれるんだな。




