最初から何もかも知っていた星見の話 (狼子 由 作)
ああ、そうだ。
最初からずっと知っていた。
ここで、お前と別れることになると。
どうした。泣いているのか。
今までけして涙を見せなかったお前だと言うのに。
世界を救う旅なんて、バカバカしいとお前は笑った。
救えるものなどせいぜい目に見える範囲だ、と言って。
しかし、俺は知っていた。
星が運命を告げていた。
お前は、世界を救う英雄になる。
そして俺は、お前をここへ導くためだけに、永劫を生きてきたのだ。
生まれついての星見の力が、俺を呼んだ。
お前は俺に連れられ、ここまで共に歩んできた。
今こそ最後の封印を解かんと、永劫の魂を世界に捧げる俺の隣まで。
出会いから全て仕組まれていたと知れば、お前は怒るだろうか。
俺達が初めて会ったあの王国の危機、俺は偶然を装って行きあった。
親しげに話しかけ、危機の中心にお前を誘い、そして、結果としてお前がそれを解決するのに手を貸した。
とんでもない災難に巻き込まれたな、と苦笑するお前に平気な顔で笑い返した。
笑い返した、はずだった。
なのにお前ときたら、わざわざフードの中を覗き込んだ。
どこか痛いのか、なんて聞くものだから。
全く……本当に笑ってしまうな。俺の考えを知りもしないで。
俺こそがお前の災い、お前の痛みだと言うのに。
他でもない俺が常に導いてきたのだ。
災禍の中心へ。
争いの只中へ。
お前は時に誰かを救け、誰かを断罪し、誰かの生命を見捨てた自分を責めた。
だが、俺は知っていた。
誰が救われ、誰が罪を犯し、誰が死す運命であるのかを。
大国の首都。そしてその真逆にある、お前が生まれ育った村。
その2つが、同時に敵軍の襲撃を受けることも、ずっと以前から知っていた。
知っていてなお、現実にそれが起こるまで、一言たりとも告げなかった。
告げれば、お前は何もかも捨て生家へ走ると分かっていたから。
ああ……いや、違う。そうではない。
星は、俺がそれをお前に告げた場合のことは予言しなかった。
何故なら、俺はけしてそのことを漏らすなどしないから。
だから、あれはお前の業などではない。
予見できたはずだったと、お前があれほど苦悩した大切な人々の死は。
一つ一つ丁寧に、俺が情報を握り潰した。
お前の耳に届かぬよう、気付かれそうになるたびにくだらない諍いを仕掛けて回った。
そうして全てが終わった後で、何食わぬ顔をしてお前を慰めた。
お前のせいじゃない、などと真実でしかない言葉をもっともらしく述べた。
俺に、その言葉を言う資格などないと知りながら。
ただ、お前を歩み続けさせるために。
苦しみと義務を負う未来を押し付けるために。
どうだ、俺の罪を知ってまだ同じことを言えるか。
この冷淡な策略を、こんなにも平然と実現出来る俺の。
永劫を生きる星見は、いつからかそういう生き物であったのだ。
だから、お前は泣く必要などない。
ここで俺が己の魂を使い果たそうとも、同情の一片すらかける必要などない。
なにせ俺ときたら、ここに至ってもまだ、お前に謝るつもりなど毛頭ないのだから。
……ああ、いや。
ただ一つ、お前に謝罪しておきたい。
これまでのどのことでもなく、ただ今のことを。
俺は、どうやらお前の顔を覚えていないらしい。
こうして目を閉じると、途端にお前の顔が思い出せなくなる。
一度見れば、二度とは忘れぬ星見の力を持っていると言うのに。
耳に入るお前の声は、聞き間違いようもないと言うのに。
どうにも薄情ですまない。
所詮そういう男なのだと、だから――さあ、その手を離してくれ。
俺はお前を利用したのだ。
世界を救うためと己を欺いて、こんなところまで連れてきた。
その俺が惑い、悩んでいたように見えたというなら、それは全て……そう、全て見せかけだけだ。
見ろ。もうこの世界に、お前が愛する人間は一人も残っていない。
いるのは、お前に救いを求める有象無象の群れだけだ。
これが地獄でなくて、何なのだ。
俺がそうした。
この道を往けばそうなると知りながら、ここへ連れてきたのだ。
他に術がなかったなど、言い訳にしかならない。
言っただろう。許されたい訳ではないのだ。
……俺に見えている未来はここまでだ。
ここで消える俺には、この先は見えぬ。
俺は消え、お前は――きっと――お前は解かれた封印をもって、世界を救う。
救ってくれる、だろう。
人の頼みを断れぬ、誰かの不幸を見過ごせぬ、誰よりも強く優しいお前だから。
全ての元凶たる俺の希すら、お前は叶えてくれると知っているよ。
はは、馬鹿なことを。
お前の気持ちなど、星は告げやしないさ。
ただ、俺が知っているだけだ。
ずっとお前を見てきた俺が。
言う資格などないと分かっている。
口に出すことは許されず、言葉にすることすら罪深いと。
だが、せめて。
予見し得ぬ未来に向け、心よりお前の――
――ああ、いや。やはり、言わずにおこう。
さあ、今度こそ手を離せ。
ここで、さらばだ。




