離婚式 (外宮あくと 作)
※カクヨム及び作者本人ページでも同作品を公開しています。
「なあ、結婚式はあるのに、なんで離婚式ってないのかなあ」
ワイドショーでは、芸能人カップルの電撃離婚を話題にしている。それを見ながら夫が呟いた。
――こいつ、マジ、バカ
私を振り返ってニコニコ笑う夫を、幼稚園児並みかよと薄眼で眺めた。昨日、職場の可愛い五歳児ちゃんにも同じ質問をされたのだ。
前からバカだバカだと思っていたけど、ついに極まったようだ。
「あのさあ、純くん。本気で言ってんの?」
「だって、結婚する時は盛大に式を挙げるのに、離婚の時はなんにもしないのってなんでかなって。香菜ちゃんはそう思わない?」
「思わん! 別にめでたくもないのに、離婚式って意味分かんないし!」
言い分が五歳児ちゃんと全く同じで、イラっとする。子どもなら可愛いけど、いい歳した男が言うとムカついてしまう。しかも、目をキラキラさせて言うもんだから、バカっぽさ炸裂だ。
ずっと、くん付けで甘やかしたせいかもしれない。もう呼び捨てにしよう。
「いやいや、式っていうのはめでたい時だけとは限らないでしょ。お葬式なんて最たるもので、全然めでたくないよね。単に行事だったら、開会式や閉会式もあるし。あ、相撲の断髪式なんかもお別れって感じだよ」
「だから何よ。純は離婚式ってのを世に推奨したいわけ?」
「え? あれ? ……くんが、くんがどっか行った……」
呼び方が変わったくらいで、捨て猫みたいな顔しないで欲しい。
純は私の顔色を伺ってオロオロとしたが、まだ言いたいことがあるようだ。
「えっと、そういうことじゃなくて。儀式って区切りをつけたり、何かの記念だったり、新たな一歩を踏み出す時なんかに行うもんじゃないかなって。まあ、祝いの意味あいを持つものが多いのは確かだけど、それだけじゃないから。離婚って負のイメージだけど、すごく大きな区切りだしさ、人生再スタートかもしれないし、そういう意味では儀式化する価値あるんじゃないかなって思ったんだよね」
――でたよ、この屁理屈男
呆れ返って私が表情を消すと、純はハハハと笑ってからゆっくり俯いた。
「……だからさ、俺たちも離婚式した方がいいのかなって」
やっぱり純はバカだった。
別れないよって、つい先週も言ったばかりなのに、もう忘れたらしい。
私たちは何度も話し合った。純は純のやりたいことをやればいいって、私は言ったし本気でそう思ってるのに、どうやらまだ信用できないらしい。いや違う、負い目を感じてるんだろう。
確かに純がやろうとしていることはリスキーで、双方の親にも反対された。お前一人の人生じゃないんだ、バカなことするなって。
でも、純の人生は純だけのものだ。私の為に後悔はさせたくない。
だけど、私の人生だって私だけのもの。だから、別れたくないっていう今の気持ちを大切にしたいのだ。
純は某大手企業の研究開発部門に在籍していながら、その研究の為に海外留学したいと言いだした。彼が熱心に研究している分野では、その大学がトップなのだそうだ。私には全く分からない世界なのだけど。
もちろんこのご時世、いずれ会社の為にもなるからといっても留学費用が出る訳もない。大体、言いだしたのは純の方だし。
そして、長期間の休職も歓迎されるものではない、というか行くなら辞めろとはっきり言われた。戻ってきたら再び入社試験を受けてもよい(採用するとは明言していない)という約束だけはしてもらえたが。
行ってくればいいと思う。
だって私には、彼の情熱がよく分かるんだから。純が目を輝かせて語る話は、私には十分の一も理解できないけど、そんなにやりたい研究ならやればいいと思う。
夢を諦めないで欲しいと思っている。しょぼくれた純なんて見たくない。それに一回り大きくなって帰ってきた彼を、拾ってくれる所はきっとあると信じている。
妻として彼を応援したいのだ。それなのに、このバカはバカなことを言う。
「嫌よ。何が離婚式よ!」
いいって言ってるんだから、素直に行ってくればいいのに、純は私に迷惑をかけるからって迷っているのだ。本当にバカだ。
何がムカつくかって、留学は迷ってないところだ。準備は着々と進めているのだ。彼の迷いとは、私との結婚を続けるかどうかなのだ。
一緒にいられない上に、金銭的にも多大な負担をかけるし、当分子どもも望めない、というのがその理由だ。
酷いバカ男だと思う。涙が出てきた。
「香菜ちゃん……」
「バカ。何度も言わせないでよ、待ってるって言ってるでしょ、バカ!」
純の胸を拳で殴ったら、いきなり引き寄せられ、抱きしめられた。
「いいの? 本当に待っててくれるの? 辛くないの?」
「辛いよ! だから金髪と浮気したら殺す!」
「しないよ」
髪を撫でる手が優しい。
「私は『いってらっしゃい』も『お帰りなさい』も、言うんだからね!」
睨み付けてやろうと思って顔を上げたら、純が笑っていた。涙をいっぱい目に溜めて笑っていた。
「分かった。『行って来る』。『ただいま』も言うから」
「うん『行って来て』」
2018/10/29 カクヨム及び作者本人ページで同作品を公開のため、注を追記




