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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第四回 サヨナラ相棒企画(2018.3.24正午〆)
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赤い月が導く (甲姫 作)

「人外x少女で頼むよ」とタカノケイさんに言われたので試しに書いてみました。

 露の重みに、木々が枝葉を垂れる。

 辺りには濡れた腐葉土の匂いが満ちている。

 赤い月明かりが薄い雲に滲んで、仄かなピンク色に染み渡る夜空だった。神秘的に美しく、たとえるならば狼の遠吠えが夜のひんやりとした空気を熱く震わせる夜である――

 ――あるはずだった。

 現実は幻想とはほど遠く。幼児の騒々しい泣き声があらゆる生命を住処から追い立ててしまいそうな、深夜のことだった。

「おちつきなさい」

 私は耳障りにも号泣する六歳の幼女に向かって命じた。

 しかし人間ヒトとは一貫して自分勝手な生き物であり、まだ年端もいかぬ小娘とて例外どころか、その本質を最も体現した形状であるのだった。落ち着けと言われて落ち着くような生き物ではない。

「ええい、うるさいわ! 泣きやめ!」

 ――ぺそっ。

 あまり力を込めては傷付けてしまうだろうから、私は大いに手加減をしつつ、前足で小娘の後頭部を叩いた。だが子供は泣き止むどころかますます音量を上げて喚いた。

「うああああ」

 小さな両手は目元を擦るのをやめて、私の背中に殴りかかった。

 まだ冬毛の残る背に、激しい痛みはない。不快に感じる程度の衝撃はある。

「こら、わがままはやめなさい! お前はこれからこの道を真っすぐに下って人里に戻るんだよ、わかったね!?」

「やあああだああ」

「駄々をこねるんじゃない! 最初からそういう予定だと、言い聞かせただろう」

「しらないもん。あたしおやまをおりないもん! ままとここにいるもん!」

「ばかおっしゃい、お前はヒトなんだ。ヒトはヒトと群れて生きるもんだ」

「じゃあ、ままはどうするの? むれないの?」

「私は超常種の人狼だ。人にも狼にも変化できるけど、どっちの種族にも居場所はないんだ。いいんだよ、独りでもここで生きられる」

「あたしもやまにのこる」

 幼女は両目に涙をためている。私は胸の奥がちくりと痛んだことに、気付かないふりをした。

 ここまで懐いて別れを惜しんでくれる生命体は、きっと後にも先にもこの娘だけだろう。道を分かつ決断はひどく心苦しかった。

 けれどもすでに決めたことだ。幼児を拾って育て始めた日から決めていたことだった。

「霊山と人界との通路が開くのは、実に五年ぶりだ。次に二つの世界が繋がるのが何年後かはわからないんだよ。今行かなきゃ、おまえは機を逃してしまう」

「やーだー!」

「聞き分けなさい!」

 ――このような出口のないやり取りを、かれこれ数刻ほど繰り返している。


 思えばこの子と、幾つもの季節を共にした。

 小娘が私の棲家にハイハイで迷い込んでから、それなりの歳月が過ぎている。

 子は私に倣って言語を身に着け、森林で生き延びる術を学んだ。何をするにも一緒だった。大鹿を狩った年も、流星群が現れた夜も、いつも傍らにいた。

 温かく満たされた日々だった。

 やがて小さな彼女も大人になって、己の居場所や存在意義を問う日が来るだろう。そんな時、傍に居るのは同族でなければならない。伴侶を得て子を産もうが社会の中での役割を見つけようが、成し遂げるには人里に戻る必要があるのだ。

 娘は捨て子だったかもしれないし、迷子かもしれなかった。何であれ、私は彼女に普通の人間として生きて欲しい。

 自分がこの先どのような深い孤独に落ち沈むことになろうとも、この一点は譲れない。

 子が泣き疲れて眠った隙を狙って。私は幼児の首根っこを優しく噛み、人の世の境目まで運んだ。

 山のふもとは霧が濃い。視界が涙で滲んでいたとしても、言い訳ができそうだ。

「さようなら。愛しい子」

 私は毅然と踵を返した。

 棲家に戻るまでの間――長い尾だけが、意気消沈した胸中を代弁するように地面近くまで垂れていた。


 月が十三年ぶりに赤く染まった。

 けれども「遠吠え」が響かなくなってから、もう三年が経っていた。

 何度お山を登ろうとも、遠吠えの出どころは見つからず。大人になったあたしは、それが霊山と人界の間にある見えない隔たりからだと理解した。

 ようやく奥まで踏み入れられたのに――求めた者の姿はなかった。

 あたしは、狼の骨格に人間っぽい五本指の手足を持った、稀有な骸骨の前に立っていた。血肉が食いつくされて久しいのがわかる。

 彼女の面影がほとんど残っていなくても、間違えたりしない。

「さよならは言わないよ。まま……ずっと一緒だからね」

 ぽきり。腕の骨を一部折って口づけを落とし、懐に大事にしまった。

 今のあたしは、ままが望んだ通りに人里に居場所をみつけていた。人外生物研究の専門家となって、こういった霊的区域を調査するのを仕事にしている。

 母は、孤独に息を引き取ったのだろうか。

 確かめる術はないが、あたしにもまだできることがある。

 かつて二人で暮らした巣穴から這い出て、調査隊の皆に告げる。

「さあ世界が繋がっているうちに急ぐよ!」


 ――超常種を見つけたら、何かしてやれることがないか模索したい。

 それがあたしの願いだ。

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