マッド・マグナム (屑木夢平 作)
暴力描写と多少の下ネタがございます。
弾丸が足元の石ころを弾き飛ばし、アランは慌てて足をひっこめた。あともう少し左にそれていたら、大事な足を吹き飛ばされていたところだった。ブーツにはチタンが入っているが、向こうの得物は改造に改造を重ねた五.五六ミリだ。薄板一枚などティッシュペーパーと同じようなものだろう。弾の詰まった新しいマガジンを差しこみながら深呼吸をする。取り壊されぬまま長く放置されていた廃ビルの、ひび割れだらけの柱の陰に彼は隠れていた。息を吸うたび、歴史の証明であるかのような砂と埃が肺を蝕んだ。
彼はハウンドに苛立ち気味に言った。
「おまえといるといつもこうだ。出会って三秒でドンパチ。今回は、なるべく戦闘は避けろって命令だったはずだ。それなのに、おまえはすぐにやりたがる。いつもそうだ。二年前から、ずっと」
アランの隣で『オー・ハッピー・デイ』を口ずさんでいたハウンドはニタッと笑う。
「嘘はよせよ。おれとおまえが出会ったのは一年と十か月前だろ。それに今日は出会って一秒でドンパチ。なんてったっておれは早撃ちだからな」
「どっちだって一緒だ」アランはしかめっ面をハウンドの顔に近づけた。「たしかなのは、おまえといると命がいくつあってもたりないってことさ」
すると、敵の弾がまたアランの足元をかすめゆく。
「ちくしょう。足ばかり狙いやがって」
「足の一本くらいいいじゃないか。いまなら警察がもっと立派なのをくれる」ハウンドはそう言って、右の機械義足を伸ばしてみせた。
「おれにはフィアンセがいるんだ。彼女はおれの足が好きだと言ってくれた。たくましいってな」
「じゃあなにか。そのたくましい下半身を守るために内勤へ異動ってわけか」ハウンドは下卑た笑い声をあげると、柱の陰から手だけを出して威嚇射撃をする。「バンバン、バンバン。羨ましいぜ。まったく」
「ふざけるな。彼女はな、本当はおれの目を好いていたんだ。綺麗な青色の目だった。なのにおまえが無茶をしたせいで、二つともパーだ」
「そのかわり、もっと高性能な目をもらっただろう。それも、おれとお揃いのやつを」ハウンドはアランの目を指さした。「コネクト」
「コネクト」
アランは不承不承に応答する。二人の緑色の機械義眼が赤く光り、眼前に『接続完了』の文字が表示される。アランの視界は二分割され、右側には自分の見ている世界が、左側にはハウンドの見ている世界が映し出される。二人は柱から顔を覗かせ、敵の数と位置を探った。アランの目が即座に四人をロックオン。だがそれよりも一足さきに、ハウンドの目は五人をロックしていた。
「なんとしても生き延びてやる。そして普通の生活に戻るんだ」
「言ってろよ、相棒」
二丁の拳銃を持って飛び出したハウンドは、正面の男と、その右隣の大男の頭を撃ち抜く。二時と十時の方向からハウンドに狙いを定めている女二人を、今度はアランが撃ち殺す。本日二度目のドンパチの始まりだ。
「普通についての話をしよう」
ハウンドは敵と撃ち合いながら、銃声も遠慮するほどの大声で話し始めた。
「普通ってのは、極めて相対的な価値観だ。もっとわかりやすく言えば、人は自分にとって最も慣れ親しんだ環境のことを普通だと言う。コソ泥にとっては盗みが、少年兵にとっては戦場が、こいつら電子麻薬中毒者にとっては、ラリッた世界が普通ってわけだ」
ハウンドは自分と、そして相棒の視界を利用しながら、ラリッた連中を次々と撃ち殺していく。アランも負けじと敵を仕留めていった。断末魔の声。血しぶき。全身を駆け巡る発砲の衝撃。滴る汗。砂。埃。銃を向けられたときのスリル。アランにとって、ハウンドの言おうとしていたことはわかりすぎるほどよくわかる。だからこそ、アランはこの男のことが気に食わない。
二人とも、最後のひとりに目を向けていた。薬をキメすぎてふらついたまま銃を構える男の額を、二発の弾が同時に打ち抜いた。
打ち抜いて、二人は互いを見つめ合う。
「おまえの普通はどっちだ。安全な場所で女と過ごす日々か。それとも、ここか」
「そんなの決まってる。男なら誰だって愛の巣に戻りたがるものだ」
アランは口ではそう言いながらも、内心困惑していた。自分は本当にこの命がけの日々から逃れられるのか。そしてハウンドの視界に映る自分は、なぜそんなにも名残惜しそうな顔をしているのかわからなかった。ハウンドはアランの迷いを見透かしたように笑った。
「次の相棒は二年目らしい」
「ひよっこだな。大丈夫なのか」
「持って三か月ってところだろう。だが問題ない。次のアテはある」
「次のアテだと」
するとハウンドはほかならぬアランを指さし、茶化すように口笛を吹いた。
「おれはここには戻らねえよ」
アランはムキになって言うと、銃を地面に叩きつけ、ハウンドとの視界接続を遮断した。




