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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第四回 サヨナラ相棒企画(2018.3.24正午〆)
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ずっと心に (奥沢 一歩 作)

「フィルター越しに吸うタバコなんて、タバコじゃない」

 そうだろナルヒコ、と懐から取り出した両切りに火をつけながら、ボガードは言った。

「それに……コレ、安いしな」

 オレの混ぜっ返しに流れてくる煙に片目をつぶりながらボガードが苦笑する。

 違いない、と。

 

 タフなヤマだった。

 そして、頼りになるタフな相棒だった。

 このあたり一帯を支配下に置くギャングたちとの大立ち回り。

 ボガードがいてくれなかったらオレたち兄妹はいま、こうしていられなかっただろう。

 

「行ってしまうの?」

 いつもは勝ち気で男勝りなオレの妹:リンが、なぜか儚げに訊いた。

「ん? ああ……そうだな。ここにいつまでもいることはできないからな」

 相変わらずタフな笑みでボガードは言う。

 明日の天気の話をするみたいに。

 ぎゅ、とボガードの革ジャンの裾をリンの指が掴んだ。


「ヤダ」


 こんな表情を男に見せるような女ではなかった、と兄であるオレですら思う。

 壊れそうなほど揺れている瞳には、涙が溜まっていた。


「オレは、ここにいてはいけない男だ」

 詩か物語の一節でも朗読するかのような口調でボガードが言った。

「行かなければならない」

 その言葉は、リンの唇を震わせた。

「でもっ、でもっ、わ、わたし、」

「お嬢さん、聞き分けてくれ」


 タバコの煙を未成年であるリンにかからないよう遠ざけて吐き出し、ボガードが諭す。

 たった数日のことだった。

 オレたちが出逢い、相棒として過ごした日々は。

 それなのに。


「長居が過ぎたみたいだな」


 涙ぐむリンに、ボガードが軽口を叩いた。

 リンの瞳が見開かれ、全身が震えて……立っていられなくなる。

 ボガードはタバコを投げ捨てると、支えた。


「おねがいっ、いかないでっ。ずっとここにいて」


 頑固で意地っ張りのリンが、本心をこんなにハッキリ告げるところをオレは見たことがない。

 それなのに、ボガードは言うのだ。

 聞き分けのない子供を相手にしたときのように眉根を寄せ、やれやれ、と笑いながら。


「ダメだ、リン……オレがここにいたら、ふたりを不幸にしてしまう」

「じゃあ、わたしを──わたしをつれていって!!」

「ワガママを言うんじゃない、お嬢さん。そんなことをしたら、ナルヒコはどうなる?」


 感情の昂ぶりのまま気持ちをぶつけるリンに、大人の男としてボガードは言った。

 くしゃり、とリンの端正な顔立ちが崩れる。

 いい子だ、とボガードは頷く。


「ナルヒコ、もう一本、タバコくれないか?」

 さっき、思わず投げ捨てちまったンでね?

 そう言ってボガードは、オレに火をつけさせた。

「こいつを吸い終わったら、行くよ。じゃあな──相棒」

 付け加えて。

 去っていった。


         ※

 

「あ゛ー、もう! なんで、なんでなのよっ!!」

 雪でも降ってきそうな寒空の下でリンが叫んだ。

「だーかーらー、制限時間があるっていってんでしょーが!」


 地団駄を踏むリンに、オレは盛大に溜息をついた。


「長いこと降ろしてる・・・・・と、オレがこっちに帰れなくなるんだって!」

「じゃー、帰ってこなくていいじゃん!」


 ちょっとまてよ、とオレは妹にしてJK:リンの発言に抗議する。


「それじゃ、お兄ちゃん、この世から居なくなっちゃうでしょッ?!」

「おにいなんか居なくなっても、だーれも困らないしっ。むしろ、世のためヒトのため?」


 妹からのにべもない言葉に、オレはのたうち回る。


「そのおにいがいなけりゃ、オマエ、いまごろどうなってたかわかんないんンですよ?!」

「助けてくれたのは、おにいじゃなくて、ボガードだろっ?! ああん、ボガード、どうして行ってしまったのッ!」

「だから、アイツはオレの降ろした物語のキャラなんだよっ!!」


 この小説のっ、とオレはリンに古本を叩きつける。

 だが、リンはなかなか育ってきた JKボディでそれを受け止め反論した。


「だいたいなんだよ、そのキモい体質っつーか、能力よぉ。ひとつ屋根の下で暮らす妹の身になってみろや! なんだあ、なろう人格探偵っつーのは!」

「いや、あの正確には投影者プロジェクターといいまして……」


 ああん? とリンがアゴをしゃくった。


「ンなもん、どっちでも一緒だろうがッ! なんでウチの家系だけ、こんなややこしいヤツが生まれてくンだよッ!」


 リンが理不尽を寒空に訴える。

 これまでの話で分かったかもしれないがボガード、つまりオレの相棒は、オレが物語を読んで降ろしたキャラクターなのだ。

 そして、オレはソイツに成りきることで超人的な能力に覚醒する。

 今回はハードボイルドの傑作から来て頂きました。


「ありえねーッ!! わたしのボガードを返せよッ!!」

「いあ、そんなこと言われても、お兄ちゃん、こまっちゃうなあ」

「読めッ! もっかい、読めッ!!」


 つい先ほどまで必死に袖を掴んでいたハズのオレの革ジャンの襟を力任せにつかまえて、リンが迫ってきた。

 ヤバい、目がマジだ。


 オレの名は語部カタリベナルヒコ。

 人呼んで「なろう人格探偵」。

 どんな物語の登場人物にもなれる男だ(短時間)。

 

 帰りがけに同人街ドウジンガイで妹モノの薄い本買おう、とオレは思った。

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