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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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ネズミの穴

 その日の夜、ティーナさんの部屋に泊まるため、私は砦へとやって来ていた。

 だけど今はまだ寝るには少し早いので、みんなと一緒に談話室でくつろぐ。ハイデリンおばあちゃんのところで一時間ほど昼寝をしたから、八時を過ぎているのに眠くない。

 クガルグもそのまま私について来ていたので、ついでにウッドバウムも誘って一緒に談話室の隅に座っていた。

 床に絵本を広げて、鹿の姿のウッドバウムはそれを私とクガルグに読み聞かせてくれる。


「そして王子は姫に結婚を申し込み、姫は喜んでそれを受け入れました」

 

 ウッドバウムは器用に鼻でページをめくっていく。

 私はお座りして聞いていたが、クガルグはつまらなさそうに床にだらっと伸びていた。

 そして後ろからは聞こえてくるのは、騎士のみんなのひそひそ声。


「鹿が子ギツネと子豹に絵本の読み聞かせしてる……」

「絵本なんて誰が持ってたんだよ」

「支団長だろ」


 みんなはそこでちらりと右側へ視線をやったようだった。一番端のソファーでは、上着を脱いだ支団長さんが本を手にくつろいでいたからだ。

 支団長さんが談話室にいるのは珍しいけど、本を読む振りをしてこっちを見ているので目当ては私たちだったのかもしれない。

 ウッドバウムは支団長さんからの熱い視線も気にせずに絵本を読み続ける。


「二人は城に帰って結婚式をあげ、生涯仲良くくらしましたとさ。めでたしめでたし」


 ぱたん、と絵本を閉じると、次の絵本を開き始める。支団長さんは一体何冊絵本を持ってたんだろ。

 クガルグはすでにまぶたを閉じていて、私も絵本には飽きてきた。なので開いた絵本の上にそっと腰を下ろし、絵本タイムを強制的に終わらせる。


「ミルフィリア、読めないよ。困ったな」


 ごろんとお腹を見せて寝転がり、四本の足でウッドバウムにちょっかいをかけながら、談話室の様子も観察した。

 ジルドは今日もギターのような楽器をかき鳴らしていたが、今回はキックスがそれに乗って適当な歌を歌ってあげている。二人が調子に乗って騒ぎ出すと、近くにいたグレゴリオが「うるせぇ!」とやや激しめの注意をし、周りの騎士たちが笑う。

 隻眼の騎士は門番のアニキとまったり談笑していて、支団長さんは相変わらず熱心にこっちを見ている。

 そしてレッカさんとティーナさんは二人で仲良くお喋りしているようだった。

 けれどやっぱり、嫌われているかもと不安らしいティーナさんの笑顔は少しぎこちない。

 絵本の上で仰向けになったまま、ウッドバウムの顔を抱きしめて拘束しつつ、二人を見守る。


「ミルフィリア、動けないよ……」


 ティーナさんには早くわだかまりを解いてもらいたいので、今日のお泊りで原因が判明しなければ、レッカさんに直接訊いてみようかな。素直に話してくれるかは分からないけど。


「ミルフィリア……」

「あ、そうだ!」


 私はウッドバウムの顔を離して飛び起きた。

 談話室といえば、ネズミの穴をまだ塞いでもらってないと気づいたのだ。

 今日は酔っていないらしい隻眼の騎士に言わなくちゃと思ったところで、ふと別の考えが頭に浮かぶ。

 ネズミ穴がある壁は、砦の壁と違って木製だ。それに食い破られているけど、一旦穴を塞いだ板も木の板だった。


「ね、ウッドバウム。あの穴をふさぐことってできる?」


 私は小さなネズミ穴に鼻先を向けて言った。


「うーん、細い木の蔓を這わせれば塞げるんじゃないかな。見た目は悪いかもしれないけど」


 ウッドバウムは立ち上がると、コツコツと足音を響かせながら穴が開いている壁へ近づいた。私もその後をついて行く。


「じゃあ、やってみるよ」

「おねがい」


 ウッドバウムがじっと穴の方を見て集中した、その瞬間――


「ッ!?」


 私の足下の床から茶色い蔓がヘビのようにうねうねと伸びてきて、前足二本に絡んできたので、私は思わず鳴き声を上げた。

 蔓は私の胸に届いた辺りで成長を止めたけど、前足は床とくっつけられてしまって動かない。自分ではどうしようもできないので、ひんひん鳴いて助けを求める。

 そうすると寝ていたクガルグが起きてきて、騎士のみんなも騒ぎに気づき、立ち上がった。


「あああ、ご、ごめんミルフィリア! どうしようっ!?」


 ウッドバウムは焦って蹄をカツカツと鳴らしながら、私の周りを行ったり来たりする。

 しかしウッドバウムが混乱している限り、被害は私だけに収まらなかった。


「うわっ、足がっ!」

「ああ! テーブルが!」


 七ヶ所、いや八ヶ所くらいだろうか、談話室のいたるところで床から木の蔓が生えてきたのだ。

 人の指より細いものもあれば二の腕より太いものもあって、それらが騎士たちの足やテーブルに絡みつき、動けなくしていた。


「ご、ごめんよ、みんな、本当にごめん……!」


 談話室の惨状を目にして、ウッドバウムが謝る。


「だいじょうぶだよ、だれもケガしてないし」


 私はすぐに言った。


「それに、わたしもごめん、ウッドバウムはまだ力をうまく操れないのに」

「ううん。僕も小さな穴を塞ぐくらいならできると思ったんだよ。でもまだ力は使わない方がいいみたいだ」


 しょんぼりしているウッドバウムに、騎士たちも声を掛けて励ましていた。


「俺たちの事は気にするなよ」

「ちょっと足が動かねぇだけだ」

「ありがとう、見た目は怖いけど、やっぱりみんな優しいね」


 ウッドバウムは感動したように言った。というか、ウッドバウムも砦の騎士たちの見た目が怖いと思っていたんだね。

 拘束されていない騎士たちはノコギリを取りに談話室を出て行く。細いものなら手でも緩められるようだけど、木の蔓なので引き千切るのは難しいみたい。太いものはノコギリがないとどうにもできないのだろう。


「いたいいたい」


 クガルグが私の蔓を噛み千切ろうとしてくれたが、一緒に前足まで噛んでいるので、どうかやめて欲しい。


「ミル」


 結局、隻眼の騎士と支団長さんが助けに来てくれて、私は無事に蔓から逃れる事ができた。ちっこいキツネ足だという事もあって、少し蔓を緩めたら、足の甲やかかとが引っかかる事もなくわりと簡単に抜けられた。


 そしてノコギリが運ばれてくると、動けない仲間の足に絡まった蔓を切るため、騎士たちは手分けして作業に取りかかった。

 しかしそこで、ジルドが恐怖の叫び声を上げる。


「キックス! お前はやめろ! 嫌だ!」


 ジルドも太い蔓に捕まっていたようだが、キックスがノコギリを手にすると顔を青くしたのだ。


「レッカかティーナ! レッカかティーナがいい!」

「遠慮するなよ」

「遠慮はしてない! お前、絶対足まで切るだろ!」

「ギリギリのところで止めるって」

「嫌だ、やめろ馬鹿!」


 キックスって信用ないな。

 ジルドは結局、レッカさんを呼んで蔓を切ってもらっていた。ティーナさんはぬいぐるみ製作時の裁縫の腕をジルドに不安視されて、「やっぱティーナも不器用そうで怖い」と拒否されていた。好きな子でも譲れないものがあるらしい。


 蔓に捕まった騎士たちはみんな仲間の大雑把加減が心配なようで、ノコギリで切ってもらう相手としては、支団長さんや隻眼の騎士、レッカさんやアニキ、コワモテ軍団のロドスさんなんかが人気だった。


「せっかく助けてやろうってのに、失礼な奴らだ」

「全くだ」


 拒否された大雑把な面々は、そんな事を言って憤慨している。だけどたぶん逆の立場だったら、彼らも隻眼の騎士たちを頼っていただろう。

 ウッドバウムは「ごめんね」と謝りながら蔓に拘束された騎士たちのところを回っていたが、みんなノコギリで足を切られる事もなく、無事に蔓から抜け出す事ができた。


 ネズミ穴を塞ぐのはやっぱり隻眼の騎士に頼もうかな、と思いながら振り返ったところで、その穴に細い木の蔓がいくつも覆い被さって器用に塞がれているのが見えた。


「ウッドバーム! 見て、できてるよ! ありがとう!」

「え? あれ? 本当だ!」


 本人も気づいていなかったようだが、結局ネズミの穴はちゃんと塞がれていたのだった。

 これで私も好奇心旺盛なネズミに足をかじられる心配をせずに済むので、これからは談話室でもリラックスして眠れると、ホッとひと安心した。



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