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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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ハイデリンに相談!

 そして着いた先は、切り立った崖の側面にできた大きな窪みだった。ほら穴と言うには奥行きがないが、結構広いスペースだ。

 ここでの時刻は朝なのか、曇り空の低い位置には太陽の白い光が滲んでいる。


 ハイデリンおばあちゃんを探す前に、断崖絶壁の下が気になったので覗いてみれば、遥か下には荒れた海が見えた。落ちたら死は免れなさそうだ。

 じっとしているだけでも足が震えてくるような場所なのに、海風が強いので、ちゃんと踏ん張ってないと飛んでいってしまいそう。


「今日は一段と風が強いわね……!」


 ハイリリスはクガルグの頭をがっしり掴みながら呟いた。三人とも体重が軽いので、あっちへふらふらこっちへふらふらと風に翻弄されてしまう。しかし風の精霊であるハイリリスまで飛ばされそうになっているのはどういう事なのか。


「ハイリリス! かぜ、とめてよー!」

「無理よ!」


 喋ると口の中に風が入り込んできて、上唇がビロビロ震える。そして私のもふぁっとした長い毛は、強い風に吹かれて真っ直ぐ後ろへ引っ張られていた。今度から、寝ぐせができたらここへ来て直そうかな。


 三人でくっついて固まり、目をつぶって風に耐えていたが、瞬間的により一層強い風が吹くと、私は耐え切れずにおっとっと、とたたらを踏んだ。

 一度歩き出してしまうと、勢いがついてしまって自分では止まれない。風に押されるまま、転がるように奥へと進んでいく。


「あわわ」


 海の方へ押されたのではないのでよかったが、このままでは窪みの奥の岩壁にぶつかるかも、と思った時だった。

 まふんっ! と柔らかい感触がして、私は淡い黄緑色の羽毛に包まれた。

 分厚い羽毛布団の上に寝転んだ時のように、体は心地よく奥へ沈む。


「随分小さなお客が来たね」


 突然頭上高くから、幼い少女のようでもあり、経験豊かなおばあさんのようでもある不思議な声が聞こえてきた。

 そして大きなくちばしが近づいて来ると、羽に埋もれていた私をつまんで外へ出してくれる。

 私はぽかんと相手を見上げて呟いた。


「ハイデリンおばあちゃん……?」


 ハイリリスの祖母である風の精霊は、とても大きな鳥だった。ヘビ型の父上の頭より巨大だ。この崖の窪みとほとんど同じサイズの体なので、少し窮屈そうにしている。

 体色はハイリリスと同じだけど、目元の黄色がより鮮やかで、羽冠は鋭く、より派手だった。


「おばあちゃんだって? そんなふうに呼ばれるのは初めてだよ」


 ハイデリンおばあちゃんは笑って言った。呼んだ後でおばあちゃんなんて言ったら気分を悪くするかもと訂正しようとしたが、どちらかというと嬉しそうにしている。


「ほら、あんたたちもこっちへ来な」


 顔を上げてハイリリスとクガルグを呼ぶ。気づけば風はもう吹いていなかった。いや、周りでは相変わらず高い崖に風がぶつかり、吹き抜けていく音がしているので、この窪みだけ風が避けて行っているのかもしれない。

 ハイリリスはハイデリンおばあちゃんの頭に着地し、クガルグは姿勢を低くしたまま恐る恐るこちらに近づいて来る。


「それで? 今日は何の用だいハイリリス。まさかまた何か問題を起こしたんじゃないだろうね!」

「ち、違うわよっ!」


 大きな目玉で下から睨まれて、ハイリリスは一度飛び上がった。


「ミルフィリアが人間の事で悩んでるみたいだから、ハイデリンに相談すればいいと思って連れてきたのよ!」

「ミルフィリア? という事は、この白いのが噂の雪の子かい? 何だか丸いし、目つきもスノウレアとはあまり似ていないね。ウォートラストを父親だと言ったり、人間に懐いたり、おかしな精霊だってハイリリスから聞いているよ」


 黄緑色の大きな宝石みたいな目でじっと観察され、少し緊張してしまう。


「きっと神はあんたを作る時に何か手違いを起こしたんだね。間違って人間の要素を入れてしまったのさ」


 ハイデリンおばあちゃんの言葉に、私はギクッと肩を跳ねさせた。

 けれどハイデリンおばあちゃんは、もちろん私が前世の記憶を持っているなんて事は気づいていない。今の言葉も思った事を言っただけで特に深い意味はないらしく、「何を驚く?」と不思議そうにされてしまった。私は急いで言い訳を考える。


「せ、せいれいのハイデリンおばあちゃんが神さまを信じてるなんてびっくりしたの」


 ちょっと早口過ぎたかな。だけどハイリリスやクガルグも含め、誰も私を疑っている様子はない。


「生まれたばかりのあんたたちには分からないだろうけどね、長く生きていれば、自分たちの上にもまだ未知なる存在がいる事にも気づくんだよ」

「長くいきていれば? ……じゃあ、わたしの父上も?」

「さぁね。どうだか。あの男は鈍感だからね」


 そう言うと、約千年の時を生きてきた者同士、前から父上に対して思うところがあったのか、ハイデリンおばあちゃんのお喋りはそこから止まらなくなった。


「周りの事に興味がないんだろうが、長い生のほとんどを寝て過ごしてるんだから全く呆れるよ。精霊の中で諍いが起きた時にも、私や年下のダフィネが大きな争いにならないように奔走してるっていうのに、あの男はそもそも諍いが起きている事にも気づいていないんだからね! 精霊間で問題が起きた時、あいつが役に立った事があったかい!? ないよ! 全然ない! 自分から問題を起こす事もないが、年長者としての役割を全うした事もない!」

「わ、分かったから、ハイデリン」


 祖母を落ち着かせようと、ハイリリスはハイデリンの羽冠を引っ張って言った。


「いけない。つい興奮してしまったよ」

「あ、あの、わたしの父上のこと、きらいなの……?」


 ハイデリンおばあちゃんの正面に回り、遠慮がちに訊くと、意外な事を尋ねられたかのように目を丸くされる。


「そんな事はないよ。ウォートラストのように我関せずでいる事と、私のように色々な精霊と関わりを持つ事、どちらも間違っちゃいないのさ。ただ、私の思った通りにはウォートラストは協力してくれないもんだから、たまに腹が立ってしまうだけだよ。嫌いというほど強い感情は持っていない。安心しな」

「うん、それならよかった」

「本当に変な子だね。私がウォートラストを嫌っているかどうかまで気にするなんて。そんな事、ウォートラスト本人ですらどうでもいいと思っているよ。あまり細かい事まで心配していたら、そのうち、その立派な毛皮に禿げができるよ、あんた」

「それはやだ!」


 私は思わず叫んだ。毛玉生物である今の私にとってハゲがどれだけ恐ろしいか。


「ミルフィリア、そろそろ例の相談をしてみたらどう?」


 つるつるになった自分を想像してガタガタ震えていたら、ハイリリスが話を本題に戻してくれた。


「相談ね。一体何だい? スノウレアがどうかしたのかい?」

「ううん、母上のことじゃなくて……」


 何度目かになる説明をハイデリンおばあちゃんにもする。私、段々と話をするのが上手くなってきたかも。

 レッカさんとティーナさんの話を聞き終えると、ハイデリンおばあちゃんはさっきのハイリリスのように毛づくろいを始めた。翼は閉じて地面に座ったまま、胸の辺りの毛を整えている。

 全然乱れてないのに。


「そんな人間の些細な問題の事なんて知らないよ。私に言うんじゃない」


 そんなー! ハイリリスと全く同じ反応!

 どこかで精霊に聞いても無駄なんじゃないかという事は分かっていたけど、大人の意見が得られたらいいなと思ったのにな。みんなレッカさんやティーナさんを知らないからしょうがないか。

 

 これ以上精霊の知り合いもいないし、私は潔く相談を諦める事にした。

 その場に伏せをして一息つくと、目の前で同じく地面に腰を下ろしていたクガルグと目が合う。


 あれ? これはもしかしてやばいかも。


 クガルグのきらめく赤い瞳は、用事が終わったならもうおれと遊んでもいいよな、という気持ちをこちらに伝えてきている。

 素早く逃げたりすると追いかけられるだけなので、まずは顔を逸らして、私は今は遊ぶ気分じゃないですよという空気を出してみる。


「ふんふん、ふーん」


 わざとらしく鼻歌を歌っていたら、ハイリリスとハイデリンおばあちゃんに変な顔で見られた。

 ちら、とクガルグの様子を確認してみると、まだらんらんとした目でこっちを見ている。先に炎が灯った長い尻尾を一定のリズムで左右に振っていて、私に飛びかかるタイミングを図っているようだ。

 遊ぶぜ! という気持ちが全然萎えていない。このままでは駄目だ。


 私はそろりそろりと姿勢を整え、伸びをしてから立ち上がろうとした。何気ない感じを装って、ハイデリンおばあちゃんの体に隠れようとしたのだ。


 が、人間でいう中腰の体勢になったところで、クガルグは一気に距離を詰めて飛びかかってきた。

 その勢いのまま二人一緒にごろんと転がったが、下にいる方は不利なので、私は素早く体勢を立て直す。


 と、今度はクガルグが前足を持ち上げたので、パンチをされる前に、私も口を大きく開いてその手を噛もうとした。

 だけど上手く噛めないので、次は私も片方の前足を上げてクガルグとお互いの手を叩き合った。

 顔の近くでペシペシバシバシやっていると、クガルグの前足が目に当たるのが怖くてまぶたを閉じてしまう。

 結果、前がよく見えないので攻撃は当たらない。しかもクガルグは私のへなちょこパンチなんて怖くないのか、普通に目を開いている。


 そしてクガルグは、隙を突いてぎゅむ、と私の眉間を肉球で押さえた。

 手の長さでは負けているので、こうやって押さえられていると私はいくらパンチを繰り出しても空振りするだけだ。両手をブンブン振ってもクガルグの顔には当たらない。


 この! と躍起になって、邪魔なクガルグの前足を両手で抱え、私の顔から引き剥がそうと格闘する。

 そして引き剥がす事に成功したら、即座にそこから脱出し、逃走した。しかしクガルグもしつこく追ってきたので、ぐるぐる唸りながら小さい牙をむき出し、時折振り返って威嚇しつつ、崖の窪みの中を走り回る。

 そうやって二人でばたばた騒いでいると、


「あんたたち、はしゃぎ回るんじゃないよ! 海に落ちるだろ!」


 と、ハイデリンおばあちゃんから叱られてしまった。


「あんたたちは羽がないんだから、落ちたらどうするんだい。こっちへ来な!」


 遊びに夢中になって泉に落ちた前科もあるので、クガルグと一緒にすごすごとおばあちゃんのところへ戻ると、くちばしでぐいっと体を押され、そのもっふりとした胸の下に収納されてしまった。まるで鳥の雛みたいに。


 不思議と重くはなくて、だけど心地いい圧迫感はある。ハイデリンおばあちゃんの体温を伝えてくる羽毛のふわふわした感触も、私とクガルグの眠気を誘った。

 べつに眠くはなかったのに、お腹の下に入れられたら魔法にかかったようにまぶたが重くなってきた。

 不思議だなぁと思いながら、私は目を閉じたのだった。

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