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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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ハイリリスに相談!

「わぁ、ここがコルドのとりでかぁ」


 移動して顔を上げると、すぐ目の前には石の砦がそびえ立っていた。北の砦と同じく堅牢な雰囲気だが、少しこじんまりとしている。

 外壁の石が欠けていたりヒビが入っていたりして古そうな砦だが、泥などの汚れはついていないし、苔は綺麗に剥がし取られた跡がある。

 芝生の長さは均等で、雑草は見当たらず、きちっと管理がされているようだった。きっとサーレル隊長さんの指示だな。中はもっと綺麗に磨き上げられているに違いない。


 ところでハイリリスはどこだ? と、辺りを見回した時だった。


「どこ見てるの? 上よ」


 黒い影が落ちたかと思ったら、カラフルな鳥の姿のハイリリスが頭に着地した。軽いけど、頭をぐっと掴まれると、相変わらず爪はちくっとして痛い。


「ハイリリス! ちょっとひさしぶりだね!」


 顎を上げてハイリリスを見ようとしたが、それに合わせて頭も動かしてしまったので、足元が不安定になったハイリリスは落っこちる前にクガルグの頭に移動してしまった。

 そして私の言葉に首を傾げる。


「久しぶり? 一ヶ月前にそっちに遊びに行ったばかりでしょ」

「そうだった」


 私は素直に返事をした。つい人間の感覚で話してしまうけど、長い時を生きる精霊にとっての一ヶ月なんて、人間にとっての一日くらいの感覚なのかもしれない。


「それで今日はどうしたの? 遊びに来たの?」

「ううん、ハイリリスにそーだんしに来たの」

「相談? 私に?」


 そこでハイリリスは少し嬉しそうな顔をした。


「私、誰かから相談を受けるのって初めてよ! ちゃんとした助言ができるか分からないけど、力になってあげるわ! さぁ、何でも言って。一体何を困って――」


 ハイリリスはそこでくちばしを動かすのをやめた。

 一旦私との会話を打ち切って、「ここの騎士たちが来たわ」と左の方へ首をひねる。

 砦が障害物になって見えないが、角を曲がった先から騎士たちが近づいて来るようだ。


 私の耳にも人間の足音が聞こえてきたので、興味を惹かれてそちらの方向へと歩いて行く。クガルグはハイリリスを頭に乗せたまま、初対面の人間を警戒して動かなかった。

 やがて円形の砦の壁に添って、コルドの騎士たちが七人、こちらへ歩いて来た。


「そう、それであいつ、サーレル副長に一時間お説教されて」

「一時間で済ませたなんて、サーレル副長も優しくなったなぁ」

「わはは! 言えてる。この前も――」


 仕事の途中なのか休憩中なのかは分からないが、雑談しながら足を進めていた騎士たちは、ふと目の前の地面に私がいる事に気づいてぴたりと動きを止める。

 会話の途中のまま、時間を止められたように表情まで固めていた。


 コルドの騎士たちも北の砦の騎士たちと同じく体を鍛えているようだったけど、地味な感じで、外見は特にいかつくはない。

 コワモテ軍団のように前科が二、三個ついていそうな顔もしていないし、熊を素手で倒しそうな様子もない。そして王城にいる騎士たちみたいに華やかで美形というわけでもない。

 でも、きちんと整えた髪や制服には清潔感があって好感が持てる。


「白い……子ギツネ?」


 騎士たちは私をぎこちなく見つめた後、奥にいるハイリリスに視線を移した。私とハイリリスとそしてクガルグを、七人で同じ動きをしながら順番に見ている。


「ハイリリス様がいるって事は、噂の雪の精霊の子か!?」

「あっちは炎の子?」


 私とクガルグの正体に気づいた騎士たちは、ワッと声を上げて盛り上がった。


「一度会って触ってみたかったんだよ、俺」

「噂だけは聞いてたからな」

「俺も撫でたい。でも制服に毛がつかないよう気をつけないと」


 騎士たちが次々に手を伸ばしてくるので、私はその隙間を縫って逃げ回った。別に触られるのは嫌じゃないけど、初対面だし、何となく。

 あとやっぱり、私は私の抜け毛ごと受け入れてくれる人が好きだから。


「あ、ちょっと待ってくれ」

「ほら、こっちに……いて! おい」

「悪い、ぶつかった。あ、そっちに行ったぞ」


 地面にしゃがみ込んだり、四つん這いになっている騎士たちと、ちょこまか逃げ回る私とで騒いでいると、ハイリリスが飛んできて、手前にいた騎士の頭を小さくて細い足で踏んづけた。


「あんたたち、なに遊んでるのよ!」

「いてて、いや遊んでいるわけでは……」

「仕事しなさい。私たちはこれから大事な話をするんだから」


 呆れたようにハイリリスが言うと、騎士たちは残念そうにしつつも立ち上がって移動していく。


「触りたかったな……」


 後ろ髪引かれまくりでこちらを振り返りながら遠ざかっていく騎士たちはちょっと哀れに思えたので、次にコルドに遊びに来た時は触らせてあげようと思った。


「で、相談って何なの? 聞いてあげるから言ってみなさい」


 ハイリリスはまたクガルグの頭に戻ると、胸を張り、お姉さんぶって言った。

 しかし私がダフィネさんにもした説明をハイリリスにすると、ハイリリスは目を細めて微妙な顔をする。


「相談って、それ? 人間の騎士の二人が、同室がどうとか、一人部屋がどうとか……って?」

「うん。レッカさんはどうして一人べやがいいんだと思う? ってききに来たの」


 新しい答えをくれるのではないかと期待を込めて見つめると、ハイリリスはさっきの騎士たちにした顔よりもっと呆れた表情をして言った。


「どうでもいいわ」


 それきり興味をなくしたように、クガルグの頭の上で片翼を広げ、くちばしで毛づくろいを始める。

 クガルグは私の代わりに怒って言った。


「ミルフィーにとっては大事なことなんだぞ!」

「じゃあクガルグが相談に乗ってあげなさいよ! どうしてレッカって騎士は一人部屋がいいの?」

「しらない」


 全く考える様子も見せずに即答するので、私はクガルグに向かってしゅっしゅっと前足を振り、叩く真似をした。このこの! 


「ハイリリスは、きしの事にくわしいかなと思ったんだもん。あ、そういえばサーレルたいちょうさんは元気?」

「元気よ。今は隊長じゃなくて副長だけどね。毎日仕事の合間に砦の掃除をしているわ。よくやるわよね。ワンスたちももうすぐこっちに来るらしくて、最近嬉しそうよ」

「ハイリリス、サーレルたいちょうさんとは仲良くしてる?」

「仲良くって……ミルフィリアほどベタベタはしてないわよ。私がくっつきたいのはヒルグだけだもの! サーレルの執務室にはよく行くけど、そんなに喋る事もないし。……あ、そうだ」


 ハイリリスは何かを思い出したらしく、目をぱっちり開いて続けた。


「北の砦の支団長から、私の寝床用に使ってくれって、サーレルに小さな籠が送られてきたんだけど、あれ何なの? 持つところにリボンが巻いてあって、やたらとひらひらしたフリルのついた布が内側に張ってあって、同じくひらひらふわふわした可愛いクッション付きのやつなのよ。……あれって、あの支団長が買ってきたわけ? 春にミルフィリアと一緒にいた騎士の、黒髪の男よね? あんな可愛い物を選ぶなんて、印象が変わったわ」


 ハイリリスの話に、私は笑いそうになった。


「それにその支団長が手紙で何を助言したんだか知らないけど、それからサーレルも色々と私の物を買ってくるようになって困ってるのよ。ミルフィリアが前に着てたような肩掛けとか、おもちゃとか、甘いお菓子とか。気持ちは嬉しいけど肩掛けは飛ぶのに邪魔だし、おもちゃでなんてもう遊ばないし、私はものを食べないし、全部無駄になってるのよね」

「なんかごめん」


 私は思わず謝った。

 支団長さんってば、サーレル隊長さんに何をアドバイスしたんだろう。


「でもね、実はあの籠ベッドは結構気に入ってるのよ! サーレルの執務室の、日当たりのいい窓辺に置いてもらってるの」


 ポカポカとした日の光を浴びながら、ふりふりの可愛い籠ベッドでハイリリスが眠り、その前ではサーレル隊長さんが時折そちらを気にしながら静かに仕事を進めている。

 そんな光景が浮かんできて、ハイリリスとサーレル隊長さんは適度な距離を保ちながらいい関係を築いているんだろうなと思った。


「しだんちょうさんにも言っておくね。ハイリリスがベッド気に入ってたって。きっとよろこぶから」

「ええ、お礼と、あとサーレルに変な助言しないでねとも言っておいて。それと籠ベッドは気に入ったけど、だからと言ってこれ以上何も送ってこなくていいからね、とも伝えて。なんか喜んで色々送ってきそうな予感がするのよ……。その人間の事はよく知らないけど、なんとなくね」


 その予感は当たっている気がするので、支団長さんには釘を差しておかねばと思った。

 ハイリリスはそれからレッカさんたちの件には触れてはくれなかったので、私から話を戻す。


「さっきの、そーだんだけど……」


 ハイリリスは毛づくろいを再開しながら言った。


「サーレルならこう言うわね。『そのレッカという騎士は、ティーナという騎士が部屋を汚すのが嫌なのだろう』って」 

「ティーナさん、そんなに部屋散らかさないもん」


 サーレル隊長さんに比べればまだまだだろうけど、北の砦の中では綺麗好きなのだ。まぁ、他の騎士たちが酷いから相対的に。


「じゃあ知らない」


 ハイリリスは抜けかけていた羽毛をくちばしでポイと捨てて言う。あ、その羽綺麗だから欲しいかも。

 口に咥えて持って帰るとよだれで濡れちゃうかなぁと考えながら、地面に落ちた黄緑色の羽をくんくん匂った。

 ハイリリスの羽だって事は分かってるのに、誰かが熱心に匂いを嗅いでいたら確認せずにはいられなくなるようで、クガルグも鼻を寄せてきた。


「そうだわ!」


 一度匂いを嗅いで満足したらしいクガルグが体勢を元に戻すと、ハイリリスは頭の上でバランスを取りながら声を上げる。


「これから二人をハイデリンのところへ連れて行ってあげる。厳しい精霊だけど世話好きだし、相談に乗ってくれるかもしれないわよ。長生きしてる分、人間の気持ちにも詳しいだろうし」

「ハイデリンおばあちゃんのところへ? わたしたちも行っていいの?」


 名前は聞いていたし、ハイリーンという自由な娘の代わりに孫にあたるハイリリスを育てたって事も知ってる。だけど会うのは初めてだ。

 ハイリリスはハイデリンおばあちゃんを苦手としているようだけど、それ以上に育ててくれた事を感謝していて大好きでもあるらしかった。少しわくわくしている様子で言う。


「ええ、精霊はみんな子ども好きだけど、ハイデリンももちろんそうだからね。ちっちゃい子を見てると世話を焼かずにいられなくなるみたい。ミルフィリアやクガルグが訪ねて行ったって迷惑に思う事はないわ! じゃあ行くわよ!」

「うん!」


 ハイリリスはクガルグの頭に乗っているので、私は慌ててクガルグにくっついた。するとすぐに風が巻き起こり、三人まとめてこの場から消える。

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