ダフィネさんに相談!
やがてヒルグパパは満足したのか私を解放して、今度はクガルグの毛づくろいを始める。
私は息も絶え絶えにヒルグパパから離れて、地面に転がった。
ダフィネさんのところに行こうとしただけなのに、とんでもない目に遭ってしまった。
「ところでここへ来たのは、何か用があったからなのか?」
クガルグの毛づくろいも終えると、そこでやっとヒルグパパは顔を上げた。私は体に溜まった熱を地面に逃がしながら答える。
「ダフィネさんのところに行こうとして、まちがえたの」
間違いという言葉を聞いてクガルグは呆然とした。そんなにショックを受けなくても。
正直に言わない方がよかったかなと思っていると、ヒルグパパは野球のグローブをつけているみたいに大きくて分厚い前足をクガルグの背にポンと乗せた。
「ダフィネか! ダフィネのところならクガルグも何度か行っているぞ!」
「そうなんだ、お母さんだもんね」
私はほほ笑ましかったが、クガルグは急いで重たい足の下から抜け出ると、文句を言うようにヒルグパパに何度もパンチをした。ダフィネさんに会いに行ってるのを暴露されて恥ずかしいんだろう。
「せっかくだ。お前がミルフィリアをダフィネのところへ連れて行ってやったらどうだ?」
クガルグからバシバシと叩かれながらも、それを全く気にしていない様子でヒルグパパは提案した。
「それいいかも。クガルグ、いい?」
私は起き上がって言った。クガルグも私の声にパッと振り返って父親への攻撃をやめると、「うん」と答えながらいそいそとこちらに近づいて来る。
「じゃあ、おねがい」
クガルグは頷くと、私の隣に立って移動術を使おうとした。クガルグの体が赤い炎に変わり、私もそれに巻き込まれていく。
「うわ、ま、まって!」
炎に完全に包まれる前にジャンプして、私はあたふたとクガルグから離れた。体にまとわりついた熱を飛ばすみたいに、急いで体をプルプルと振る。
炎は収まり、クガルグも元の姿に戻った。そしてこっちを見たままコテッと首を傾げられる。
「どうしたんだ、ミルフィー。あつかったか?」
「だいじょうぶ、ちょっとびっくりしただけ」
ただの移動術なので炎に触れても燃えるわけではないが、熱気を感じて思わず逃げてしまったのだ。
「もう一度、おねがい」
「わかった」
ヒルグパパが見守る中、クガルグは再び炎に変わっていく。私は渦を巻く炎に包まれながら「ひー!」と恐怖の声を上げつつ、今度は逃げ出さないように耐える。
その時の私の顔が面白かったようで、消える寸前、ヒルグパパが「ハハハ! 頑張れ!」と笑っているのが見えた。
「ついた!」
クガルグの声に目を開けると、そこは赤茶色の大地が延々と続く荒涼とした場所だった。この地域ではもう日は沈みかけていて、空まで真っ赤に染められている。
そして地平線の向こうまで建物や人間の姿はどこにもなく、あるのは岩山くらい。大地の精霊のダフィネさんはこんなところに住んでいるのか、と思っていると、
「あら、今日は二人で来たのね」
背後から、低いけれど女性らしい落ち着いた声が聞こえてきたので、私とクガルグはすぐに振り返った。
ダフィネさんは黒くて大きな羊の姿で、赤い大地の上をこちらに近づいて来た。
羊姿のダフィネさんは、もふぁっとした私の毛とはまた違う感触のもこもこの毛皮が特徴的で、獣型なのに何故だか色っぽいのだ。
しかし艷やかで長いまつ毛を一度瞬かせると、次の瞬間には黒いドレスをまとった褐色の美女に変身する。
「ミルフィリアも元気そうね。相変わらず素敵な毛皮だわ」
キツネにしては丸いシルエットの私を抱き上げると、優しい笑みを浮かべながら、温かい手で体を撫でてくれた。
「少し丸くなったかしら?」
「ふ、冬毛だから……! ふとったわけじゃないよ。ほんとだよ」
勘違いされたら嫌なので、ふんわり丸くなった理由を急いで説明した。
ダフィネさんは笑って頷き、もう一方の手でクガルグの事も抱っこしようとしたけれど、私がいるので恥ずかしいのか、クガルグはするりとその手を躱す。ダフィネさんも苦笑しながら深追いはしない。
「一体どうしたの? 遊びに来たのかしら? 私ではあなたたちを満足させられないと思うけど」
遊びにおける私たちの無尽蔵な体力を心配したのか、ダフィネさんは困り顔で言う。一度遊んでもらった事があるけど、ダフィネさんはあまり駆けっことかじゃれ合いは好きじゃないみたいだったし。
「きょうは遊びに来たんじゃないの。ダフィネさんに、そーだんしに来たの」
「相談? まぁ、ミルフィリアにも悩みがあったのね。何かしら」
悩みなんて無いだろうと思われていたらしく、意外そうに言われた。
私はティーナさんとレッカさんの事を話して、ダフィネさんの考えを訊く。
「レッカさんはどうしてティーナさんと一緒のへやがいやなんだと思う?」
「……相談って、あの砦の人間の事なの?」
ダフィネさんは眉を下げたまま、緩く笑って続けた。
「精霊に精霊の事を相談されたり、人間についての愚痴を聞いたりする事はあったけど、人間同士の問題を相談されたのは初めてよ」
そもそもレッカとティーナって誰なの? というのがダフィネさんの気持ちかもしれないが、さすがはダフィネさんと言うべきか、一応ちゃんと考えて答えをくれた。
「その二人は性質が合わないんじゃないかしら? でも、それはどうしようもないことよ。例えば私にだって避けたい相手はいるわ。ほとんど全ての精霊と相性がいいけれど、雷の精霊だけは少し苦手なの」
人間には精霊のような性質はないけど、どうにも馬が合わないって事は確かにある。
でも、ふわふわ可愛い系のティーナさんと、きりっとしてしっかり者のレッカさんは正反対の性質を持っているようでありながら、どちらも天然な部分があるし、気が合わない事はないと思うんだけどなぁ。実際、仲良くやっていたのに。
うーん、と考えている私の首元に指を埋めてもふもふしながら、ダフィネさんは言う。
「私ではあまり力になれそうにないわ。あそこの騎士たちの事はよく知らないのよ。この国の兵士の事なら少しは理解しているけど、彼らとは考え方も違うかもしれないしね。だけど誰かに相談したいというなら、ハイリリスに訊いてみるといいんじゃない? あの子、今、ミルフィリアのいる北の砦とは別の砦にいるんでしょ? 同じアリドラ国の。騎士の事も他の精霊よりは知っているはずよ」
「あ、そっか。ハイリリスにもきいてみようかな」
「ええ、それがいいわ」
「ありがとう、ダフィネさん!」
恥ずかしそうにそっぽを向いたクガルグがダフィネさんに撫でられるのを見てから、クガルグと一緒にハイリリスのところに飛ぶ。今度は私が移動術を使った。




