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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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配達のお仕事

 そして次の日、私は砦に向かうと、隻眼の騎士にはティーナさんに用事があるからと伝えて執務室を出た。

 しかしティーナさんを探しているうちに、大きな箱を持った焦げ茶色の髪の騎士――ジルドに捕まってしまう。


「お、ミルじゃん。いいところにいた」

「わっ、なに?」


 ジルドは箱を廊下に置くと、私を片手で捕獲して、蓋のないその箱の中に入れた。

 そして再び箱を持ち上げ、近くの部屋の扉を開ける。

 ここは砦に届けられた手紙や荷物を集めておくための小さな部屋だ。

 中に入ると、部屋の大きさの二分の一を占める広い机の上には、大きな荷物や茶色い小包み、手紙なんかが山になって積んであった。


「うえー、今日多いな」


 ジルドが嫌そうな顔をする。

 砦に届けられた荷物は門番が引き取って、急ぎでないものはこの部屋に入れておき、それをジルドがみんなに配るのだ。

 しかしこの荷物配りの仕事は地味で面白くもないので、仕事中にあくびをしたり、訓練でだらだらしたりして気を抜いている騎士に罰的な感じで任される事が多く、大抵はジルド、キックス、ジェッツの三人が順番に担当させられている。

 荷物配りが嫌なら真面目になればいいのに、決して態度を変えないところが三人のすごいところだ。尊敬はしないけど。


 ジルドはこの面倒な仕事を手伝わせるために私を捕まえたようである。毎日ではないけど、実は前から手紙を運んだりする手伝いはしていたのだ。

 砦で美味しいごはんを貰っている分は働かないとね。


「でかい荷物も多いな。寒くなってきたから、毛布やら手編みのセーターやら、防寒具が送られてきたんだろうな」


 寒さの厳しい北の砦で冬を過ごす騎士たちを心配して、家族が送ってくるみたい。


「あ、俺のもあった。母親からだ」


 ジルドは茶色い紙に包まれた自分宛ての荷物をバリバリと豪快に破いた。

 中に入っていたのは、紺色の毛糸の手袋が一つと、暖かそうな靴下が五つだ。


「手袋も靴下もちゃんとしたやつが支給されるって言ってんのに」


 ジルドはそう言いつつも、照れているような、嬉しそうな顔をした。


「靴下は支給品の上に重ねて履くか。二重にして履くとあったかいって、去年気づいたんだよ」


 子どもの事を気遣って実家から荷物が送られてくるって、なんかいいなぁ。見てるだけで私も暖かくなる。

 ジルドは自分の荷物を脇に置くと、他の荷物を仕分けていった。


「これは支団長宛ての手紙か。実家からだからいつものやつだな。相変わらず分厚い」


 支団長さんのお父さんは息子とのコミュニケーションを大切にしているらしく、毎月封筒がパンパンに膨れた厚い手紙が届く上に、支団長さんによると内容はどうでもいい事ばかりだそうなので、それを分かっているジルドも呆れた顔をしてそっと手紙を机に戻した。

 そして今度は重そうな四角い荷物をずるずると引き寄せる。


「重っ! 何が詰まってんだ。……ああ、バウンツさん宛てって事は、これも毎月恒例の食品か」


 コワモテ軍団の太っちょバウンツには、田舎のお母さんから月一で食べ物が送られてくるのだ。息子がひもじい思いをしていないか心配なのだろうが、バウンツは痩せるどころか今もすくすく大きくなっていると教えてあげたい。


「お、こっちはティーナ宛てだ」


 そこでジルドの声が弾んだ。


「後で持って行ってやろ」


 どうやらジルドはティーナさんの事を可愛いと思っているみたいなのだ。だけどティーナさんはキックスとの方が仲がいいし、ジルドの事は全く意識していない様子なので、この恋が実るとしても、それは一体いつになるのか疑問である。

 ジルドの恋は応援してあげたいんだけど、と思いつつ、私はティーナさん宛ての小さな荷物に前足を置いた。


「ティーナさんにはわたしが持っていくよ。ちょうどティーナさんのところに行こうと思ってたの」

「そうなのか」


 ジルドは少し思案して、ティーナさんと話せるという利点と、荷物運びの仕事が減る利点を比べ、後者を取ったようだ。


「んじゃ、ミルに任せようかな」


 そこで前者を取らないからいつまで経ってもティーナさんとの仲が進展しないのだと思ったけど、口に出すのは止めておいた。ジルドの中身はキックスと同じく小学生男子だから、しょうがない。

 子ギツネにそんなふうに分析されているとも知らず、ジルドは棚から白いうさぎリュックを出してきた。王都におつかいに行った時に使ったやつだ。最近は荷物運びを手伝う事が多いので、この部屋に置いているのだ。

 ジルドはうさぎリュックにティーナさん宛ての小包みを詰めた。


「これと、あとは支団長への手紙も頼んだ。それと……」


 そう言って机の上を見渡すが、今日は大きな荷物ばかりで、うさぎリュックに入りそうなものはもうない。

 ジルドはがっかりして言った。


「ミルが運べそうなもんはこの二つぐらいだな。半分くらい手伝ってもらおうと思ったのに」


 私を箱から出すと、ジルドは届いた荷物をそこに入れていった。いつもこの箱に手紙や小包みをまとめて入れてそれぞれのところに運んでいるらしいが、今日は大きなものばかりなので二つしか入らない。

 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、ジルドは今度は私にうさぎリュックを背負わせる。


「いたい」

「あ、悪い」


 ジルドやキックスは私にリュックを背負わせるのがどうも下手くそだ。いい加減慣れてほしいものだけど、私の足はそっちには絶対曲がらないっていう方向に曲げようとするんだから。

 ジルドは申し訳なさそうに私の頭を撫でた。


「重くないか?」

「うん、へいき」


 二人で荷物を持って部屋を出る。ジルドはあと何往復かしなければならないけれど。


「じゃ、頼んだぞ」

「まかせて」


 扉の前で別れて、反対の方向へ進んだ。まずは支団長さんの執務室に向かおう。

 執務室に行くにはどう進むのが一番の近道だったかなと考えながら廊下を進む。うさぎリュックが揺れる音と私の足音だけが響いていて静かだ。

 廊下の先には裏戸が見えた。そういえばこの前、あそこからレッカさんが飛び出してきたなと思い出し、ふと気づく。


 という事はこの廊下は、おばけが出る疑惑のある廊下ではないかと。


 私はぴたりと足を止めて後ろを振り返った。

 薄暗く、ひんやりと冷たい廊下には、私以外誰もいない。


 今までここを一人で通っても平気だったのに、やっぱりあの時のレッカさんはおばけを目撃していたんじゃないかと思ったら、どんどん怖くなってきた。

 今は明るいティーナさんも、おばけを倒してくれそうな隻眼の騎士もいないし。


(そういえば、過去にこの砦では凍死者が出たって聞いた事があるな)


 私の肉球にじわりと汗が滲み出た。

 その人がまだ成仏できてなかったら? 大雪を降らせる雪の精霊の事を恨んでいたら? 

 そう考えて背筋が凍る。


 体中の毛を逆立たせ、風船みたいに膨らみながら、私は固まった足をぎこちなく動かし前進した。

 早くこの薄暗い廊下を通り抜けなければ!


 早足から駆け足になり、ついには全速力で廊下を走り抜けた。

 そのまま勢いを落とさずに階段を駆け上がり、支団長さんの執務室を目指す。こういう時に限って、何故か誰も廊下を歩いてない。


 砦ってこんなに静かだったっけ? 

 声が聞こえないけど、今日は誰も外で訓練をしていないのかな? 


 砦に存在しているのが自分一人のような感覚になって不安になる。

 私は執務室に着くと、重い木の扉をシャカシャカと引っ掻いて支団長さんを呼んだ。

 急かすようにきゅんきゅん鳴いていると、扉はゆっくり内側に開かれた。


「ミル? どうした?」


 支団長さんはいつも通り嬉しそうな顔をして私を見る。

 よかった! 支団長さんいた! と相手の脚に縋りつき、部屋の中に入れてもらう。

 椅子に座って私を膝の上に置くと、支団長さんは私の膨らんだ毛を見て言った。


「いつも以上に丸いな。ティーナのキノコでも廊下に落ちていたのか?」


 執務室は大きな窓があって明るいし、平静さを取り戻すとおばけを怖がっていた事が恥ずかしくなってきたので、「そうじゃないけど……」と言いながら誤魔化す。


「そ、それより、お手紙がきてるよ」


 私がうさぎリュックを支団長さんに向けると、支団長さんは眉間にしわを寄せて「ああ、父からか」と呟いた。

 気の進まない様子で手紙を取り出し、机の上に適当に放る。


「見ないの?」

「見ても、どうせ先月に来た手紙と内容はほとんど変わらない。『そろそろ寒くなってきたな』『風邪を引かないようにな』『夜はちゃんと暖かくして眠るんだぞ』ってな」

「でも、せっかく書いてくれたんだから」


 私が言うと、支団長さんは面倒そうな顔をしながらも一応封を開けて手紙を読み始めた。

 片手で私を撫でながら、何枚もある紙を適当に読み飛ばしていく。もっとじっくり読んであげてよ。

 けれど最後の一枚まできたところで、やっと支団長さんの興味を引く事が書いてあったようだ。そこで読むのが遅くなる。


「歯磨きか……」


 支団長さんは手紙に視線を落としながらぽつりと呟いた。

 歯磨き? 歯磨きがどうしたんだろう。

 私の頭の中の疑問に答える事なく、支団長さんは次の話題に移った。


「『次に休みが取れたら、是非雪の子を連れて家に帰って来なさい』」


 お父さんが書いた文面を読み上げてから、私に目を移す。


「と言っているが、どうだ? うちに泊まりに来るか? 実家に帰るのは面倒だがミルと一緒に眠れるならいいな」


 支団長さんはわくわくしている様子で言った。


「うん、いいよ。しだんちょうさんのおうちって楽しそう」

「本当か? という事は、俺はミルと一緒に食事をして一緒にお風呂に入って一緒のベッドで寝て一緒の――」


 目を輝かせながら指折り数えている。色々と夢が膨らんでいるようだ。だけど忙しい支団長さんが次にまとまった休みが取れるのっていつなんだろう。

 そう思ったけど、夢を壊すのは可哀想なので黙っておいた。

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