女性騎士レッカ(2)
「頼んだぞ、ミル」
「うん! こっちだよ、レッカさん!」
私はレッカさんを呼んで廊下に出た。するとレッカさんは律儀に返事をしてくれる。
「はい、御子様」
「ミルってよんで。なまえ、気にいってるから」
「はい、ミル様」
隻眼の騎士は支団長さんと話があるのか、そのまま部屋に残るみたいだ。
鞄を肩にかけたレッカさんが廊下へ出てくるのを待ってから、私は短い足を忙しなく動かし、再び前進する。
長い廊下を進みながら、レッカさんがちゃんとついて来ているか、時々後ろを振り返って確認する事も忘れない。
レッカさんはまだ砦の事を知らないから、迷子になったら大変だ。
「歩くのはやい? もっとゆっくり行く?」
荷物が重そうなのでそう尋ねてみたが、
「いいえ大丈夫です。お気遣いくださりありがとうございます」
レッカさんはくすくす笑って、丁寧にそう答えた。なんで笑ってるんだろ。自分よりずっと小さくて足の短い子ギツネに歩調を気遣われたからだろうか。
廊下を曲がり、石の階段を下りようとしたところで、踊り場にティーナさんが立っているのが見えた。
どうやらティーナさんもレッカさんを部屋に案内しようと待っていたみたい。
「あ、ミルちゃん。レッカさん。話は終わりましたか?」
そう尋ねた後でティーナさんが自己紹介すると、レッカさんも自分の名前を名乗ってから「よろしく」と右手を差し出した。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
ティーナさんは若干頬を紅潮させながら、その手を両手で包んで必要以上にぶんぶんと振った。握手にしては激しい。
憧れの人を前に緊張しているのか、動きが変だ。
「宿舎はこっちです。二人部屋で、私と同室になります」
ぎこちなく指をさしてロボットみたいに歩き出す。
「同室、そうか……。分かった」
「あの、二段ベッド、私が上を取っちゃってるんですけど、下でもいいですか? 上がよければ、私すぐに移動しますので」
ティーナさんってばどこを気にしているんだろうと思っていたら、レッカさんもフッと笑って「私はどちらでも構わない」と答えた。
その大人っぽい笑い方にティーナさんはますます顔を赤くさせると、床を歩いていた私を急に抱き上げる。
「なに?」
「ちょっと、落ち着こうと思って」
歩きながら、私の頭に鼻をつけてスーハーと匂いを嗅いでいる。私の体臭に鎮静効果があるとは初めて知った。ティーナさんだけに効くのかもしれないけど。
「もしかして、私はティーナに怖がれられているのか? 随分緊張しているようだが」
「いえ、そんな! 違うんです」
ティーナさんは私の匂いを嗅ぐのをやめると慌てて弁解をした。前に助けてもらった事があるのだと説明して、
「その時からレッカさんは私の憧れの人で、騎士としての目標なんです」
と素直に打ち明ける。
「憧れ……私が?」
一度まばたきをしたレッカさんの瞳は嬉しそうに輝いた。しかし、
「はい! レッカさんのような頼れる騎士になりたいんです」
「私のような……。ありがとう。光栄だ」
そう言って遠慮がちにほほ笑んだ表情は、私にはこわばっているように見えた。一瞬の瞳の輝きは確かなもので嬉しい気持ちも本当なんだろうけど、それ以外にも何か他の感情があるみたい。
じゃなきゃ、あんな複雑そうな顔はしないはずだ。
ティーナさんは相手の細かな表情を見ている余裕はないようで、気づかないまま宿舎へ向かう。
すると、やがて前から数人の騎士たちが歩いて来た。私の斜め後ろでレッカさんが少し身構えたのが分かる。
別にそういう決まりなんてないのに、前からやって来た騎士たちはみんなティーナさんの腕の中にいる私をまず撫でた。
そしてふとレッカさんの存在に気づくと、全員同じように目を大きく見開く。
「うわ、女だ!」
「ティーナ以外の女がいる!」
「北の砦に! 女が!」
「うるさいですよ」
女性の存在に喜びの声を上げ、ティーナさんに叱られている。
レッカさんの前で恥ずかしいから、はしゃぐのやめてよ。
「ああ、そういえば新しく女騎士が来るって言われてたな。あんたがそうなのか」
「レッカ・セリアーデだ」
あれ? と違和感を感じて、私は首を傾げた。レッカさんの態度が私やティーナさんに対してと違って、淡々としているのだ。
声も冷たいまではいかないけど、ぶっきらぼうな感じ。だけど別に、目の前の騎士を嫌っているわけではなさそう。男の人が苦手ってわけでもないと思うけど……と考えたところで、ああそうだと思い出した。
レッカさんは本団で同僚からからかわれたりする事もあったみたいだから、初対面の男の人を警戒してるのかもしれない。
「しかしえらい時期に来たな、あんた。砦に慣れないうちにすぐ冬が来るぞ。初年のティーナみたいに雪かきしながら泣き言を言わないようにな」
「『一晩で雪が降って、また元通りじゃないですか~! 昨日の努力は何だったんですか~!』ってな」
ティーナさんの真似なのか、騎士の一人が高い声を出して言った。全く似てないし気持ち悪いので、吠えて文句を言っておく。
「もう、やめてくださいよ」
ティーナさんもぷくっと頬を膨らませたが、自分でも過去の自分を思い出したのか、最終的には笑い始めた。
しかし一方でレッカさんはくすりとも笑わない。ティーナさんがからかわれていると思ったのか、少し不快そうでもある。
騎士たちもその空気を感じ取って、「あー、じゃあな」と再び私の頭を撫でてから、そそくさと去っていった。
私はレッカさんの誤解を解こうと慌てて言う。
「あのね、ティーナさんだけがからかわれてるんじゃないよ。キックスやジルドがからかわれることもあるし、でも本当にいやがることはいわないし――」
「お、ミル!」
噂をすれば、次に擦れ違ったのはキックスだった。真面目なレッカさんとは相性が悪そうな、冗談大好き人間が来てしまった。
私の頭にチュウしようとしてきたキックスを、ティーナさんが「ダメ」と止める。「なんだよ、ケチ」と唇を尖らせたキックスは、キスを諦める代わりにティーナさんから私を奪って抱っこすると、そこでやっとレッカさんに気づいて目を丸くする。
「うわ、女だ。びっくりした。あんた誰?」
「レッカ・セリアーデだ。今日からここで世話になる事になった」
レッカさんは男性陣に何度も同じリアクションを取られても気にしていないようだけど、やっぱりドライな態度で自己紹介をする。
「あー、ティーナが最近そわそわしてた原因ね。よろしく、女騎士様。俺はキックス……――んむ!?」
キックスがからかうように「女騎士様」とか言うので、私は慌てて肉球でキックスの口を塞いだ。そういう些細な冗談でもレッカさんは気にするかもしれないのだ。
「なんだよ、ミル」
キックスは私の前足を掴んで拘束すると、お返しとばかりに鼻筋にぶちゅっとキスをする。
それを見てレッカさんはぴくりと眉を持ち上げた。
「キックス、といったか? 君は先程からミル様の扱いが雑じゃないか? 尊き精霊には敬意を持って接するべきだ。態度を改めた方がいい」
「は?」
キックスは目を丸くして、未知の生物を見るような顔をしてレッカさんを見た。
「トウトキセイレイ……?」
「わたしのことだよ!」
思わず声を上げる。
「ミル様に許されているからといって、あまり無礼な態度は取らない事だ」
キックスに厳しい目を向けるレッカさんに対して、キックスは『こいつ正気か?』という目をしてまじまじと彼女を見返している。
それ、私に対しても失礼じゃない?




