女性騎士レッカ(1)
次の日、ティーナさんが言っていた女性騎士が砦に着いたという事で、私は隻眼の騎士と一緒に支団長さんの執務室に向かった。野生のキツネが入り込んでいると勘違いされるかもしれないので、私の事も最初に精霊だと紹介してくれるらしい。
「失礼します」
「しまーす」
どきどき、わくわく、そしてちょっぴり不安な気持ちを抱きつつ、隻眼の騎士に続いて支団長さんの部屋に入る。
するとすでに女性騎士はそこにいて、奥の机に座っている支団長さんの前で姿勢正しく立っていた。
扉が開く音に振り返って私の姿を視界に入れると、ハッと息をのむ。
「ミル、こっちへ」
氷の仮面をつけた支団長さんが冷静な口調で私を呼ぶので、私は背の高い女性騎士を興味津々で見上げたまま、とてとてと足だけ動かして部屋の奥へ進んだ。
そして支団長さんが座っている机の隣に並ぶと、いい子でお座りをする。第一印象が大切だからね。
近付いて女性騎士の匂いを確認したいけど、初対面で失礼かなと思って我慢した。
「その子ギツネが、例の……雪の精霊の御子様ですか?」
女性騎士は緊張気味に言った。
彼女はきりっとした格好いい美人さんで、昨日心配していたように血の気が多そうだったり、気性が荒そうな様子はない。女性にしては筋肉質かもしれないが、くびれがあって細身だ。
ただ、ストロベリーブロンドの髪はティーナさんが言っていた長いポニーテールではなく、短いベリーショートになっている。小顔だからすごく似合うけど、伸ばしていたのを切っちゃったのならもったいない。
支団長さんは女性騎士の質問に答えて言った。
「そうだ。名前はミルフィリアだが、砦の人間はミルと呼んでいる。注意事項としては、移動術という術を使って唐突にグレイルの足元に現れる事があるから、うっかり蹴り飛ばさないよう気をつける事。あとはジャーキーが好物なのでたくさん欲しがるが、腹を壊すので、ねだられても心を鬼にして断る事」
私がねだった時に支団長さんが辛そうに奥歯を噛みしめていたのは、心を鬼にしていたからなのか。
「それと、この砦にはミルに会いに他の精霊がやってくる事がある。よく来るのはクガルグ、あとはハイリリス。後で特徴や性格をまとめた資料を渡す。読んで頭に入れておけ」
「はい」
いつの間にそんな資料が作られていたの。
支団長さんは今度は私に視線を落として女性騎士の事を紹介してくれた。
「ミル、王都の本団から来たレッカだ。生まれは子爵家。今日から北の砦の騎士になる」
「雪の精霊の御子様、私はレッカ・セリアーデと申します。お目にかかれて光栄です」
女性騎士――レッカさんはこちらに一歩進み出ると、私の前で跪いて片手を胸に当てた。
女の人だけど、素敵な騎士様って感じでドキッとする。さすがティーナさんの憧れの人。
「れっか……れっか、レッカさん!」
名前を口に出して確認する。キツネの口だと発音が難しいのだ。
いい人そうだし、動物嫌いでもなさそうだったので、私は安心してしっぽを振った。
そうしてレッカさんに近づくと、田舎の学校にやってきた都会っ子の転校生に絡むがごとく、連続して質問を投げかける。
「レッカさん、たべものなにが好き? とりでの食堂ではね、よくじゃがいも料理が出るんだよ。レッカさん、じゃがいも好き? これから冬がくるけど、さむいのは? だいじょうぶ? 雪は? 雪は好き?」
レッカさんはどうやら真面目な人らしく、跪いたままで一つ一つの質問に丁寧に答えてくれた。
「はい、食べ物に好き嫌いはありませんので、出されるものは何でも食べます。ジャガイモも好きです。今までずっと王都にいましたのでこちらで冬を過ごすのは初めてですが、寒いのも大丈夫だと思います。雪もちらほらと降るくらいのものしか見た事はありませんが、綺麗だと思います」
私の事を子ギツネとして見ている砦の皆とは違い、レッカさんは精霊として認識しているみたいで、対応が真摯だ。こんなの初めて。
「北の砦への配属が決まった時は不安を感じましたが、こうやって尊き精霊の御子様と話をする貴重な機会を得られ、心から嬉しく思います」
「え? そう……あの、よかったね」
敬われるのは慣れていないので戸惑ってしまうけど、悪い気はしない。
しかし残念だけど、そのうちレッカさんも私にそこまで敬意を払う必要はないって気づいてしまうのだろう。本当に尊い精霊なら、泥だらけになってお風呂に入れられたりしないからね。
「堅いな」
レッカさんの態度に苦笑しつつ、隻眼の騎士が後ろから口を挟み、
「まぁ好きにしろ。丁寧に接する分には構わん」
支団長さんも呆れたように言った。
続けて、レッカさんの短い髪に視線を移して尋ねる。
「ところで、髪をどうした? 随分思い切ったな」
支団長さんは元々レッカさんの事を知っていたのだろう。ティーナさんと同じように、髪が長かった頃の彼女を覚えているようだ
レッカさんは立ち上がって私の前から支団長さんの正面に移動すると、どこか諦めたような顔をして言った。
「北の砦へ左遷になった自分を戒めるために、と思っただけです」
その暗い声に支団長さんは軽く眉間にしわを寄せ、片眉を持ち上げる。
「左遷と、今回の措置をお前はそう思っているらしいが、俺はそうは報告を受けていない。本団でのお前の上官たちは、お前が戻ってくるのを期待して待っている」
「……私はその期待に応えられるかどうか」
レッカさんは自信なさげに呟いた。しかし次には我に返って支団長さんに頭を垂れる。
「申し訳ありません。この状況を招いたのは私が未熟であるがゆえだという事は十分理解しているので、今回の……異動も受け入れていますし、期待に応えられるよう、ここで己を鍛えていきたいと思います」
「受け入れているという事は、この報告についても何も反論はないんだな? お前が仲間の騎士を殴ったと書かれてあるが」
支団長さんは机の上にある紙を軽く持ち上げて言った。そこにレッカさんの情報が書かれてあるのだろう。
「挨拶を交わした事はあっても同じ任務についた事はないし、俺はお前の事はよく知らないが、すぐにカッとなるようなタイプではないだろう。どうも腑に落ちない」
「私がここへ送られる事になった経緯なら、そこに書かれてある通りです」
レッカさんは淡々と説明する。
「倉庫の整理をしていたところ、同僚の男が二人、ふざけて私を中に閉じ込めようとしたので、つい腹が立って殴ってしまったのです。その二人は以前から私の事が気に入らなかったらしく、からかわれる事が多々あったので、我慢の限界だった……のかもしれません。必要以上に強く殴ってしまって、怪我をさせてしまいました。二人は私に謝罪してくれましたし、私もやり過ぎたと反省しています」
「それでその二人も処分を受ける事になったが、お前もこちらへ異動になったわけか。しかし、二人を上手くあしらう事はできなかったか?」
支団長さんは優しく言った。責めているわけではなく、諭しているような口調だ。
「俺には女性騎士の苦労は分からない。が、その辺の生半可な騎士より実力があったからこそ、お前は一年目や二年目の新人のうちから、一部の人間からの挑発や嫌味を散々受けてきただろう。何故今回は理性的に対処できなかった?」
支団長さんは報告書に書いてある事以外にも、レッカさんが何か酷い事を言われたりされたりしたんじゃないかって心配して探ろうとしているみたいだった。
だけどレッカさんは少しうつむいたまま口をつぐんでいるので、支団長さんは追及を諦めて話題を移す。
「他にも、お前は小さな問題をいくつか起こしていたようだな。集中力を欠いての単純なミスが多いようだ。これも俺はどうも腑に落ちないが……」
支団長さんと同じように、私も小首を傾げた。レッカさんみたいに真面目な人は、単純ミスなんてあまりしそうにないのに。
けれどレッカさんは何も反論をしなかったので、やはり報告書に書いてある事は本当なんだろう。
支団長さんは気を取り直して言った。
「とにかく、今日からは気持ちを切り替えて、新たなスタートだと考えて職務に当たれ。ここでは女だからといって嫌がらせを受ける事はないが、もし諍いが起こったなら、相手を殴る前に俺やグレイルに報告しろ。いいな?」
「はい、ありがとうございます」
支団長さんの話が終わったと見た隻眼の騎士は、レッカさんの足元に置かれた大きな鞄に視線をやって言った。
「荷物を自分の部屋に運んでおけ。場所は分かるか?」
「いえ」
「わたしがあんないする!」
元気のないレッカさんが気になって、そう申し出た。威勢よくしっぽを持ち上げて、扉の前に進む。
「ついてきて!」
「だ、そうだ。ミルについて行くといい」
「はい」
隻眼の騎士が扉を開けて少し笑うと、レッカさんもちょっぴり笑顔になった。




