新しい騎士
今の私にとってのコワモテ軍団は、素敵な香りを放っている魅惑の存在だ。気を抜けば喜んですりすりゴロゴロしてしまいそう。
目を輝かせてコワモテ軍団を見つめながらも、お尻を引いて全身プルプル震えている私を、みんな不思議な顔をして見ていた。
「ミル、何やってんだ?」
「知らんが、何をしても可愛いな」
ニコニコしながら見てないで、早く洗い場の方へ行って!
私の理性がもう……ああ、足が勝手に……!
一番手前にいたジェッツの泥だらけの脚に突っ込もうとしたところで、間一髪、頭上からタオルを被せられた。
「しっかり拭いておかないとな」
どうやら隻眼の騎士が新しいタオルでもう一度体を拭いてくれているみたい。助かった!
ホッとしたところで、「そろそろ出るか」と隻眼の騎士が呟いた。タオルでお尻から耳の辺りまで全身ぐるぐる巻きにされて抱き上げられたので、コワモテ軍団に「ばいばい」と声を掛けて脱衣所を出る。
前足はタオルの中にあるので手は振れなかったが、コワモテ軍団はほのぼのとした笑顔を浮かべて手を振ってくれた。
うーん、それでもやっぱり顔が怖い。
そして浴場から離れて廊下を歩いていると、次に出くわしたのはティーナさんだった。
「あら、いい香り。ミルちゃん、お風呂に行ってたの?」
「うん」
ティーナさんは私の頭に被さっていたタオルを少しずらしてくれた。倒れていた耳がぴょこんと出てくると満足したようににっこり笑い、隻眼の騎士に視線を移して話を変える。
「副長、部屋の準備は終わりました。下のベッドに置いていた荷物もちゃんと片付けたので、いつでも迎え入れられます」
「そうか、一人部屋も今晩で最後だな」
「なんの話?」
私が尋ねると、ティーナさんは嬉しそうに答えてくれた。
「明日、北の砦に新しい仲間が増えるのよ。王都から女性の騎士が配属されてくるの」
「ほんと?」
このむさ苦しい砦に女の人が増える? 私はパッと顔を輝かせた。もちろんむさ苦しくていかつい騎士たちも好きだけど、女性騎士ももっと増えればいいのにって思っていたのだ。
「ティーナさんの知りあい?」
「ううん、面識はないけど、私が一方的に憧れてる人なの。綺麗で強くて、格好良いのよ」
ティーナさんはうっとりと言うと、自分のポニーテールに手を触れた。
「この髪型も彼女の真似をしているの。昔、助けてもらった事があるんだけど、その時、一つにしばった彼女の長い髪がきらきら輝いて揺れてたのが印象的で……」
ティーナさんは騎士になろうと田舎の村から王都へやって来た時に、運悪くひったくりに遭ったらしい。
しかし荷物を全部取られそうになったところで、たまたま街を見回っていた騎士が颯爽と犯人を捕まえ、助けてくれたみたい。
その騎士が、明日砦にやって来る憧れの人というわけだ。
「その時に私もこんなふうになりたいなって思って、彼女を目標にする事にしたの」
「そうなんだ」
相槌を打ってから、そもそもティーナさんは何故騎士になろうと思ったのかと疑問に思い、隻眼の騎士の腕の中から尋ねてみた。
ティーナさんは恥ずかしそうにこう答える。
「私ってあまり女の子らしい事は得意じゃないから。料理とか、あと裁縫とかね。好きだけど、苦手なの。子どもの頃から母に教わってたけどなかなか上手くならなくて」
ティーナさんの裁縫の腕については私もよく知っているけど、ティーナさん自身にも苦手という認識があって驚いた。
「ほら、ミルちゃんにもぬいぐるみを作ってあげたけど、縫い目が荒かったでしょ?」
縫い目か……。
確かにそこは完璧ではなかったけど、私にはもっと他に気になるところがあるんだけど……。
例えばデザインとか。あれは裁縫以前の問題なのかな。
大人しく口をつぐんだままの私に、ティーナさんは話を続けた。
「でも運動神経はよかったし、木の棒で戦う騎士ごっこでも村の男の子たちに勝つ事があったから、父に『お前は騎士になれるぞ!』って乗せられちゃって。お父さん、普通の農家なんだけど、子どもの頃は騎士になりたかったみたいでその夢を託されたのかも。でも、私も誰かを守るような仕事っていいなって思って、母は心配してたけど、村を出て王都で入団試験を受ける事にしたのよ」
この国で騎士になるには、大きく三つの方法があるようだ。一つ目は、支団長さんみたいに十四歳くらいから先輩騎士について従騎士として学んでいく方法。しかしこれは貴族の子どもだったり、騎士団とのコネがないと難しい。
そして二つ目は隻眼の騎士のように実力を買われて騎士団に引き入れられる方法だけど、これもよっぽどの才能がなければ無理だろう。
だから普通は、試験を突破して入団するという三つ目の方法を取るみたい。
「へー! それでティーナさんはしけんに受かったんだね」
「一度目の挑戦だったけど、なんとかね。騎士団としても女性騎士を増やしていこうとしていたみたいだったから、時期もよかったんだと思うわ。村の男の子たちには勝つ事ができていたけど、入団試験では周りの全員が私より強く見えたもの」
「俺はその試験を見ていたわけじゃないが、ティーナはただ時期がよかっただけで受かったんじゃないと思うぞ」
謙遜して話すティーナさんに、隻眼の騎士が言う。
「ティーナは目がいい。他人の動きをよく見て、自分が吸収できそうなものを取捨選択した上で真似をする事ができる。優れた観察力がなければできない事だ。協調性があって素直なその性格や、騎士としての志も試験官に評価されたんだろう。ただ強いだけでは騎士として完璧ではないからな」
「あ……ありがとうございます!」
隻眼の騎士に褒められてティーナさんは驚いたように目をまん丸にした後、頬を赤らめて照れていた。騎士としての自分を評価してもらえたのが嬉しいみたい。
ティーナさんはいつも笑顔であまり苦労を表に出さないけど、やっぱり女性でありながら騎士をやっていくのは大変なんだと思う。
「ティーナさんって、お父さんとお母さんのほかにかぞくはいるの?」
ふと気になって聞いた。
「ええ、姉が二人いるわ。私は三姉妹の末っ子なの」
なんとなく勝手に弟がいそうと思ってたけど、ティーナさんて意外に妹キャラだったみたい。
キックスにもこの前、話の流れで幼い弟や妹がいる事が判明して、実は面倒見のいい兄キャラだった事が分かったし、聞いてみないと分からないものだ。
「きょうだいかぁ、いいなぁ」
私はぽつりと呟いた。精霊は一人しか子どもを持てないので、私はずっと一人っ子だ。可愛い子ギツネの弟や妹がいたらきっと楽しいし、お姉ちゃんやお兄ちゃんがいても素敵なのに。人間だった時はお姉ちゃんがいたから、今世ではお兄ちゃんが欲しかったな。
「お兄ちゃんほしい……」
願望が口をついて出ると、隻眼の騎士は私の頭をわしゃわしゃ撫でてこう言った。
「この砦に山ほどいるだろう」
「そっか」
そうだね。いかついお兄ちゃんがいっぱいいる。ティーナさんは優しいお姉さんだし。
「あした来るっていう女の人に会うのもたのしみ。雪がすきだといいな」
冬になったら、一緒に雪遊びしてくれると嬉しい。
「きっと好きになってくれるわ。この土地に降る雪も、ミルちゃんの事もね。優しい人だもの」
ティーナさんは自信を持ってそう言った後、「でも」と声を落として続けた。
「一体どうして北の砦に来ることになったのかしら……」
ここにいる騎士のほとんどは、今でこそ支団長さんや隻眼の騎士の下でまとまっているものの、元は本団や他の支団でやんちゃをして再教育がてら環境の厳しい北の砦に送られてきたり、手に負えないと左遷されてきた人たちが多い。
ティーナさんのように望んで配属されたんじゃなければ、確かに明日来る女性騎士も何か問題を起こしてここへ送られる事になったのかもしれない。
ティーナさんの話からはそんな印象は持たなかったけど、もしかしてコワモテ軍団にも負けず劣らず迫力のある容貌の、岩のような筋肉を持った、喧嘩っ早い女性騎士だったりするのだろうか。
(うーん……)
外見や血の気の多さはどうであれ、砦のみんなと仲良くしてくれますように。そしてどうか、動物嫌いな人ではありませんようにと私は願ったのだった。




