表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/214

それぞれの出発

 翌日、私たちは北の砦に戻る事になった。

 支団長さん、隻眼の騎士、キックス、ティーナさんが出立の準備をしていると、団長さんが見送りに来てくれた。


「元気でな。帰りも気をつけるんだぞ、誘拐されないように」


 クガルグと一緒にわっしゃわっしゃと頭を撫でられ、毛をボサボサにされる。荒いんだから。

 隻眼の騎士と一緒にリーダーに乗ろうとしたところで、もう一人、見送りに現れた人物がいた。


 サーレル隊長さんだ。


「サーレル隊長」


 支団長さんはアイラックスから離れて彼の元へ向かう。

 私もボサボサのパンクな頭のまま、サーレル隊長さんに駆け寄った。


「帰るのか」

「ええ」


 サーレル隊長さんがピカピカに磨かれた眼鏡を直して冷たく言うと、支団長さんも短く答える。

 だけど空気はむしろ和やかだ。きっと二人とも気持ちが落ち着いているからだろう。

 特にサーレル隊長さんは何だか清々しい表情をしている。


 しばらく沈黙が流れた後、サーレル隊長さんが静かに口を開いた。


「実はな、私は本団の隊長職を退く事にしたのだ」

「それは……今回の事で、上からそう決定が下されたのですか?」


 支団長さんが少し焦ったように尋ねると、サーレル隊長さんは小さく喉を震わせて笑った。


「隊長を退く事は、自分で決めたのだ。上からの処分は、我が兄であるデーラモン公爵の威光を気にして甘くなると思ったからな」


 サーレル隊長さんは皮肉っぽく言う。


「隊長を辞めてどうなさるおつもりですか?」

「それだがな。第六支団へ行くつもりだ」

「第六……というと北西コルドの? しかしあそこは……」


 支団長さんが何に驚いているのか分からなかったが、後ろでキックスがティーナさんに説明しているのを聞いて私も理解した。


「第六支団って? 何か問題があったかしら」

「ティーナ、第六支団を知らないのかよ。北の砦と同じくらい環境が悪いって言われてるところだぜ。ま、寒さと騎士の粗暴さではうちが余裕で勝ってるけどな。けど、うちに負けず劣らず辺境の地にあって、うちより小さい砦だ。そんで、うちと違って近くに精霊が住んでいない分、重要視もされていない『貧乏砦』ってとこかな」


 野心家のサーレル隊長がエリートコースから外れてそんな砦への赴任を望んでいる事に、支団長さんはびっくりしたのだろう。

 キックスも説明しながら驚いている様子だった。

 しかしサーレル隊長さんはすっきりした顔をして続ける。


「ちょうどそこの副長が現役を引退する事になってな、ポストが空くのだが本団の者は誰も行きたがらない。それで私が手を挙げたのだ」

「支団長ではなく、副長になるのですね」


 サーレル隊長さんは地方の支団にいけば支団長に就くのが当たり前という立場なのに、今回の件の責任を取って副長に甘んじるらしい。


「第六の支団長は、私が副長になったらやりにくいだろうがな」


 サーレル隊長さんは意地悪く笑った。

 しかしすぐに真面目な顔をすると、支団長さんを見て言う。


「クロムウェル、私はお前を見習おうと思うのだ。権力を手にする事を諦めたわけではないが、実力の伴わない名誉を追い求めるより、厳しい環境に身を置いて自らを磨いていった方が最終的な満足度は高そうだからな。お前を見ているとそう思う。……それにコルドはデーラモンから遠いのだ。兄上から呼び出されて苛々させられる機会も減るだろう」


 最後の言葉を小声で続けたサーレル隊長さんを見て、支団長さんは小さく笑った。

 そして質問を変える。


「ところで、あの五人の処分はどうなりましたか」


 あの五人とはワンスさんたちの事だ。私も昨日から気になっていたので耳をそばだてた。


「お前が情状酌量を求めてくれたおかげで、寛大な措置がなされるだろう。……精霊も、幸い重い処分は望んでいないようだしな」


 そこでサーレル隊長さんはちらりと私とクガルグを見た。

 もちろんそうだ。個人的には、反省してくれればそれでいい。


「再教育を受けた後は、おそらくまた私の元に来るのではないかと思う。第六支団にいる、私の元へな」


 サーレル隊長さんは嬉しいのを隠し切れないらしく、にやにやと口元を緩めながら続ける。


「昨日、私が第六へ行く旨を話したら、奴らは自分たちもついていくと言って聞かないのだ。全く、仕方のない奴らだ。……フフフ」


 失礼だけど、サーレル隊長さんの喜びの表情は気味が悪かった。どうしても悪事を企んでいる顔に見えてしまう。


 だけど支団長さんも、サーレル隊長さんとは馬が合わないらしい団長さんとキックスでさえも、穏やかな表情をしてそれを見ている。

 今回の件を通してサーレル隊長さんの部下思いな一面を垣間見たからか、イメージが改善されたのかも。


『サーレル隊長ってさ、俺の事気に入らないから北の砦送りにしたんだと思ってたけど、もしかしたらそれだけじゃなかったのかも。俺も生意気な新人だったし、北の砦に行かせた方が俺のためになるって思って厳しい処分を下したのかもなって、今ならそう思える。名前を覚えられてただけで、単純だけどさ』


 昨日、キックスはそんな事も言っていた。

 名前を覚えられていたっていうのは確かに小さな事だけど、サーレル隊長さんに嫌われていると思っていたキックスには、衝撃的な事だったんだろう。


「ではな。フフフ……」


 含み笑いをしながら去っていくサーレル隊長さんを皆で見送る。

 ……というか、サーレル隊長さんが私たちを見送りに来てくれたんだと思ったのに、先に行ってしまった。


「おもしろい人だったね――っく!?」


 サーレル隊長さんと入れ違いでやってきて私の頭に着地したのは、カラフルな鳥の姿のハイリリスだった。


「ミルフィリア、元気? クガルグも」

「いたいいたいつめがっ……」

「あら、ごめんね」


 支団長さんの肩に移ったハイリリスに尋ねる。


「ハイリリス、もう帰ったんだとおもってた。どこにいたの?」

「実はね、サーレルの様子を見ていたのよ」

「サーレルたいちょうさんの? どうして?」


 ハイリリスは一度羽をバサッと広げてから、またたたみ直し――その拍子に支団長さんは頬をぶたれたけど、羽の感触に幸せそうな顔をしていた――肩をすくめて言った。


「昨日からちょっとサーレルの事が気になっててね。変な意味じゃないわよ。私はヒルグ一筋なんだから」

「わかってる」


 ハイリリスがヒルグパパの話を始めたら長くなりそうだったので、早めに相槌を打った。


「で、サーレルってね、私と似てるなって思ってたの。まず一つは、体型が貧弱なところね」


 ハイリリスはそう言うと、支団長さんの肩から地面へ降り立ち、それと同時に人型に姿を変えていた。

 小さな顔を囲む金色のくせ毛、若草色の短いワンピース、そしてそこから覗く細い手足。

 あとは背中に半透明の羽でも生えていれば、おとぎ話に出てくる妖精そのものだ。


「私も貧弱じゃない? だから少し同情しちゃったのよね」


 ハイリリスは片腕を伸ばすと、それを見ながらため息をついた。

 ハイリリスは貧弱というより華奢という言葉が当てはまると思うし、小柄で女の子らしくて可愛いけど、本人は体型を気にしているのかな。

 母上やダフィネさんのような豊満な肉体に憧れているのかもしれない。


「それに、あともう一つの理由は……サーレルは父親に愛されていなかったんじゃないかって思うから。ほら、私たちが彼を追い詰める前にそんな事を言っていたでしょう? 散々侮辱されてきたとか何とか……」


 ハイリリスは細い眉を寄せて、悲しげにまつげを伏せた。


「私は母に侮辱された事はないけど、ずっと放っておかれていたし、望んでいたほどの愛は与えてもらえなかった。だからその部分でも自分と重ねてしまうのよね。サーレルが捻くれた性格に育ったのも分かるのよ」


 何だか私の方が泣きそうになって、ハイリリスを見上げて「きゅん」と鼻を鳴らした。


「ありがと」


 ハイリリスが一旦話を止めて私を抱き上げたので、その頬をべろんべろんと舐め回して元気づけた。

 するとやっぱり途中で「もういいから。大丈夫だから」と下に降ろされてしまう。

 何故なの。


 ハイリリスは濡れた頬をやんわりと拭いながら話を元に戻した。


「それにサーレルってデーラモンの領主からもいびられてる感じだったのよね。あの領主ってサーレルの兄でしょ? なのにサーレルの事、『お前は騎士になっても相変わらず細くてみすぼらしいな』とか、『私が少し押しただけで、昔のように転んで骨を折りそうだな』とか言っていたのよ」


 領主たちが谷に着く少し前から、ハイリリスは人間の集団が近づいてきているのに気づいてひっそり監視していたんだそうだ。

 その時にサーレル隊長さんが兄にいびられているのを見たのだと言う。


「そういう事を考えると、サーレルも可哀想だと思ったのよ。だからね――」


 ハイリリスは再び色鮮やかな鳥の姿に戻ると、羽を広げて私たちの頭上を旋回した。


「デーラモンからそのコルドってところに住処を移して、たまにサーレルの様子を見に行ってあげようかなと思って。そうすればサーレルやあの五人が道を踏み外しそうになっても忠告できるしね。彼らには真っ当な道を進んでほしいのよ」

「へぇ! いいとおもう!」


 サーレル隊長は精霊の訪問をとても喜ぶだろう。

 一方、サーレル隊長さんのお兄さんは領地から精霊が出て行くのを悔しがるかもしれないけど、小さい頃から弟をいじめてきたツケが回ってきたようなもので、仕方がないと思う。


「まぁ、住処を移すといってもまたすぐに気が変わるかもしれないし、サーレルの様子を見に行くのも本当にたまにになるでしょうけどね。だってヒルグのところにも遊びに行きたいし、ハイデリンからは逃げなくちゃならないし」

「ハイデリンおばあちゃんのところには、すなおに行った方がいいとおもうけど」


 後でまとめて叱られる事になるよ。

 だけど私にとっての隻眼の騎士のように、サーレル隊長さんがハイリリスにとって信頼に足る人間になれば、ハイリリスはたまに様子を見に行くだけじゃなく、もっと色々な事に力を貸してくれるようになるんじゃないかな。


 ハイリリスがそこまでしてくれるようになるかどうかは、サーレル隊長さん次第というわけだ。

 第六支団で謙虚に自分を磨いていけば、ワンスさんたち五人以外にもたくさん味方ができると思う。


「じゃあ、そろそろ行くわ。コルドまで飛んで、住処にできそうないい場所がないか見てこないと」

「ハイリリス! 私と母上にもまた会いにきてね!」

「もちろんよ! でもあの宝石はどこか私の目の届かないところに仕舞っておいてよ! じゃなきゃ、また何するか分からないから、私! じゃあね、ミルフィリア、クガルグ!」


 ハイリリスは低く飛びながら私とクガルグの頭を足で順番にタッチすると、今度はぐっと高く空に昇って、色とりどりの風を後に残しながら遠ざかっていった。


 私はそれを見送りながら、あの黄緑色の宝石の原石は、再びトラブルの種になる前に必ずヒルグパパに返しておこうと決意したのだった。


「私たちも帰ろう!」


 隻眼の騎士に駆け寄って言う。

 早く母上に会って無事におつかいができた事を褒めてもらいたいし、北の砦の騎士たちにも会いたい。

 お城ではキラキラした人や物を見過ぎたから、無骨な皆を見て目を休めなければ。


「そうだな」


 隻眼の騎士が私を抱き上げて先にリーダーの背に乗せると、クガルグも上手く鞍に爪を立てて飛び乗ってくる。


「出発……するか」


 支団長さんがこちらへ視線を向けながら寂しそうに一人でアイラックスに乗り、それを見た隻眼の騎士が苦笑いをする。

 キックスとティーナさんも楽しそうに笑っていた。


「帰りもしだんちょうさんといっしょでよかったね」


 また皆で、北の砦で過ごせるのだから。

 リーダーの背に乗る隻眼の騎士を見上げて言うと、隻眼の騎士は私の頭を撫でながら頷いた。


「ああ」


 そして私たちは、団長さんに見送られながら王城を後にしたのだった。


 北の砦に戻ったら、アレクシアが持っていたような木の輪っかのおもちゃを作ってもらおうっと!

 














***





北の砦にて


ミル「ただいまー!」


居残り騎士たち「ミルが帰ってきたぞ! 支団長たちも!」「何っ!?」「やっとか!」「長かった……!」


ミル「みんな、げんきだった――っ!?」


居残り騎士たち「ミルーーー!!(なでなでなでなでわしゃわしゃわしゃわしゃ)」


ミル「ぎゃああぁぁ」




***





第六支団コルドの砦にて


サーレル「サーレルだ。今日からここの副長になった。よろしく頼む」


第六支団の皆さん「(マジかよ……)」


サーレル「さて、まずは砦の大掃除から始めるぞ。ここは不潔過ぎるからな。全員、箒と雑巾を持て。塵一つ残すんじゃないぞ」


第六支団の皆さん「(マジかよ……)」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ