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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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はじめてのおつかい、おわり(2)

 支団長さんの件を話し合うため、王子様を探す私とクガルグ。


 廊下の端に着くと、そこで階段を見つけたので、とりあえず降りる事にする。

 私の脳内イメージでは、タタタタタンッ! って感じで軽やかに降りていけたんだけど、いざそれを実践しようとしたら、足を踏み外して勢いよく転げ落ちてしまった。


 絨毯は敷いてあれどそこそこ長い階段をごろごろと転がりながら、最終的に踊り場の壁に激突する。


「ミ、ミルフィー!?」


 見事な階段落ちにクガルグも動揺して声が上ずっている。


「だいじょうぶか!?」

「いたい……」


 大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。

 体中のありとあらゆる骨が折れたかもしれない。首の骨とかもいっちゃってるかも。

 自分で自分の姿は見られないけど、関節も変な方に曲がっている気がする。それに色々なところから血が出ていてもおかしくない。


「いたいぃ……!」


 踊り場に転がったまま、痛みを訴える。

 こういう時、周りに心配をかけないように耐えるっていう考えはしない派だから私は。

 むしろ同情してもらえるよう積極的に訴えていく派だから。


「ほねが折れた。いたい」

「あの片目のにんげん、よんでくるか!?」


 右往左往しながらクガルグが言う。


「せきがんのきし……?」


 私はぱちぱちとまばたきをした。

 今、クガルグが隻眼の騎士を呼びにあの部屋に戻れば、きっとそこにいる皆が心配してここにやってきてくれるだろう。

 王様も王妃様も、侍女さんも近衛騎士も。


 しかし私はまだ“そっち側”の人たちには格好つけていたいのだ。

 隻眼の騎士たちにはお馬鹿な事をしている場面も見られているけど、王様たちには私がちょっぴりマヌケだって事バレてないから。


「よばないで……。へいきだから」


 王様たちには階段から転げ落ちて半泣きになっているところを見られたくない。

 私は何とか立ち上がってクガルグに訊いた。


「私、どこかおかしなところない? あたまから血が出てない? 耳が取れてるとか」


 それくらいの衝撃だったのだが、クガルグには「いつもとおんなじ」と即答された。

 自分でも前足を確認してみるけど、変な方に曲がったりはしていなかった。

 あれ? 大した事なかったみたい。

 不思議なもので、怪我がなかったと分かったら痛みも急に消えてしまった。骨も折れていそうにない。


「いたくなくなっちゃった」

「よかったな」


 よかったけど何となく腑に落ちない。無事だと誰も心配してくれないではないか。

 後で隻眼の騎士に慰めてもらおうと思ったのに。


 仕方がないので、再び王子様を探しに行く事にする。

 けれど私の前にはまだ階段が続いていた。これを超えなければ下へ辿り着けない。


 クガルグが一段飛ばしでタンッタンッとリズムよく下りて行ってしまうのを、「まって、おいていかないで!」と止める。

 一度失敗したので階段を降りるのが怖くなってしまったのだ。

 しかしいつまでもここにはいられない。

 私は踊り場で迷うようにうろうろ動いてから、意を決して前足を踏み出した。


 が、やっぱり駄目だ! 前から降りるのは怖い。

 バランスを崩したら、また前転しながら落ちてしまいそう。


 結局、後ろ向きでゆっくり降りる事にした。

 右後ろ足をそっと下へ伸ばす。

 しかし足が短いせいか、なかなか一つ下の段につま先が着かない。


「あともう少し」


 クガルグが教えてくれるが、あともう少しって具体的に何センチくらい? 

 これ以上、足伸びないよ。股が裂けちゃうよ。


 プルプルしながら限界まで足を伸ばすと、やっと肉球に絨毯が触れた。

 ふぅ、と一息ついて狭い階段の上に降り、また後ろ向きで足を伸ばす。

 とっくに下に着いたクガルグが後ろ足で優雅に頭を掻いている中、私は地道に階段を降りていったのだった。




 何とか階段をクリアして一階に到着した私たち。

 一階へ来たのは何となくで、王子様がどこにいるのかは分からない。とにかく歩き回って探すしかないと、お城の廊下をあっちこっち駆け回った。

 お城の警備をしている騎士たちや、掃除中の使用人の人たちが不思議そうにこっちを見てくるけど、捕まえられたりはしなかった。


 天井を支える白い柱がずらりと並んでいる外回廊を、噴水のある広い中庭を横目に見ながら進む。


「あ!」


 中庭にも王子様はいなかったが、代わりに知り合いを見つけた。

 侍女さんを二人引き連れて散歩していたのは、マルチーズに似た白い犬だった。


 彼女はアレクシアといって、私より年下の一歳半の女の子。

 国王夫妻に飼われているロイヤル犬だ。


 レースやらフリルがたっぷりついたピンクのワンピースを着て、頭にはリボンもつけている。

 いつだったか私も支団長さんにひらっひらのドレスを貰って着た事があったけど、私よりも断然こういう服が似合っていて羨ましい。


 てってって、と駆けて、私はアレクシアの方へ向かった。

 アレクシアも私を見つけてしっぽを振っている。可愛いやつめ。

 ちなみにクガルグは後からのんびりついてきた。


「まぁ! 精霊様」


 お世話係の侍女さんたちも、驚きつつ迎えてくれる。

 アレクシアとは二度ほどしか会った事がないけど、私の妹分なのだ。

 自分より年下という存在が今までいなかったので、王妃様が私と同じ白色の子犬を飼い始めたと聞いた時は嬉しかった。


「アレクシア、げんき?」


 彼女は普通の犬なので、もちろん私の問いかけには答えない。

 代わりにお尻をこっちに向けて匂いを嗅がせようとしてくる。

 やめて。

 お互いのお尻の匂いを嗅ぎ合うのが犬の挨拶らしいけど、私は精霊だし元人間なのでこの挨拶はいつも拒否している。嗅ぐのも嗅がれるのもごめんだ。


「お城でいじめられてない?」


 アレクシアの黒いつぶらな瞳を見つめて言った。

 アレクシアはとっても大人しくて控えめな子なので心配なのだ。

 自分が貰ったおもちゃだって、私が羨ましそうに見ていると、『わたくしはいいので、どうぞ』とばかりに譲ってくれたりするのだ。


 こんな健気な女の子なのでもちろん王子様にも可愛がられていて、そのせいでどこかの意地悪な貴族令嬢に陰湿な嫌がらせを受けているのではと、想像力豊かな私は考えてしまう。

 パーティーとかで「あら、ごめんなさい」とか言って赤ワインをドレスにぶちまけられたりしていないだろうか。

 一応、今着ているアレクシアのワンピースの匂いを嗅いでみるが、お酒の匂いはしなかった。よかった。


「精霊様、是非アレクシアと遊んであげてくださいませ」


 そう言って侍女さんは腕にかけた籠から木の輪っかを取り出した。侍女さんの手のひらより大きいそれは、犬のおもちゃだ。

 どうやって使うかと言うと、


「それっ」


 勢いよく地面の上を転がして、それを犬が追いかけるのだ。

 侍女さんが転がした木の輪っかは、芝生の上で小石にぶつかって時おり跳ねながら遠ざかっていく。


「わーい!」


 私は本能に従い、喜んでそれを追った。

 でこぼこの少ないお城の廊下なんかで転がすとすごい速さで延々と転がっていくけど、外で遊ぶのも不規則な動きをして楽しい。


 勢いをなくして倒れた輪っかを咥えて、しっぽを振りながら侍女さんのところに戻る。

 侍女さんは「よくできました」とほほ笑むと、もう一度輪っかを転がしてくれる。


「わーい!」


 わふわふ駆けて輪っかを咥え、またわふわふ侍女さんの元に戻り、褒めてもらう。

 三度目にはクガルグも一緒に輪っかを追いかけた。二人で競争しながら輪っかを奪い合う。

 最初に咥えたのはクガルグだったけど、私はそのクガルグに飛びかかって、相手が地面にごろんと転がったところで輪っかを奪った。

 一目散に侍女さんのところへ帰還しようとするが、今度は起き上がったクガルグが私に飛びかかってくる。


 しっちゃかめっちゃかな感じで二人ともごろごろ転がりながら、いつの間にか木の輪っかは忘れ去られ、プロレスに発展する。

 クガルグに抱え込まれたら、手加減はしてくれるものの後ろ足でゲシゲシと連続キックを喰らうはめになるので気をつけねばならない。


 何かを忘れているような気がしてふと後ろを見ると、アレクシアが侍女さんの足元で上品にお座りしてこっちを見ていた。


『お姉さまはいつもお元気ですね。わたくしはここで見ているので、楽しんでくださいね』


 そんな視線だ。


「……」


 私は表情を引き締めてプロレスを止めた。年下の子が遊ばないのに、私だけ騒ぐのは恥ずかしい。

 クガルグを見習って何となく毛づくろいなどしてみる。


 今更ながら、アレクシアは服を着ているのに私はネックレスをつけているだけで素っ裸なのも恥ずかしくなってきた。

 かといってあの羊のふざけた仮装はさらに恥ずかしい。

 おしゃれなショールはどこへやったかな。


 アレクシアはとたとたとこちらへ近寄ってくると、地面に倒れたままの木の輪っかを咥えて、私に渡そうとしてくれた。


『お姉さま、これがお好きなら差し上げます。わたくしはたくさん持っていますので』


 って言ってるみたい。

 いいよいいよ、そんなの悪いし、一歳半の妹分からおもちゃを分けてもらうなんて三歳のプライドが許さないよ。

 隻眼の騎士や北の砦の騎士たちに頼めば、たぶん木を切り倒すところから手作りしてくれると思うし大丈夫だよ。


 アレクシアに遠慮していると、侍女さん二人と一緒に、この中庭にまた一匹犬が現れた。


 白い体に茶色い模様がついたジャックラッセルテリアみたいな犬で、名前はトリューダー。御年十九歳のおじいちゃんである。

 そういうカットをされているのかもしれないけど、口元にあるわさっとした毛は本当に髭みたいだ。


 トリューダーは少々頑固なおじいちゃんで服を着るのを嫌がるらしく、小さな宝石のついた首輪以外は何も身につけていなかった。

 昔は王様と一緒に狩りに出かけて獲物を追ったりもしていたようで、その威厳は今も消えていない。


 足はぷるぷるしているし、散歩のペースは亀並みにゆっくりだが、私はトリューダーがちょっぴり怖かったりする。

 犬界でのルールを犯す者には、すごく厳しいからだ。トリューダーは私の中で逆らってはいけない犬に認定されている。


 アレクシアはトリューダーを見つけてもビビったりはしないけど――普段から素行がいいので怒られた経験がないのだ――私とクガルグは表情をこわばらせた。

 私は知らずにトリューダーのお気に入りクッションの上に座ってしまい教育的指導を受け、クガルグは一度生意気な態度を取ってきつく叱られているのだ。


 トリューダーがゆっくりゆっくりこちらに近づいて来るのを見て、私たちは慌ててその反対方向へ逃げる事にした。


「またね、アレクシア!」


 クガルグと走って中庭を出ると、またお城の中に戻った。

 王子様はどこだと、その後しばらく城内を探索する。途中何度か階段に出くわしたが、降りるのでなければ怖くないので、ひたすら上っていく。


 と、三◯分ほどうろうろしたところで、隻眼の騎士がお迎えに来た。


「ミル、こんなところにいたのか」

「あ、せきがんのきし」

「そろそろ部屋に戻るぞ。団長が呼んでいる」


 団長さんが? 

 私とクガルグは隻眼の騎士の後について、先ほどまでいた豪華な部屋に向かった。

 上り過ぎた分、階段を降りなければならなかったが、隻眼の騎士に抱っこしてもらえば楽勝だ。


「さっきね、かいだんから落っこちたの」


 同情してもらうために報告する事も忘れない。せっかく痛い思いをしたんだから、同情くらい買いたいのだ。


「怪我をしたのか?」


 隻眼の騎士が心配そうに言うので、私も弱っている感じを出して言った。


「わかんない。足がいたいような……いたくないような」


 私は隻眼の騎士に抱かれたまま、頭を掻く時のように左足を持ち上げた。

 隻眼の騎士は片手で私を支えつつ、反対の手でその足をぎゅっぎゅっと軽く握っていく。

 しかしどこを触られても痛みは感じない。


「痛みはなさそうだな。腫れもないし、大丈夫だ」


 私の反応を確認して、隻眼の騎士が明るく断言する。

 私は持ち上げていた左足を大人しく体の下に仕舞った。

 階段から落ちた事はもう誰にも言わないでおこう。

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