サーレル隊長
息を切らせながら、青い顔をしている五人に向かってなおも叫ぶ。
「わざとか!? 誰かにそそのかされて、私を陥れるためにわざとこんな事件を起こしたのか!? 一体、誰に肩入れしているッ! いくら貰った!? いくらで私を裏切ったんだ!」
「違います……! 誤解ですッ! 我々はサーレル隊長の事を思って……」
「私の事を思うなら、こんな馬鹿な事はできるはずがない! まさか信じていたお前たちにまで裏切られるとは! これで私はまた、『デーラモン公爵家のお荷物』と罵られる事になるんだぞ!」
「申し訳ありません、ですが我々は本当にサーレル隊長を裏切るような事は……!」
ワンスさんたち五人は床に膝をつくと、顔面蒼白になって、サーレル隊長さんの事は裏切ってはいないと否定している。
そこだけはどうしても信じてほしいのだろう。
だけどサーレル隊長さんは激高していて、聞く耳を持たない。
敬愛している人物に疑ってほしくない部分を疑われ、これでもかと責め立てられている五人を見ていると、少し同情してしまった。
やった事は悪い事だし、支団長さんを貶めようとした事や、襲撃の時に皆に剣を向けた事は許せないけど、サーレル隊長さんに裏切りを疑われているのは可哀想だと思う。
そしてサーレル隊長さんも、部下を疑わずにいられないなんて可哀想。
両者の間には確かな絆があると、会ったばかりの私でも分かったくらいなのに。
私は混乱したまま怒鳴り散らしているサーレル隊長さんに負けないように「きゃんきゃん!」と吠えると、彼が肩で息をしながらこちらに注意を向けたところで言った。
「サーレルたいちょうさん、どうして信じられないの? やり方はまちがってるけど、この人たちがたいちょうさんの力になりたかったのは本当だよ。五人は、サーレルたいちょうさんのこと、だい好きなんだよ」
そこは疑わないであげてほしいと思ったのだ。
そして私に続いて、支団長さんも口を開いた。
「ミルの言う通り、その五人は純粋にあなたを慕って行動してしまったのでしょう。俺も北の砦に行くまではなかなか人を疑う事を止められませんでしたが、俺が、そしてあなたが幼い頃から目にしてきた貴族社会のように、打算で全ての物事が動いているわけじゃない。――自分を慕う人間の全てが、権力や金に釣られているわけではないのです」
諭されてサーレル隊長さんは口をつぐんだ。
そしてワンスさんたち五人を見下ろすと、落ち着いた声で言う。
「そうか……そうだな。この五人は金で釣られるような人間ではない……」
そこで動揺も混乱ものみ込んでから、静かに促した。
「説明してくれ、最初から。お前たちは何をしたんだ」
ワンスさんはこわばったままの声で話を始める。
「……ガウス団長とクロムウェル支団長を迎えに行くよう指示を出された時、思ったのです。クロムウェル支団長がいなくなれば、サーレル隊長は望み通り『北の砦の支団長』という座を手に入れる事ができ、雪の精霊とも繋がりを持てると。さらに、サーレル隊長にとっては普段から衝突しているガウス団長も邪魔な存在であると考えました。それで二人を何とか罠にはめられないかと……」
「サーレルとは確かに衝突する事もあったが、お互いに国や騎士団の事を考えての事だったのだがな」
団長さんがやるせなく呟くと、ワンスさんは申し訳なさそうにちらっと団長さんを見てから、また下を向いて続けた。
「最初は賊のふりをして、二人の荷物を盗もうと考えていたのです。団長と支団長ともあろう人が着替えも所持金も全て盗まれたとなれば、騎士団内で笑い者になるかと……」
「残念だがな。私は何年も前に街で酒に酔って、一緒に飲んでいた女性に金を盗まれ、すでに笑い者になっているぞ」
団長さんは何故か胸を張って再び口を挟んだが、
「私の部下が話をしているんですから少し黙っていてください」
とサーレル隊長さんに睨まれて、口を尖らせた。可愛くない。たぶん会議とかでも毎回こんなやり取りをしているんだろうなと思った。
ワンスさんはこの変な空気の中、言いにくそうに続ける。
「それで黒尽くめの格好をして変装し、ゴーダの街の入口で団長たちを待ちました。けれど団長たちを見つけるより先に、精霊の子二人に気がついたのです。土手に隠れて人間に姿を変えるのを見たので、ただの動物ではないと分かりました。さらに二人の後ろに団長たちがいる事にも気づき、白い方が噂に聞いていた雪の精霊の子、赤い方が炎の精霊の子だと予想をつける事ができました。そこで我々は作戦を変え、精霊の子を誘拐する事にしたのです。精霊の子を攫われたとなれば、精霊からの信頼を失って、クロムウェル支団長は確実に北の砦にいられなくなりますから」
「なるほどな。本当に私のために動いてくれたらしい」
サーレル隊長は一度頷いた後、
「……さすが私の部下だ。いい作戦だった。しかし詰めが甘かったな。悪事を働くならば周到に根回しを施して、絶対に自分が犯人だと露見しないように徹底しなければならないのだ」
「はい、申し訳ありません」
頭を下げるワンスさんたちに、団長さんが「何に謝っているんだ……」と呟いた。
「サーレルも何を教えている。まさか知らないところでその悪事とやらを働いているんじゃないだろうな」
「さて、どうでしょうかね」
団長さんも本気で訊いてはいないし、サーレル隊長さんも冗談で返したようだった。
「立つんだ、お前たち。本部に戻るぞ。お前たちの処分を決めねばならん。私の監督責任もな」
サーレル隊長さんがワンスさんに声を掛けると、五人は「申し訳ありません」と再び頭を下げたが、サーレル隊長さんは何かが吹っ切れたみたいに笑っていた。
「いいのだ。私もお前たちが裏切ったのではと疑ってしまったからな。それに今は不思議と気分がいい。お前たちにこんな馬鹿な行動を取らせるほど、私は慕われているのだと分かったからかもしれない。……フフフ、知っているか? 私の兄上など屋敷の者たちや領民たちからちっとも慕われていやしないのだ。父上もそうだったな。フフフフ……あの人たちが持っていないものを私は持っているという事だ」
にやにやと笑い続けているサーレル隊長さんを見て、ワンスさんたちも五人で顔を見合わせた後、少しだけ表情を緩めた。
全員で建物の外に出ると、ちょうど隻眼の騎士とキックスが、手首を縛られたチンピラ風の五人を連れて狭い路地をこちらに歩いてくるところだった。
近くを飛んでいる黄緑色の光の玉はハイリリスの妖精だ。
支団長さんは私を抱いたまま隻眼の騎士に近づくと、サーレル隊長が首謀者ではなかった事を手短に伝えた。
キックスは「そうだったんすか?」と驚いて、少し後ろめたそうな顔をする。
サーレル隊長さんを疑っていた私も同じ気持ちだ。勝手に悪者に仕立ててしまっていたから。
後でお詫びにほっぺた舐めてあげようかな。
「これからサーレル隊長にもついてきてもらって、本部に五人を連行するところだ」
「じゃあこっちの五人も一緒に……」
キックスがチンピラ風の五人を振り返ったところで、サーレル隊長さんもワンスさんたちを後ろに引き連れてこちらに向かってきた。
キックスが僅かに顔をこわばらせて緊張している。
深くは関わっていなかったみたいだけど、新人時代のキックスにとって、サーレル隊長さんは隻眼の騎士たちとはまた違う厳しさのある怖い上官だったのかな。
キックスは制服の汚れを急いで手ではたくと、サーレル隊長さんと視線を合わせないように一生懸命に地面を見ている。何だか面白い。
一方、サーレル隊長さんもそのままキックスに気づかず前を素通りする、と思ったら、そこで一度足を止めた。
そしてこう言ったのだ。
「キックスか。北の砦で元気にやっているようだな。……今回は迷惑をかけたな。グレイルも」
サーレル隊長さんはキックスと隻眼の騎士へ順番に顔を向けると、短く言葉をかけてすぐに行ってしまった。後にはワンスさんたち五人も続く。
「サーレル隊長、俺の事覚えてたんだ……。てか、名前も覚えられてないと思ってた……」
「俺もだ……」
キックスと隻眼の騎士が、ぽかんとした顔をしてサーレル隊長さんを見送っている。
二人とも、サーレル隊長さんに名前を呼ばれてびっくりしたみたい。
サーレル隊長さんって、部下の中でもワンスさんたち五人を贔屓しているのは確かだけど、だからといって他の部下の事は全く眼中にないというわけでもなかったみたい。
性格がいいとは言い辛かったり権力を追い求めたり、サーレル隊長さんは誤解されやすい行動を取っているけど、どうしようもない悪い人でもないのだろう。
「……ハイリリス? どうかした?」
支団長さんの肩に乗ってサーレル隊長さんの後ろ姿をじっと見ていたので、少し気になって尋ねた。
だけどハイリリスは鳥の姿のまま器用に肩をすくめて答える。
「ううん、何でもないわ」
ここまで読んでいただいてありがとうございます!
2/9に完結の予定ですので、あと少しお付き合いください。




