黒幕(3)
「しだんちょーさんっ!」
「クロムウェル!?」
私とサーレル隊長さんは同時に叫んだ。ニルドさんは即座に扉から離れて、他の四人と共にサーレル隊長を庇うように立つ。
だけど皆、驚いたように目を見開いて動揺している。
「悪巧みは終わったか?」
支団長さんは静かに言った。
黒幕まで辿り着けた事を喜んでいる様子はなく、むしろサーレル隊長さんがここにいた事を残念がっているみたいだった。
「悪巧みとは、何の事だ?」
威張るように顎を上げて言うサーレル隊長さんに、支団長さんは感情を表に出さず、冷静に返した。
「私を蹴落としたいのでしょう、サーレル隊長」
「……蹴落としたいなどとは、人聞きの悪い。そちらが勝手に精霊の子を攫われるという失態を犯し、落ちていっただけの事だろう」
「攫われたのではない」
そこに割って入ってきたのは、怖い顔をした団長さんだった。
団長さんもまた、ここにサーレル隊長さんがいる事、そして黒尽くめの男たちが全員騎士だった事に怒りを覚えつつ、悔しく思っているようだ。
支団長さんと団長さんの後ろにはティーナさんが控えているが、隻眼の騎士とキックスの姿はない。
「精霊の子は、自ら囮となってこの五人について行ったのだ。黒尽くめの男たちの正体が騎士だったとは、予想はしていたものの残念だ」
団長さんにじろりと睨まれると、ワンスさんたち五人は萎縮して一歩退いた。
「囮……?」
「罠だと?」
五人は口々に呟いたが、信じられないとは思っていない様子である。私とクガルグ二人だけで街を歩かせたりと腑に落ちない部分があったからか、『囮』という言葉を聞いて奥歯を噛んでいる。
そんな中で、ヨルグさんがこう反論した。
「団長、何を勘違いされているのか分かりませんが、その黒尽くめの男たちと我々とはもちろん別人です。我々は彼らを取り逃がしてしまいましたが、精霊の子たちは無事に保護できた。それだけの事です」
「でも、三人がくろづくめの格好からきしの服にきがえるの、私みてた」
「おれも」
何なら奥の部屋にまだ証拠が残ってる。
私とクガルグが順番に言うと、ヨルグさんに鬼みたいな顔で睨まれた。
ごめんなさい。
でも、もうどんな言い訳も通じないんだよ。
私もクガルグも全部見てたし、聞いていたんだから。
「ははは……幼い精霊も色々と勘違いをしているようだ。黒尽くめの男たちに誘拐された恐怖で、混乱しているのでしょう」
ワンスさんが、言外に私たちの言葉は信用できないと言った。
しかしその時、後ろから言葉を挟んできたのはハイリリスだ。
「なら、私の証言はどう? 信頼できない?」
ハイリリスはいつの間にか、カラフルな体色に戻ってこの部屋の奥にある暖炉の上で佇んでいた。
いつ中に入ってきたんだろう?
扉の近くで向かい合っていたサーレル隊長さんたちと支団長さんたちも、ハイリリスの方へ視線を向けた。
「……風の精霊? 何故、こんなところに」
サーレル隊長さんが我が目を疑うように眉間に皺を寄せた。
ハイリリスは軽くウインクしてみせる。
「この間ぶりね、サーレル! あなたが精霊の誘拐を企てたなんて悲しいわ」
ワンスさんも困惑しながら言う。
「風の精霊……? 風の精霊がどうして……」
「可愛い精霊の後輩に力を貸したっておかしくないでしょ? 私はずっとあなたたちを尾行していたんだから、嘘をついてもすぐに分かるわ。素直に罪を認めた方がいいわよ」
ハイリリスが言い終わるのを待って、支団長さんが口を開いた。
「証人はまだいるぞ。お前たちが金で雇った五人だ。チェダスの街を出ようとした我々を襲ってきたため、捕らえている。顔を半分隠していたとはいえ、奴らは黒尽くめの男たちの顔を間近で見ているし、声も聞いている。ここへ連れてきてお前たちと面会させたら、同じ顔、同じ声をしている事に気づくだろうな。グレイルとキックスが今その五人を連行しているところだ。その内、こちらへやって来るだろう。お前たちはそれまでしらを切り続けるのか?」
五人は唇を引き結んで黙り込んでしまった。何も言い返せないからだろう。
そんな中で戸惑いぎみに声を上げたのは、サーレル隊長さんだ。
「ちょっと待ってくれ、クロムウェル。何を言っているのだ。私の優秀な部下が精霊の子を誘拐した? つまり今回の件は部下のでっちあげだと言いたいのか? 何を馬鹿な……」
支団長さんは片眉を持ち上げた。
「……どうしてそんなに動揺する事があるのです。この件の首謀者はあなたでは?」
「私が首謀者!? とんだ誤解だ! わけが分からん」
「ですが――」
「クロムウェル! さてはお前、私を陥れようとしているなッ!? 私がお前の後釜を狙っていると聞いたからか!?」
「違います」
興奮しているサーレル隊長さんと落ち着いている支団長さんが交互に喋るたび、私も順番にそちらへ顔を向けた。
サーレル隊長さんは自分だけでも罪から逃れるために知らないふりをしているのかと思ったけど、この混乱ぶりを見ていると違うのだろうか。
支団長さんも少し困惑している。
「しかし上官であるサーレル隊長の許可がなければ、騎士団に所属しているこの五人は王都からも出られない」
「話を整理させてくれ。私は確かにこの五人が王都を出る事を許可した。だがそれは、クロムウェルと団長を迎えに行かせるためだ」
サーレル隊長さんはズレた眼鏡を直しながら言った。
「我々を? 何故そのような指示を?」
「何故だと?」
そこで語気を強めると、サーレル隊長さんは団長さんの方を鋭く睨んだ。
「この大酒飲みの団長が! おそらく通る街全てで視察だなどと言い訳しながら飲み歩いて! 仕事が溜まっているというのになかなか帰ってこないだろうと予想したからだ! 四日あれば行って戻ってこれる行程を、五日も六日もかけるに決まっているからな」
サーレル隊長さんに一瞥されて、団長さんは冷や汗をかきながらあらぬ方向を向いた。私やクガルグが一緒でなければ、本当に飲み歩くつもりだったのかもしれない。
「なるほど、それで」
支団長さんとサーレル隊長さんの会話を聞きながら、団長さんは大きな体を小さくして「たまには息抜きしたっていいだろう……」とぼそぼそ呟いていた。
「そして今日、つい先程だ。ヨルグとゴードンの二人が私の執務室に駆け込んできた。クロムウェルたちが連れていた精霊の子が誘拐されてしまったと言うのだ。だが、続けてこう報告してきた。クロムウェルたちの代わりに五人で犯人を追跡し、無事精霊の子を奪還したと。そして案内されたのがここだ」
片腕を大きく広げて、サーレル隊長は説明した。
「犯人は逃がしたものの、ここはその犯人のアジトではないのか? 精霊の子はここに監禁されていたのではないのか?」
サーレル隊長さんは支団長さんに向かって訊いていたけど、支団長さんは無言でワンスさんたち五人を視線で指す。
サーレル隊長さんもその視線を辿って、自分の部下に向き直った。
「お前たち、どういう事なんだ? 私はお前たちをとても優秀な部下だと思っている。そんなお前たちが、こんな馬鹿な事をするはずがない。そうだろう? お前たちが否定するなら、私はお前たちを全力で守るぞ。なぁ、どうか……」
否定してくれと、サーレル隊長さんの瞳が言っていた。
だけど五人は黙ってうつむくだけだ。
サーレル隊長さんの震える拳を見て、彼は本当に何も知らなかったんだと思った。
でっちあげの誘拐事件には一切関与していない。全てはこの五人が勝手にやった事。
ハイリリスに私とクガルグの情報を教えたのも、賢いサーレル隊長さんが全てを計算した上での行動なんじゃないかと少しだけ思っていたけど、それも見当違いだったみたい。ハイリリスが関わってきたのは本当にただの偶然。
私たちはどうにか今回の件の黒幕を捕まえたいと思っていたけれど、そもそもどこにも黒幕なんて存在しなかったのだ。
「お前たち……」
サーレル隊長さんは私を支団長さんに押しつけると、何も言わない五人に詰め寄って急に怒鳴り散らした。
「何て事をしてくれたんだ! 一体何のつもりだッ! これで私の評価は地に落ちるだろう! お前たちのせいだぞッ!」




