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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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黒幕(1)

 一目見て、すぐに気づいた。

 確かにキックスや団長さんとは気が合わなそうな人である。

 貴族っぽい上品さはほんの少しだけ支団長さんと似ているけど、飾らない支団長さんとは違って嫌味がある気もする。


「ワンス、ニルド、サイ、よくやった」


 きりっとした人、大人しそうな人、そして今はフードを被っていないフードの人に、サーレル隊長さんは順番に声を掛けた。

 そして視線を下げると、三人の足元にいる私とクガルグを見て軽く目を見開く。


「これが……精霊の子か?」


 サーレル隊長さんの声は体型と同じく細かった。


「これが本当に精霊の子なのか、ヨルグ? 本当に?」


 サーレル隊長さんは私とクガルグを指差すと、隣にいる目に隈のある人に何度も訊いている。

 たぶん私たちが精霊にしてはあまりにふざけた格好をしているせいだろう。

 おまけに私の前には、ビスケットを包んでいた紙が粉まみれで置いてあるのだ。

 精霊とはこの世界の人たちにとって、人間よりも神や天使に近い超自然的な存在なのである。それが羊の仮装をしてウサギリュックを背負い、口元についたビスケットの粉をペロペロ舐めながら自分の方を見ていたら、「本当に精霊の子なのか?」と確かめたくなる気持ちも分かる。


「お前たち、どこかのペットと間違えているんじゃないだろうな?」


 サーレル隊長にじろりと睨まれ、きりっとした人――ワンスさんは慌てて否定した。


「いいえ、間違いなく精霊の子です。この衣装はクロムウェルたちが着させたようで……」

「クロムウェルが? あいつは北の砦に行ってから頭がおかしくなったのか?」


 サーレル隊長さんの中での支団長さんは、動物にこんな格好をさせるようなキャラではなかったんだろう。

 他にも可愛い合羽やらショールやらを貰っていると言っても信じてもらえなさそうだ。

 普段は氷の仮面を被っているけど、たまによく分からないタイミングで鼻血を出したりするおちゃめな人なんだよ。


「しかしクロムウェルといえば……」


 サーレル隊長さんはそこで黒幕らしい悪い笑みを浮かべた。


「今回の件で奴の処分は免れないだろう。ガウスもだがな。一緒にいた精霊の子を攫われるという、とんでもない失敗を犯したのだから」


 そこで「ははは」と笑った後、こう続けた。


「これで私も、これからは肩身の狭い思いをせずに済む。クロムウェルが雪の精霊の信頼を得ただとか、その子どもにも懐かれているだとかいう話を聞くたび、『お前は何故、自ら進んで北の砦に行かなかったのだ』と兄上になじられる事もなくなるだろう。クロムウェルは今の地位と周りからの信頼を失うが、私が代わりにそれを得るのだ。そうすれば兄上も騎士団の連中も私を認めざるをえなくなる」

「おっしゃる通りです」


 尊大に胸を張るサーレル隊長さんに、ワンスさんたち五人が深く頷いている。

 私はその様子を眺めながら、自分の作戦の順調っぷりに少し焦っていた。

 さくさくと黒幕であるサーレル隊長まで到達してしまったが、私たちを追ってきているはずの隻眼の騎士たちはもう王都に着いているだろうか?

 今回の件に関わっているのは、あの雇われたチンピラ風の男たちを除けばここにいる六人で全部だろう。

 犯人は皆この場にまとまっていてくれるのだ。もう隻眼の騎士たちに突入してきてもらってもいいんだけど……まだ時間がかかるかな。


 仕方ない、私が頑張って時間を稼いでおくか。


 そう考えて、私はその場でごろんと寝転がり、お腹を見せた。

 こうすると北の砦の皆は私のお腹を撫でずにいられなくなるという魔法にかかるのだ。

 急いでいる時でも「あー、時間がないのに!」と言いながらわしゃわしゃしていく。


 妖精入りウサギリュックがあるから上手くへそ天できないけど、私のお腹のモフモフは体の他の部分のモフモフよりさらに魅力的なんじゃないかと思う。


 さぁ、来い。

 普段は心を許した人にしか触らせないんだけど、今回は緊急事態なので特別だ。


「…………?」


 逆さになった景色の中で、サーレル隊長さん他五名が怪訝な顔をしている。


 あれ? おかしいな。

 私がこうするだけで北の砦の皆はにこにこしながら「ミル~」と高い声を出して寄ってくるのに。


 あ、分かった!

 今は羊の仮装をしているせいで、偽物のモコモコが私のモフモフを隠してしまっているのだ。これは予想外。

 つまりこの仮装を解かなければ、私本来のモフ毛の魅力を発揮できないのである。

 なんて事!


 私は急いで起き上がると、何とかして服を脱ごうと奮闘した。

 お腹側にあるボタンを外さなくてもフードはもう脱げているし、袖の部分にもゴムなど入っていないので一人で脱げると思ったのだ。


 まずは右前足を服の中に引っ込めようとしてバランスを崩して転んだが、これくらいでは諦めない。

 床に転がったまま袖の部分を噛んで固定し、もう一度右前足を引く。今度は上手く服の中に入れられた。ウサギリュックの肩紐からも自由になる。

 次は同じように左の袖を噛んで足を引っ込める。

 痛い! 毛も一緒に噛んじゃってた。

 でも十数本の毛を犠牲にしつつ上手くいった。ウサギリュックも床に転がる。


 あとは頭も引っ込めて、そして服を上に引っ張れば脱げ――


 あ、駄目だ。お尻が引っかかっている。

 この服はTシャツみたいに上半身だけを覆っているのではないのだ。着ぐるみのように足の方まで繋がっていて、普通の犬や猫なら排泄の時に大変な事になるデザインなのである。

 服を上に引っ張って脱ぐのは無理だ。下から脱ぐしかない。

 床の上でのたうち回っている私を心配したのか、クガルグが戸惑いぎみに周りをうろうろしている。


 服の中に潜っていた状態からもう一度普通に頭を出すと、今度はそこから両前足も順番に出した。

 途中で詰まらないように片腕ずつね。

 賢い私の戦法が功を奏して、無事に襟から上半身を出す事に成功した。

 あとは下半身を覆う服を脱ぐだけだ。


 起き上がって後ろ足を片方ずつ上げると、ピッピッと振る。

 けれど今度はしっぽが引っかかって足元に落ちていかない。


 …………疲れたな。


 私はちらっとサーレル隊長さんを見上げた。こういう時は人を使うに限る。

 隻眼の騎士やティーナさん、支団長さん辺りだと、私のやりたい事を察してすぐに手を貸してくれるのだが、サーレル隊長さんはあまり気が利かないみたいだ。


「何がしたいのだ、この精霊の子は……」


 服を脱ぎたいのだ、私は。

 てくてく近づいていくと、サーレル隊長さんは怯えたように後ろに下がった。


「お、おい、私は子どもの頃に兄上がけしかけた犬に追いかけられて以来、犬は苦手なのだ」

「サーレル隊長、精霊の子は犬ではありませんから大丈夫ですよ」

「そんな事は分かっている! だが……」


 後退していくサーレル隊長さんに代わって、ワンスさんが前に出てきた。そして中途半端に仮装をしたままの私を抱っこしてサーレル隊長さんに渡そうとする。


「平気です、サーレル隊長。それにこの精霊の子には、サーレル隊長に懐いてもらわないといけないのですから。クロムウェルより好かれませんと」

「あ、ああ、そうだな……」


 サーレル隊長さんは冷や汗をかきながら二度頷いた。

 そしてごくりとつばを飲み込むと、ぎこちない動きでこちらに手を差し出してくる。犬が怖いみたいなので、私はぬいぐるみのように大人しくしていた。

 暴れて落とされたら嫌だから。


「こ、こうか?」


 サーレル隊長さんもまた、抱き方が下手くそだった。

 腕を持つのやめてよう! 肩が抜けそう。

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