王都へ
チェダスの街から馬を走らせて一時間ほど、ついに私は王都の街を目に映す事ができた。
街の中心にそびえ立つ王城には何度か訪れた事があるのに、その周囲に広がる街を見たのは初めてだ。
街の外側にはオレンジや赤の瓦屋根に白い壁の小さな家が多いようだけど、中心部には立派な邸宅も見える。
街全体の印象としては、華やかだけど洗練されている感じ。
黒尽くめの男たちは、街に入るとすぐに二手に分かれた。
「手筈通りに」
「ああ」
きりっとした人が言うと、鼻の大きな人と目に隈のある人が馬に乗ったまま、馬車も走っている大きな通りを駆け抜けていく。
一方残った三人は馬を降り、手綱を引いて脇道の方へと入っていった。
ここは古いレンガ造りのアパートのような建物が建ち並んでいるので、日光が遮られて薄暗い。
裏町といった感じで雰囲気もあまり良くはなく、夜に一人では立ち入りたくない場所だ。
黒尽くめの男たちはそんな雰囲気に臆する事なく早足で奥へ奥へと進んでいき、やがて以前は何かの店だったらしい寂れた空き家の前に来ると、そこで足を止めた。
馬を外に置いたまま、壊れかけた扉を開けて、きりっとした人が先に中へ入っていく。
馬の背に乗っていた私とクガルグは、フードの人が地面に降ろしてくれた。
「ついて来い。中にいいものがあるぞ」
いい物って何だろうとわくわくしながらフードの人の後についていく単純な私。
クガルグはいいものに興味はないみたいだけど、私が行くので一緒に中に入ってきた。
きりっとした人は灯りをつけていたようで――まだ昼間だけど、建物の中は薄暗いのだ――床に散らばっているゴミが蝋燭の炎に照らされている。
綿埃に、割れた窓から入ってきたらしい枯れ葉、小さな硝子の破片……。
硝子が肉球に刺さったところを想像して私が渋い顔をしていると、黒尽くめの三人も汚れた床を見て言った。
「このままでは危ないな」
「奥に箒があったような……」
私とクガルグが入り口で立ち止まっている中、せっせと床を掃き始める三人。
一生懸命掃除をする悪者って新しい。
普段から掃除をし慣れているのか、三人はてきぱきと床のゴミを集めて片付けてくれた。
「一度掃除を始めると全部綺麗にしたくなるんだが」
「同感ですけど、床だけで止めておきましょう」
きりっとした人に大人しそうな人が言う。
皆、綺麗好きなのかな。
ところで“いいもの”とはどこにあるのか。
催促するようにフードの人を見上げると、「ちょっと待っていろ」と奥の部屋に入っていった。
彼が戻ってくるまで、改めてこの部屋の中を見回してみる。
煤の溜まった暖炉はあるけど、テーブルや椅子などの家具はなく、がらんとしている。
私は一部板の剥がれた天井を眺めながら、後ろ足で頭を掻いた。
ずっとフードを被っていて蒸れたのか、耳の付け根がかゆいのだ。
だけどフードのせいで上手く掻けない。
カシカシ、カシカシとずっと掻いていると、きりっとした人が気づいてフードを脱がしてくれた。
ついでに「かゆいのか?」と私の代わりに頭を掻いてくれるが、微妙にポイントがずれていて余計にむずむずする。
その手から逃れて頭を床に擦りつけ、かゆみをやり過ごしていると、「汚れるぞ」と止められた。
そうして懐からハンカチを取り出して毛を拭いてくれる。ハンカチには皺一つないし、やっぱり綺麗好きみたい。
北の砦の皆なんて、支団長さんやティーナさんなどを除いてまずハンカチを持っていないし、たいていの汚れは制服の袖で拭いてしまうというのに……。
皆はどうも制服の袖を万能布巾だと思っているふしがある。
なんて、そんな事を考えていると、奥からフードの人が小さな紙包みを持って戻ってきた。
その紙包みから漂ってきた匂いに気づいた私は、すぐにしっぽを振って立ち上がる。
あれは食べ物だ!
「雪の精霊の子は、甘いものが好きだと噂で聞いていたからな」
王様たちが出してくれるお菓子をいつも喜んで食べていたから、そんな噂が流れたのだろう。
私たちにここで大人しくしていてもらうために、あらかじめお菓子を用意していたらしい。
包みの中には、丸いビスケットがいくつも入っていた。
差し出された一枚にサクッと噛みつくが、そこそこ大きいので一度では口に入りきらない。
結果、ビスケットの欠片や粉がぽろぽろと床に落ちた。新たな一枚を食べるたびに、せっかく掃除をした床に食べ零しが散らかっていく。
そろりと上目遣いで綺麗好きらしい三人を見上げると、
「何故この大きさのビスケットを選んだ。一口で口に入れられないビスケットとクッキーは我々の敵だぞ」
「すまん」
などと言い合っていたのだった。
クガルグはビスケットを食べなかったので、結局私一人で床を散らかしながら全て胃に収めてしまった。
一方、黒尽くめの男たち三人は、私がビスケットに夢中になっているのを確認すると奥の部屋へ消えてしまったのだが、食べ終わったタイミングでこちらへ戻ってきた。
しかし、その時には三人とも格好が変わっていた。
どうやら奥で着替えていたらしく、黒尽くめの怪しい男から、立派な騎士に変身していたのだ。
騎士服は隻眼の騎士たちと同じデザインだけど、色が違う。紺色じゃなくて白色だ。そういえば団長さんも白い騎士服だった。
三人ともお城にいる近衛騎士の人たちと佇まいがよく似ている。
あそこまでキラキラしていないけど、清潔そうな感じとか、制服をきっちりと着ているところとか。
あとは黒尽くめの格好をしていた時から思っていたけれど、北の砦の面々に比べて、三人ともやはり細身かなという感じがする。
身長もそれほど高くはなく、大人しそうな人なんかは男性にしてはかなり小柄だ。
「ついてるぞ」
きりっとした人が、羊の仮装からはみ出た私の胸のモフ毛を払って言った。
そこにビスケットの粉が山ほどついていたからだ。
「そろそろでしょうか」
「ああ」
大人しそうな人とフードの人が、そんな言葉を交わしながら扉の方を見た。
私もその視線につられて振り返った時、
「こちらです!」
外から声が聞こえてきて、バタバタと騒がしい足音が近づいてくる。
やがてこの建物の扉が勢いよく開かれると、白い騎士服を着た男の人が三人、息を切らせて中へ入ってきた。
その内の二人は王都に入った時に別れた黒尽くめの男たちのようだった。今は全く怪しさの欠片もない清潔そうな騎士だけど、一人には目に隈があり、もう一人は鼻が大きい。
そして最後に中に入ってきたのは、丸い眼鏡をかけ、黒い髪を『右・七、左・三』に分けて頭に撫でつけている、もやしみたいに細い男の人だった。
歳は三◯代後半くらい。眼鏡の奥で光る目は一重で、眉間には常に皺があり意地悪そうな雰囲気だ。
(この人がサーレル隊長さん……)




