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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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精霊誘拐事件?(1)

 農村の若者に比べると垢抜けた感じがするけれど、ごく平凡な身なりの男女だ。


「ねぇ、どうしたの?」


 女の人が男の人の袖を引っ張るが、男の人はそれを振り払って言った。


「いい事を思いついたんだよ」

「いい事って?」


 男の人は手前にいた私をやや乱暴に抱き上げる。


「きっとこいつら金持ちの家のペットだぜ。じゃなきゃ動物に服なんか着せないだろ」

「だから?」

「馬鹿、頭働かせろよ! こいつらを誘拐して身代金を要求するんだよ!」


 特に悪そうには見えない若者が急にそんな事を言い出したので少しびっくりしてしまった。

 私たちが誘拐されたいのは違う人なんだけど。


「でも、それって犯罪じゃない」

「上手くやれば捕まらないし、身代金が手に入ったら借金も返せるだろ。そうしたらお前とも結婚するよ」

「結婚っ!? 本当!?」


 それまで乗り気じゃなかった女の人も、結婚という言葉で一気にやる気を出した。

 いやぁ、私の見る限り、この男の人はそんな事言って結局結婚しないような気がするよ。ダメ男の匂いがぷんぷんするもん。


「だからお前も手伝えよ。二人の未来のためだぞ」

「うん!」


 女の人の目がキラキラしている。二人してダメなカップルだった。

 極悪人ではないけど、残念な感じだ。


「まずは飼い主を特定しねぇと。おい、黒いの。お前の家まで案内してくれよ」


 男の人は私を片腕で雑に抱えたままクガルグに言った。

 動物に本気で喋りかけている辺り憎めない感じもするんだけど、今はすごく迷惑だ。

 私たちはこう見えて、とっても重要な任務の最中なんだよ。


 クガルグはぐっと足に力を入れて身をかがめると、次の瞬間、男の人の胸まで一気にジャンプした。


「うおッ!?」


 そして落っこちないよう服に爪を立てて貼りつく。

 男の人はクガルグを引き剥がそうとして、ますます爪を立てられていた。


「痛い痛い! ちょっ、まじで痛い……!」


 クガルグの爪は猫より太くて大きいからなぁと、私は抱えられたまま淡々と思った。

 このカップル相手にはあまり危機感を抱けない。


「きゃああ!」


 と、今度は私の後ろに立っていた女の人が突然叫び出した。

 顔面蒼白で私のウサギリュックを指差している。


「ヘ、ヘビ……!」

 

 リュックの隙間から父上のヘビがにょろりと顔を出していて、女の人はそれに悲鳴を上げたようだった。

 しかしその悲鳴に気づいてヘビを見た男の人は、それ以上のリアクションを取った。

 顎が外れるんじゃないかというくらいに大きく口を開けて叫んだのだ。


「うおわぁああぁぁッ!? 俺、ヘビとかまじ無理ッ! まじ無理……!」

「あ、え? そんなに? ちょっと!」


 私の事を放り投げて走り去っていく男の人を、女の人は困惑しながら追いかけていく。


「……いてっ!」


 放られた私は背中から地面にぶつかったものの、ウサギリュックに潜り直した父上のヘビがクッションになってくれたので怪我をする事はなかった。

 いつの間にか男の人から離れていたクガルグがこちらへ寄ってくる。


「へいきか、ミルフィー?」

「うん」


 何だったんだ、あのカップルは。


「そろそろ大通りにもどろうか」


 敵は私たちがここにいる事をちゃんと把握していないかもしれないので、もう一度人の多い場所に出ようかと思った時だった。


 カップルが走っていった方から、男の人が四人、こちらに向かって路地を歩いてきたのだ。


 その内の三人は黒尽くめの格好をしていて、布で顔も半分隠している。

 残りの一人はチンピラ風で、だらっとした派手な服を着ていた。

 黒尽くめの男たちはきびきびとした歩き方だが、チンピラ風の男はそれほど動きが洗練されていない。


(来た!)


 黒尽くめの男たちには見覚えがある。

 彼らこそ私が待っていた敵だ!


「お前は表を見張っていろ」

「へいへい」


 黒尽くめの男の一人が、チンピラ風の男に指示を出した。

 チンピラ風の男は路地の入り口に立って大通りの方に睨みをきかせている。


「きゅんきゅん!」


 こちらに近づいてきた三人に、私は思わず駆け寄った。


 もう! 遅いよ! 危うく違う人に攫われるところだったじゃんか!


 黒尽くめの三人は、親しげにくっついてきた私に困惑してお互いに顔を見合わせている。


「誰か食い物でも持っているのか?」

「いや、何も」

「私も何も持っていませんよ」


 一人が口元の布を下げて訊くが、他の二人は首を振った。


「本当に精霊なんだろうな?」

「間違いないです」

「人に慣れた犬のようだな」


 失礼な事を言いながら、一人が折り畳んだ麻袋を取り出した。


「だいたい、ゴーダの街でも思ったが、この格好は何なんだ。クロムウェルやガウスは何を考えている。精霊にこんな馬鹿みたいな服を着せるなんて」

「頭が悪く見えますね」


 何を!? と一瞬抗議の鳴き声を上げようかと思ったけど、次の言葉を聞いてそれどころではなくなった。


「サーレル隊長だったなら、もっと上品な衣装を用意されるだろう」


 その発言に反応して、フードの下で私の耳がぴんと立った。

 サーレル隊長!? 今、サーレル隊長って言ったよね!?


 やはり、この黒尽くめの男たちはサーレル隊長さんの部下なのだ。

 という事は、もう黒幕の正体は分かったも同然だけど、どうせなら本人を引きずり出したい。

 サーレル隊長さんが言い訳できないような状態になってからでも逃げるのは遅くない。


「この馬鹿げた服の事だけじゃない。精霊の子だけで街を歩かせている事も信じられないな。クロムウェルは油断し過ぎではないか?」


 きりっとした目元の真面目そうな人が言った。


「ガウスがいるんだぞ。あの人は本人の意志を尊重してか、自分の部下にも自由にやらせる事がある。だからこの精霊たちにも好きに行動させているのさ。サーレル隊長がなさるように、厳しい制限をもうけて行動を縛った方がいいとは気づかないのだ」


 黒いフードを深く被った人が、皮肉を唇に浮かべる。

 この人たち、もしかして進んでサーレル隊長さんの命令に従っているのだろうか? 

 権力のあるサーレル隊長さんに従わざるをえない立場だから、てっきり嫌々命令を聞いているんだと思っていた。


「きっとそうですね。ガウス団長は楽観的ですから」


 最後に、小柄で大人しそうな男の人が薄く笑う。

 団長さん、侮られすぎじゃない? ああ見えて結構色々考えてるんだぞ! 


「さぁ、急げ」


 きりっとした人に言われて、大人しそうな人が麻袋の口を開いた。


「素直に入りますかね? 精霊の子をあまり手荒に扱ってもいけませんし……」

「うむ、俺に任せろ。実は子どもの頃に犬を飼っていたのだ」


 そう言うと、フードの人がまずは私に手を伸ばしてきた。

 だけど少し緊張しているみたい。


「暴れるなよ。暴れるんじゃないぞ。じっとしてれば痛い事はしないからな。親を呼ぶんじゃないぞ」


 そんなに警戒しなくても母上を呼んだりしないし、動かずじっとしてるよ。


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