仲間を増やして
「ウゥ~……」
自分の小さな唸り声で、夜中にふと目を覚ました。
夢の中で背中にクガルグが乗ってきたので怒っていたのだが、現実でもクガルグは私の背に乗っかっていびきをかいていた。
「うぅ~……」
今度は人間らしく唸って、クガルグの熱い体の下から這い出る。
私の隣では隻眼の騎士が地面に横になって休んでいて、その奥で焚き火が赤々と燃えていた。
団長さん、キックスにティーナさん、それにアイラックスやリーダーたちもそれぞれ眠っているようだ。
母上の妖精は焚き火の炎とクガルグから離れた木の枝の上でお餅みたいに平べったくなっている。寝てるのかな、あれ。
一方、支団長さんはこの時間帯の見張り番みたい。座ったまま焚き火に小枝を投げ入れて消えないようにしていたが、私が起きたのに気づくと手招きをした。
一人で寂しかったのかなと近づくと、あぐらをかいている足の上に乗せられる。
焚き火の炎が近くて熱いなぁ。
もう一度寝かしつけるように頭を撫でられたけど、私は眠くなかったので、ひっくり返ってその手を甘噛した。
支団長さんの隣では、父上の妖精である薄い水色のヘビがとぐろを巻いている。ぴくりとも動かないけど、目は開けたままで寝ている様子はない。
父上から騎士たちを守るように言われているのでその指示を守って周囲を警戒しているのかもしれないし、単にボーッとしているだけなのかもしれない。
父上の妖精である事を考えると、後者の可能性は高い。
ひとしきり支団長さんの手を噛んで満足してから、周りの皆を起こさないように小声で話した。
「ハイリリス、もどってこないね」
「そうだな」
まだ黒尽くめの男たちが見つからないのかな。
母上とずっと戦ってたんだし、あまり無理していないといいけど。
「それとも、もうサーレルたいちょうさんを倒してるかも」
ハイリリスならそれくらい突っ走りそうだ。いきなり黒幕を叩くっていう。
仰向けでお腹をさらしながらのんきにそんな事を言う私を、支団長さんは静かにいさめた。
「ミル、まだサーレル隊長が悪いと決まったわけじゃない」
確かにそうだ。まだ決定的な証拠はないのに、私の中ではもうすっかりサーレル隊長さんは悪者になっていたのだ。
だけど支団長さんの口調にも、サーレル隊長さんを庇うようなものを感じた。
へそ天しながら話しても緊張感が台無しになってしまうので、私は支団長さんのあぐらの上に座り直す。
「しだんちょうさん、サーレルたいちょうさんが犯人じゃないといいなって思ってるんだね」
「……そうかもしれないな」
支団長さんは手で私のしっぽをいじりつつも、真面目な顔をして考え込んだ。
「サーレル隊長とは特に気が合うわけでもないし、特別信頼しているわけでもない。だが彼と俺は、騎士団内での立場がよく似ている。周りからの見られ方も」
支団長さんは、自分もサーレル隊長さんも公爵家の出だという事、そしてそれ故に騎士団内で敬遠されたり、望まぬ贔屓を受けたり、また嫉妬を受けたりした事を言っているのだろう。
庶民には庶民の苦労があるように、貴族には貴族の苦労があるのかもしれない。
「だからサーレル隊長がどれだけ騎士団で苦労しているのかも察する事ができる。俺も彼もグレイルのように体格に恵まれているわけではないし、団長のように人を引きつける魅力があるわけでもない。特別な才能は何もないからな」
事実を淡々と述べているという感じで、その声に卑屈さはなかった。
「それに、サーレル隊長は家庭内でも嫌な思いをしてきたようだ。どうやら幼い頃は体が弱かったらしく、健康な兄と比べられて冷遇されていたのだと噂で聞いた。しかし、家庭や騎士団内でそういう経験をしてきたからこそ、野心が強いんだろう。もっともっと上へ昇りつめて、誰にも見下されないようにして、周りの人間に自分を認めさせたいんじゃないかと思う」
支団長さんは実力をつけて強くなり、自分に自信を持つ事で周囲からの評価を気にしなくしようとしているのに対して、サーレル隊長さんはとにかく地位と権力を得ていくという事に熱心になってしまっているのかな。
「野心に溺れて、正義を見失っていない事を祈るしかないな」
支団長さんはため息をついて、私の頬をモフモフしたのだった。
「戻ったわよー! ただいまー!」
「ふぐっ……!?」
朝になってハイリリスは帰ってきた。今は透明ではなく、元のカラフルな体色に戻っている。
寝ている私のお腹の上に着地しておきながら、「まだ寝てたわけ?」と涼しい顔をしている。
「つめが……くいこんでるぅ……」
「あら、ごめんなさい」
ハイリリスは空気のように軽いけど爪だけは痛い。
側に置いておいた私のウサギリュックの上に移動すると、ハイリリスは「ほら、早く起きて!」と翼を羽ばたかせて私の眠気を覚まそうとした。心地いい風がくる。
「おはよう、ミル」
隣で支団長さんはすでに身支度を整えていたようだ。夜の見張りはいつ交代したんだろう。
私はいつの間にか寝てしまっていたので確認できなかった。
「ちゃんとねた?」
「もちろん」
旅の疲れをそれほど感じさせない顔で支団長さんは答えた。隣には昨夜と全く同じ体勢のヘビもいる。あの時から動いていないに違いない。
「ミルちゃん、おはよう」
「疲れていないか、ミル」
「いい朝だな」
ティーナさんと隻眼の騎士、そして団長さんもすでに起きていたので、一人一人のところに走って回って頭を撫でてもらう。
素敵。
隻眼の騎士の制服やマントは背中の部分が斬られたまま破れているんだけど、上手くマントをずらして羽織り、素肌が見えないように工夫していた。
改めて無事でよかったなぁと思ったので、隻眼の騎士には他の人よりたくさん撫でてもらう。
この手が今日も温かくて嬉しい。
さて、あと起きていないのはクガルグとキックスだ。
クガルグはハイリリスが起こしているので、私は汚い布を巻いて寝ているキックスに突撃した。
助走をつけて走っていって仰向けに寝ていたキックスの胸に飛び乗ると、キックスは激しく咳き込みながら起きた。
あれ? 私、もしかしてちょっと太ったかな。
「さぁ、じゃあ私の偵察の成果を報告するわね!」
ウサギリュックの上でハイリリスは胸を張った。
「ミルちゃん、はい、スープよ。熱いから少し冷めてから食べてね」
「あついっ!」
「言ってるそばから!? ほら、冷めるまで、先にレガンを食べたらどう?」
「でも私、もうレガンあきちゃった。まだあるの?」
「山ほど買ってきたのはお前だろ。責任持って食えよ」
「あ、キックス! そのチーズと私のレガンこうかんしよ!」
「俺だってレガンは飽きたっての!」
「ちょっと! 聞いてる!?」
皆で焚き火を囲んで朝食を食べている中、ハイリリスが高い声を上げた。
レガンを押しつけ合う私とキックスをひと睨みすると、ウサギリュックからキックスの頭へ移って言う。
「私の偵察の成果を発表するわよ!」
「いてて、俺の頭の上で爪立てて踏ん張るなって」
キックスは顔をしかめてハイリリスを肩に乗せた。
「ミルフィー、俺のちーず、やる」
「ありがとう、クガルグ」
「ちーず、好きなのか?」
「うん、すき。でもジャーキーとたまごと果物のほうが、もっとすき。でも果物っていっても今はレガンはあまり――」
「クガルグ、ミルフィリア! 食べてていいから黙ってて!」
ハイリリスは頭の冠羽を立てて怒った。
私たちでは話にならないと、支団長さんと隻眼の騎士、団長さんの方を向いて話し出す。
「怪しい男たちの事だけど、彼らはこの先にある小さな町にいたわ。宿で体を休めてる」
「この先というと……」
支団長さんが地図を出して確認している。
「俺たちが王都へ向かってるのを分かってて、先回りしてんでしょうね」
ちぎったパンを口の中に放り込みながらキックスが忌々しそうに言った。
「たぶんね! でも今朝その町を出たみたい。彼らはまだミルフィリアとクガルグを攫おうとしているけど、あなたたちと戦った時に負った傷が癒えていないから、ギリギリまで動かないと決めたようよ。王都の近くにチェダスという街がある?」
ハイリリスの質問に答えたのは隻眼の騎士だ。
「ある。王都の隣の街だ」
「そのチェダスという街と王都との間にあるひと気のない森で、彼らは再び襲撃を計画している。今度こそ精霊を攫うんだって、失敗は許されないって言ってたわ」
「サーレル隊長に脅されてるんだな、きっと」
キックスが最後のパンの欠片を咀嚼しながら呟く。
「気をつけなきゃいけないのは、彼らが人数を増やそうとしている事よ。五人だけではあなたたちに敵わないと思ったみたいで、同じ宿にたまたま泊っていたガラの悪い男たちに声をかけていたわ」
「金で雇おうとしているのか」
隻眼の騎士にハイリリスが頷き、続けた。
「人数は倍に増えているわよ。だけどあれよね、どっちもろくでなしの集団だけど、雇われた方の奴らは見るからに……えっと、なんて言うんだっけ、あ、そう“チンピラ”って感じだけど、元の五人は素顔を見ると身綺麗で垢抜けてる感じだったわ。あなたたちが予想しているように騎士なんでしょうね」
ハイリリスの感想を受けて、団長さんが苦い顔をした。
「次は必ず奴らを捕まえるぞ。そうすれば正体も目的もはっきりする」
犯人が騎士である可能性が高いからか、団長さんの声は厳しかった。騎士団員は全員団長さんの部下みたいなものだから、やり切れない気持ちがあるのかもしれない。
他の四人も団長さんの言葉に頷いているが、敵の人数が増えたのなら捕まえるのは難しいのではないだろうか。
ハイリリスが敵でなくなったとはいえ、皆が怪我をする可能性も依然として高い。また誰かが瀕死の重傷を負うかもしれない。
傷ついて倒れている隻眼の騎士の姿を思い出すと、しっぽが股の間に丸まっていく。あんな思いはもうしたくない。
皆が強いのは分かってるし、隻眼の騎士も人間相手なら絶対に負けないとも思ってるけど、どうしても心配になってしまうのだ。
「せ、せまいよ……! だれか、いどうして!」
「おれはミルフィーといっしょがいい。ハイリリスは飛んでいけばいいだろ!」
「私だって疲れたのよ! 偵察頑張ったんだからね!」
「…………」
朝の準備を整えて森を出た私たち。街道に戻ったところで馬に乗ろうとしたけど、何故か皆リーダーの背の上に密集してしまった。
私は隻眼の騎士が心配だから一緒にリーダーに乗ったのだが、そうするとクガルグが私を追ってきて、賑やかなのが好きなハイリリスも乗って、さらに何故か父上のヘビまでついてきた。
「おちる! もう少しそっちによって」
「ミルフィーだいじょうぶか!?」
「ちょっとクガルグ! その長いしっぽをどうにかしてよ! さっきから私の顔に当たってるんだから!」
「…………」
狭いところで三匹がぐるぐるバタバタと騒ぎ、残りの一匹はこの状況ですでに落ち着いて微動だにしない。
「だ、誰か一人、引き受けましょうか? ヘビさん以外なら」
「じゃあ俺も誰か」
ティーナさんとキックスが隻眼の騎士に声を掛けてきたが、
「俺も引き受けよう」
そこに割り込み、ぐいっと手を伸ばしてきたのは支団長さんだった。
一番端で落ちそうになっていた私の首根っこをウサギリュックごと掴み、自分の足の間に乗せて満足そうな顔をする。
「おれもそっちに行く!」
「あ、だったら私も!」
「それじゃあまた同じ事になるだけだろう」
隻眼の騎士はアイラックスの方へ飛び移ろうとしたクガルグを捕獲し、キックスに押しつけた。
「ハイリリスも分かれて乗ってくれ」
「えー、どうしよっかな」
宙を飛び、迷うように旋回した後、ハイリリスは団長さんの肩の上に止まった。がっしりしているから安定感があるのだろうか。
クガルグはキックスと同乗するのを嫌がり、その隣にいたティーナさんで最終的に手を打った。
ヘビは隻眼の騎士と一緒にリーダーの上に残ったままだ。
「俺だけ一人なんすけど」
「先頭を走れば雪の妖精に乗ってもらえるぞ」
支団長さんに言われて、キックスが前を行く事になった。
母上の妖精は“一番前”が好きなので、キックスの馬の鼻に鎮座する。
「触れねぇし!」
「キックス、出発だ。早く行け」
手を伸ばして妖精を触ろうとしているキックスに、支団長さんが無慈悲に言う。
人間が五、精霊が三、妖精が二、という不思議な集団となった私たちは、再び王都に向かって走り出したのだった。




