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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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和解と協力(1)

「でも可愛い子たちもいるわね、おいで」


 私とクガルグににっこりと笑いかけてから、美女は近くにいたクガルグを抱き上げた。

 恥ずかしがって身をよじるクガルグに、ヒルグパパが言う。


「クガルグ、何を嫌がる。ミルフィリアらしい考え方をするならば、そのダフィネはお前の母という事になるのだぞ」


 その言葉にクガルグは耳をぴくりと動かして、改めてまじまじと美女――ダフィネさんを見た。

 私もちょっと感動してダフィネさんを眺める。

 精霊は夫婦という関係にはならないし、生まれた子が自分とは違う性質を持っていた場合あっさりと執着を捨ててしまうのだ。

 だからクガルグのお母さんと会えるなんて思わなかった。


「母……というのは違う気がするけど。この子は炎の性質を持ったあなたの子だから。産んだのは確かに私だけどね」

「ははは! そこにいるスノウレアの子は変わり者でな! そういう考え方なのだ! クガルグも喜ぶだろうから、母としていつでも訪ねてきてくれ!」


 ダフィネさんは最初こそ戸惑った様子を見せたけど、クガルグを撫でる仕草は優しい。

 きっと私の父上が私を可愛がるように、何度か会ううちにクガルグに愛情を持つんじゃないかな。


「ちょっと待って!」


 ほがらかな空気に割り込んできたのはハイリリスだ。よろつきながら立ち上がって、ダフィネさんと向かい合う。


「ダフィネってば、どうしてヒルグと番ったのよ!? 私がヒルグの事好きなの、知ってたくせに!」


 ハイリリスはまた瞳をうるませて拗ねたように拳を握った。

 ダフィネさんは大人っぽくため息をつく。


「知っていたけれど、ヒルグも年齢的に早く子どもを欲しがっていたから協力したのよ。スノウレアには断られたらしいし、かと言ってハイリリスには手が出せない。ヒルグはまだあなたを子どもだと思っているから」

「確かに最初にヒルグと出会った時は子どもだったけど、私、六年前に百歳になったのよ! 大人になったんだから!」


 ハイリリスは高い声で訴えた。

 精霊は百を超えてやっと成人として認められるという事は、私も前に母上から聞いて知っていた。

 巣立ちはだいたい五◯歳前後らしいけど、私はすでに母上から「五◯では早過ぎる。最低でも百まではわらわと一緒にいるのじゃぞ」と念を押されているので、きっちり成人するまでは実家を出る事は許されないだろう。


「やっぱり胸なんだ! ヒルグは胸の大きい精霊が好きなんだー!」


 ハイリリスは母上とダフィネさん、そして自分の胸を素早く見比べて「うわーん!」と泣き声を上げた。

 うーん、確かにダフィネさんの胸も大きい。母上の上をいっているかもしれない。

 切ない。


「ハイリリス、いい加減におし」


 と、それまで優しげだったダフィネさんの声が少し威圧的になる。


「そういうところが子どもだというのよ。泣いて何が解決するというの? ヒルグを振り向かせたいのならもっと精神的に大人になる事よ」


 ぐっと涙を堪えたハイリリスに、ダフィネさんは再度優しく言う。


「ヒルグにはもう子どもがいるけれど、あなたにはまだいないんだから。将来あなたが子を持ちたいと思った時にはヒルグが協力をしてくれるでしょう。あなたがちゃんと自分を磨いて、魅力的な大人の女性になればね」


 ハイリリスはそう言われて、ポッと頬を赤らめた。ヒルグパパとの間に可愛い子どもができる未来でも想像したのかな。

 ヒルグパパもハイリリスの肩に手を置いて語りかける。


「なぁハイリリス、俺は別にスノウレアのような長い髪や白い肌が好きだというわけじゃない。ハイリリスのような短いくせ毛も、健康的な肌の色も嫌いじゃないぞ。だからスノウレアに嫉妬する必要はないのだ。それにダフィネの言う通りもう少し精神的に成長してくれれば、大人として扱うと約束する」

「ヒルグ……」


 ハイリリスはうるうると感動しているけど、ヒルグパパは何気に胸の大きさについての言及を避けたような……。

 やはり大きい方が好きなのではと私は疑いの眼差しを向けた。


 けれどこれで、とりあえずは一件落着となったのだろうか。

 ハイリリスは母上にも私とクガルグにも素直に謝罪してくれた。


「スノウレア、勘違いで襲ってごめんなさい。それにあなたたちも……私の感情につられた妖精が怖い思いをさせたでしょ? ごめんなさい。何となく妖精を通して様子が見えていたの。怪我はしなかった?」


 より多くの力を分け与えたからか、母上の妖精とは違い、ハイリリスは妖精と視覚や聴覚が通じていたようだ。


「私たちはだいじょうぶ。でも、せきがんのきしが……」


 私を庇ったせいで人間の騎士が一人、大怪我を負ったと話す。その時の恐怖を思い出してまた泣きそうになった。

 隻眼の騎士、大丈夫かな。

 ぐすぐすと鼻水をすすっている私を見て、ダフィネさんがハイリリスに言う。


「ハイリリス、今回は色々と周囲に迷惑を掛け過ぎよ。ハイデリンに再教育を頼んでおくからね」

「え!? ハイデリンに!? そんなっ!」


 ハイリリスは青い顔をして悲鳴を上げた。ハイデリンは彼女の母の母、つまり祖母だ。

 ハイリリスの母はある意味とても風の精霊らしい人で、自由奔放だったらしい。それでハイリリスを放置して子育てをしっかりしなかったため、見かねた祖母のハイデリンが代わりにハイリリスを育てたようだ。


「いやぁー!」


 しかしハイリリスの反応を見るに、かなり教育に厳しい精霊みたい。母上が私に特訓を課すように、愛情が深いが故なんだろうけど。

 ハイリリスがダフィネさんに縋りつく様子を呆れたように眺めた後、母上は私を見つめて言った。


「ミルフィリア、本当にどこにも怪我はないのじゃな?」

「うん、げんきだよ。ねぇ、母上。母上が私をおつかいに行かせたのは、ハイリリスがここに来るって分かってたから?」

「その通りじゃ、そなたとハイリリスを会わせたくなかった」


 果たし状を見た時から、母上は私をどうやって守るか考えていたらしい。それで王都におつかいに行かせる事にした。

 スノウレア山は戦いの場になって危険だから、なるべく遠くにやりたかったのだ。

 北の砦で私を匿ってもらうという事も考えたようだけど、スノウレア山に近く危ないかもしれないと却下したみたい。


「じゃあ、父上のところは?」


 私が尋ねると、母上は軽く片眉を持ち上げて横目で父上を見た。


「それは考えもせなんだな。この男が本気を出せば馬鹿みたいに強いのは知っておるが、その本気を出しているところを見た事がないし、いつも寝てばかりおるからの。わらわの可愛いミルフィリアを任せるのは不安じゃし、最初から選択肢に入れてはおらぬ」


 この言われようにも父上は特にショックを受ける様子もなく、いつも通りの無表情だ。


「しかしまぁ、今回は少々驚いたがの。ウォートラストがこうやって自分から動くとは。少しは頼れるようじゃ」


 ちょっと動いただけでこれだけ見直される父上って……。

 でも確かにとても頼りになった。


「でも、それじゃあおつかいは? もう、おうとには向かわなくていいの?」


 私が母上を見上げて言うと、


「どうせなら最後まで頑張ってみよ。わらわの手紙を届けておくれ」


 母上は優しくほほ笑んで頭を撫でてくれた。

 そうだ、手紙もあったんだ。


「うん! がんばる! じゃあ私、せきがんのきしたちのところに戻るね」


 そしておつかいを続行するのだ。


「行こう、クガルグ」


 ボスッと雪の上に降り立つと、クガルグもダフィネさんの元からこちらに駆け寄ってくる。

 しかしそこで意外な人物も手を上げた。


「あ! 待って! 私も行く!」


 ハイリリスだ。


「どうしてお前も行くんだ」


 ヒルグパパが言う。


「だって私知ってるのよ! その子たちを狙っている人間がいるんだって!」


 あれ? そういえばハイリリスは、あの黒尽くめの刺客たちとは関係がなかったのだろうか。


「この子たちだけじゃ危険よ。罪滅ぼしに私、その子たちを守るわ! ね、いいでしょ?」

「そんな事を言って、ハイデリンから逃げたいだけでしょ」


 ダフィネさんに図星をつかれてハイリリスは「うっ」と口をつぐんだ。


「まぁよい。ハイリリスも心を入れ替えて、子ども三人で協力するのじゃぞ」

「誰が子どもよ!」


 ハイリリスは母上に言ってから、くるりと軽やかに反転して私とクガルグに向き直った。

 まだ疲れているだろうけど、表情は明るい。若々しく元気な彼女本来の魅力が段々と出てきた。

 細い手足はよく動き、仕草も可愛い。

 ハイリリスは自分の唇に人差し指を当てて言う。


「えーっと、ミルフィリアとクガルグね! その“せきがんのきし”にも謝りたいから、私も一緒に行っていい?」

「うん、もちろん。私たちもハイリリスに聞きたいことがあるの」


 聞きたいのはサーレル隊長さんの事だが、支団長さんたち皆がいるところで話をした方がいいだろう。

 とりあえず三人で移動をしなければ。

 クガルグやハイリリスでは隻眼の騎士のところに飛べないから、術を使うのは私だ。


「王都へ行ってから、無事に帰ってくるのを待っておるぞ」

「気をつけてね」

「クガルグ! 気合だぞ!」

「……」


 母上、ダフィネさん、ヒルグパパ、そして父上が順番に言った。

 いや父上は何も言ってないか。


 母上とダフィネさんは心配しつつも母親らしい愛情深いほほ笑みで見送ってくれて、ヒルグパパは腕を組んでニカッと笑っている。

 そして父上の落ち着いた瞳は……何を考えているか読めないけど、頑張れって言ってるんだろう、たぶん。


「いってくる!」 


 三人で吹雪に包まれながら、手を振る代わりにしっぽを振った。

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