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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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緊急事態

 こちらに向かってきた小型の竜巻は、地面の落ち葉や小枝を巻き上げながら私たちを襲う。


「うッ……!」 


 幸い人が飛ばされるほどの威力はなかったものの、私やクガルグは団長さんに抱かれていなければ危なかったかもしれない。

 私の長い毛をあっちこっちに引っ張ってボサボサにしてから竜巻は消えた。

 隻眼の騎士たちも髪や服を乱されただけで済んだようだ。


 妖精だからこの程度だったものの、精霊本人に襲われていたらどれだけの威力だったのかと思うと恐ろしい。


 キャー、キャー! と金切り声を上げて、鳥はまた小さな竜巻を私たちに喰らわせた。

 しかし先程と同じように皆で固まってやり過ごすと、この攻撃では駄目だと思ったのか、今度は鳥自らこちらに突っ込んでくる。


 狙いはやはり、私とクガルグだ。


「やめて!」


 鉤爪で私たちを傷つけようと飛んできたので、思わずそう叫びながら団長さんの太い腕に潜る。

 が、その鋭い爪が届く前に、隻眼の騎士たちが剣で追い払ってくれた。


 とはいえ、皆の攻撃にも迷いがある。

 この世界の人たちは精霊に対して畏敬の念を抱いているので、その“使い”のような存在である妖精を傷つける事を躊躇しているのかもしれない。

 精霊である私やクガルグが鳥を攻撃するのとはわけが違うのだ。


 あとは、皆もきっと鳥の様子が普通でない事に気づいている。

 今だって鳥は、剣で払われても何度も何度も狂ったように私とクガルグの元に飛び込んできているのだ。

 暗くて激しい感情が渦巻く目にも理性があるとは思えない。


「何故ミルたちを攻撃する!」


 隻眼の騎士が叫ぶが、鳥は錯乱したように鳴き続けるだけで通じない。

 こちらの言葉は、この鳥にも、風の精霊にも届いていないのだろう。

 羽が抜け落ちても、疲れた様子を見せていても、鳥は一向に休む気配がない。壊れたおもちゃのように、ずっと私とクガルグだけを見て突っ込んでくるのだ。


 何だか少し、憐れに思えてきた。

 風の精霊は今どこで何を思っているんだろう。どうして本人が来ないんだろう。


 私やクガルグの事を何か誤解して憎んでいるならその誤解を解きたいけど、私は風の精霊とは面識がないので、向こうから来てくれない限り、こちらから移動術で本人の様子を見に行く事はできない。


 私は顔を上げて鳥を見据えた。

 この鳥相手では話にならないし、攻撃を繰り返すさまが苦しそうにも見えてきて、何とか解放してあげたい気持ちになる。


「もう、たおすしかないよ」


 風の精霊の感情に支配されている妖精を解放するには、消滅させるしかない。

 私の言葉を聞いた隻眼の騎士たちも、頷いて決意したようだった。剣を握り直して本気で相手と向き合う。

 すると鳥も殺気に気づいたのか、一旦距離を取ってから風を起こし、昼間のような突風での攻撃に切り替えた。


 こんなふうに遠距離から攻められると、皆の剣は鳥には届かない。焚き火に使った薪が飛んでくるのを避けながら、全員が鳥を落とすための作戦を考える。

 もちろん私も考えた。

 そしてこんな案が浮かんだ。クガルグが炎を吐いたように、口から吹雪をぶわーっと出して鳥を凍らせ、倒すのだ。

 練習では吹雪どころか雪玉すら出なかったけど大丈夫。私は本番に強いタイプだ。そう信じてる。


 団長さんに抱えられながら、体の中に満ちている“精霊の力”みたいなものを意識して、高めるイメージを持つ。

 妖精を作った時を思い出し、それを凝縮させて喉の辺りに集める。


 いいぞいいぞ、何だか喉がキンと冷たくなった。


 これはいけると自信を持って、ふぅー! と勢いよく息を吐く。


「あっ」


 だけど口からポンと音を立てて出てきたのは、ビー玉大の白い光の玉だった。

 私の妖精だ。


「ちがう、まちがえた」


 余計な力を消耗している暇はないのだ。


「もどって」


 ごうごうと唸る風の中、隻眼の騎士たちは今も何とか鳥を倒そうとしているんだから、お前は早く私の口の中に戻りなさい。


 私は妖精を食べようとしたが、相変わらずすばしっこさだけは一流なので逃げられてしまった。

 挙句、鳥の起こす突風に流され、木の幹にぶつかってシュン! と消える。

 あっという間の命だった。


「……何だ、今のは」


 全てを見ていた団長さんに訊かれたが、私は答えなかった。

 見なかった事にしてほしい。


 気を取り直してまた力を溜める。

 今度はちゃんと頭の中で吹雪をイメージした。するとまた喉が冷えてくる――と同時に鼻がムズムズしてきた。風で埃や塵が巻き上げられたのかもしれない。


 くしゃみを我慢して、強く息を吐き出す。

 しかし今度は吹雪も、妖精すらも出てこなかった。

 喉の辺りにはまだ力の塊のようなものがあるのを感じるが、それを上手く放出できない。何度か息を吹いたけど駄目だった。

 そのうち鼻のむず痒さに負けて、「くしゅっ!」とくしゃみをする。


「え!?」


 と、くしゃみをした途端に口から出たのは、何と小さな吹雪だった。

 だが、それは小さすぎて遠くにいる鳥まで届く事はない。

 それどころか鳥の起こす風に負けて、口から出た瞬間にこちらへ舞い戻ってくる始末だ。


「わふっ……!」


 私の顔にたくさんの雪片が張りつき、視界が塞がれる。

 冷たい!


 あわあわと前足で必死に顔面の雪を取る。

 見かねた団長さんが「さっきから一人で何をしているんだ」と顔を拭ってくれた。ごめんなさい。


 冷えた自分の鼻を舐めながら、隻眼の騎士たちの状況を確認する。

 私が一人相撲を始める前から好転も暗転もしておらず、鳥は高い木の枝に止まったまま風を起こしており、皆はそれをどうする事もできずにいる。


「おれがいく!」


 と、クガルグが団長さんの腕から飛び出て、地面に降り立った。

 確かにクガルグならあの木にも登れるかもしれない。豹は木登りが得意なのだ。

 だけどクガルグが真っ直ぐ鳥の方へ向かっても、攻撃されて近づけないだろう。あの鳥はクガルグと私ばかりを狙っているのだ。こっそり近づくのは難しい。


 なら、昼間のように私が囮役になればいいのではないかと思いつく。

 私が右から回って鳥の注目を集めている間に、クガルグが左から密かに回り込むのだ。


「あ、こら! 待て!」


 団長さんの制止も聞かずに地面に降りると、クガルグと目を合わせて合図をしてから、まず私が走り出した。


 すると、鳥はやっぱり私に目をつけて攻撃を仕掛けてきた。

 きっと突風だろうけど、ごろごろ転がるくらいでそれほど実害はない攻撃だ。


 ――と思ったのに、鳥が飛ばしてきたのは風の刃だった。


「きゃん!」


 ブーメランのような形をした黄緑色で半透明の風の塊を見た瞬間、私は情けなく鳴いて地面に這いつくばった。

 幸いにも、鋭い風は私の耳の上を通り過ぎていく。

 風が後ろで木にぶつかり、剣で切られたような跡が幹につくのを見て、顔が青くなった。


 あ、危なかった……!


 急にそんな危険な攻撃を仕掛けてくるなんて反則だ。油断してた。分かっていたら団長さんの腕の中から出なかったのに!


 しかも鳥は今がチャンスとばかりに続けて風の刃を放ってきた。翼をもう一度羽ばたかせて、斬撃を繰り出す。

 

「……!」


 私は震え出した足を必死で動かし、なんとか攻撃を避けたけど、鳥はそれを見越して次の斬撃を放っていた。

 逃げた先で、再び風の刃に襲われたのだ。


 駄目だ! これを避ける事はできない!


「ミルフィー!」


 反対側でクガルグが叫んだけど、私はどうする事もできずに、攻撃を受ける覚悟をして固く目をつぶる。


「ミルッ!」


 しかしその時、焦ったような声と足音が聞こえたかと思ったら、何かが勢いよく私の上に覆い被さってきた。

 その衝撃で体が潰されそうになったけど、すぐに匂いで隻眼の騎士だと気づく。

 同時に風が空気を切り裂く音がして――


「っ……!」


 隻眼の騎士が歯を食いしばり、息を止めた。

 私を抱く腕に力が入って固くなる。


「せきがんのきしっ!?」


 地面と隻眼の騎士の間に挟まれながら、顔を後ろに向けて声を上げた。

 暗くてよく見えないけど、隻眼の騎士は辛そうな顔をしている。


「そんな……!」


 私は息をのんで、隻眼の騎士の下から這い出た。

 目に映った光景に気を失いそうになる。


「血が……」


 隻眼の騎士は私を守ろうと覆い被さったせいで、その背中に風の刃を受けていたのだ。


「せきがんのきし!」


 私は取り乱しながら意味もなく足踏みをした後、地面にうつ伏せに倒れた隻眼の騎士が気を失わないよう、一生懸命顔を舐めた。


「グレイル!」

「副長っ!」


 その場にいた全員が隻眼の騎士の元に駆け寄ってくる。鳥がまた攻撃を仕掛けてきたので、支団長さんとキックスが風の斬撃を剣で相殺し、団長さんとティーナさんが隻眼の騎士の容体を確認した。


「大丈夫だ……」


 私があまりにうろたえているからか、隻眼の騎士は「大した怪我じゃない」と苦しげに言って起き上がろうとする。


「動くな」

「うごかないで!」


 団長さんが落ち着いて言い、私は慌てて叫んだ。

 こんなに大きな傷なのに大丈夫なわけがない。いくら隻眼の騎士が鉄人でも、人間なのだ。


 団長さんは手早く自分のマントを脱いで固めて隻眼の騎士の背中に押し当てたが、腕や足を止血するより難しいようだった。

 

「うっ……」


 痛みに顔を歪める隻眼の騎士を見ていると、私の方が苦しくなる。


「どうしようっ、せきがんのきし、私のせいで……っ」


 視界が歪んで、冷たい涙がぽろりと零れた。

 それが隻眼の騎士の頬に当たると、一瞬凍りついた後、体温で溶けて流れていく。


 どうしたら助けられる!? 

 怪我をした隻眼の騎士に、私は何をできるだろう。


 その時ハッと思いついたのは、傷口を凍らせて血を止めるという方法だった。

 だけど私の吹雪は未熟なので、成功するかどうか分からない。今は間違えて妖精を出している場合じゃないのだ。


(……母上! そうだ、母上に助けてもらおう!)


 思うが早いか、私は移動術を使って母上の元へ飛ぼうとした。いつものように体が吹雪に変わって消えていく。

 はずだったが――


「あ、れ?」


 一旦消えかけた体がまた元に戻ってしまった。もう一度試してみるが結果は同じ。

 私と母上との間に目に見えない壁があって、それに弾かれて戻ってきてしまうような感覚だった。

 こんな事は初めてだ。


「母上……?」


 なんとなく、その壁は母上が作ったもののように思えた。

 私が来るのを拒んでいるような感じがする。


(どうして?)


 胸を掻きむしりたくなるような焦燥感。

 こんな緊急時に母上に助けを求められないなんて!


「おれ、父上をつれてくる!」


 炎になってヒルグパパの元へ向かうクガルグを見て、私も頭を切り替えた。


「せきがんのきし、すぐ戻ってくるからね!」


 父上は傷口を凍らせる事はできないけれど、隻眼の騎士を助けるために力になってくれるはず。

 移動術を使うと、今度は何にも邪魔されずに飛ぶ事ができた。


 急いで父上を連れてこなくっちゃ。

 


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