表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/214

夜の森の中で

『また何か仕掛けてくるかもしれない』


 と言った隻眼の騎士の言葉を、その日は私も他の皆も常に頭に置きながら行動した。

 だらだらと旅を続けていても危険なだけなので、必要な買い出し以外寄り道する事もなく、馬に乗って黙々と進む。


 とはいえ、皆は私やクガルグが必要以上に不安にならないように気を遣ってくれていた。

 例えばキックスなんかはいつも通りに冗談を言ったりしているし、ティーナさんは自分の荷物の中からあの毒キノコぬいぐるみの顔をこっそり覗かせてきたりする。

 ぬいぐるみで私やクガルグが癒されるはずと思っているみたい。

 だけど私が一回目で「ひぃ!」と悲鳴を上げたので、二回目以降のぬいぐるみの出番はなかった。


 クガルグは一人で騎士たちと同乗するのを嫌がるので、ずっと私とセットで隻眼の騎士の前に座っていたのだが、途中で隻眼の騎士は隣からの羨望の視線に耐え切れなくなったらしく、短い休憩の後からは支団長さんと一緒にアイラックスに乗る事になった。

 支団長さんは何でもない顔をして手綱を操っていたけれど、反対の手では私とクガルグを交互に延々と撫で続けていたのだった。


 そして移動の最中には、団長さんから若い頃の隻眼の騎士の話も聞いた。


「じゃあ、せきがんのきしとだんちょうさんは、昔からの知りあいなんだ」

「そうだぞ。グレイルは今でこそ落ち着いたが、十代の頃はとんでもない荒くれ者でな。真っ当な騎士に育てるまでかなり手を焼かされたものだ」

「ガウス団長……」


 ガハハと大きく口を開けて笑う団長さんに、隻眼の騎士は決まり悪そうな顔をした。

 厳格で真面目なイメージの隻眼の騎士が荒くれ者だったなんて、ちょっと想像がつかない。


 キックスやティーナさんがいる手前、隻眼の騎士の未熟な過去を暴露するのははばかられたのか団長さんはそれ以上何も言わなかったけど、隻眼の騎士も最初から完璧だったわけではないと分かって何故だか安心した。

 最初から心も体も鍛えぬかれた鉄人だったわけじゃないんだ。


 隻眼の騎士が団長さんを見る時の目には、まるで父親を見ているかのような尊敬と親しみが込められている。

 きっと団長さんという存在がいたから、隻眼の騎士は変われたのだろう。


 団長さんは隻眼の騎士に影響を与え、隻眼の騎士は支団長さんの目標になり、支団長さんはティーナさんのお手本になっている。


 そう考えると、騎士団の中で誰と出会うか、誰の下につくかっていうのは、とても重要な事なんだなって思う。

 キックスなんかは、最初はサーレル隊長さんの下について上手くいかなかったものの、北の砦では隻眼の騎士や支団長さんの元でいきいきとしているもんね。


 と、そこまで考えて、私たちを襲ってきたサーレル隊長さんの部下の人たちは、どんな気持ちで命令に従っているんだろうと思った。

 隻眼の騎士たちのような和やかな関係とは正反対の上下関係が築かれているのなら、やりたくなくても断れなかったのかもしれない、と。

 




 完全に日が暮れる前に、隻眼の騎士たちは今夜野営する場所を森の中の開けた場所に決めた。

 近くには町もあったので小さな宿に泊まる事もできたけど、敵の襲撃に他人を巻き込んでしまう事を危惧して、あえて森の中で休む事にしたらしい。

 敵が人間だけなら宿に泊まった方が安全かもしれないけど、万が一風の精霊本人が襲ってきたりなんかしたら、宿ごと吹き飛ばされてしまうかもしれないからだ。


「これくらいでいいか」


 拾い集めた枯れ葉や枝を山にして、隻眼の騎士はそこに火をつけようとしていた。

 するとクガルグがやってきて、珍しく手伝いを申し出る。


「おれがやる」


 昼間助けてもらったからなのか、クガルグの隻眼の騎士に対する態度は今までより柔軟になっていた。

「大好き」だと私に公言されているせいで、隻眼の騎士は自分の執務室の壁や机でクガルグに爪を研がれたり、外では掘り返した土が思いきりかかる位置で穴掘りをされたりと、何気に八つ当たりを受けていたらしいのだが――私が見てる時はやらないクガルグ――きっともう、そんな事もしなくなるだろう。


 クガルグの基準では強い人は尊敬対象になるらしく、“人間”だと見下してツンツンした感じが薄らいだし、憧れの感情がほんの少し瞳に宿っているような気もする。

 クガルグもやっと隻眼の騎士の鉄人っぷりに気づいたらしい。


 火が苦手な私はしゃがんでいる隻眼の騎士の後ろに隠れ、反対にクガルグは薪の前に立って全身の毛を逆立てた。

 大きく息を吸って胸を膨らませると、一気に空気を吐き出す。


 と同時に、真っ赤な炎がクガルグの喉から火炎放射器のように吹き出した。


 炎が出たのは一瞬だけだったけど、見事薪に燃え移ってパチパチと音を立てている。


 何それ!? クガルグってば、いつの間にそんな事できるようになってたの?


 大きく燃え始めた焚き火を前に自慢気な顔で振り返ったクガルグに、私は目を丸くした。

 隻眼の騎士たちも驚いて言う。


「炎を出せるようになったのか」


 クガルグはたぶん密かに練習をしていたんだろうけど、それは言わずにただ得意げな表情でしっぽをぴんと持ち上げた。

 私が最初に人型をとれるようになった時、クガルグはきっとこんな気持だったんだろう。

 置いていかれた! って感じだ。


 私も自分の能力を開花させたい。クガルグみたいに口から格好良く何かを出したい。私だったら雪かな。

 でも口から雪を出すとなると、塊で出てきて「うえっ」てなっている図しか思い浮かばない。


「みてたか、ミルフィー!」

「みてた……」


 クガルグは上機嫌だったけど、私のテンションは低い。

 早急にクガルグに追いつかなければ。

 皆が食事の準備をしている間、木の陰で一人息を吹き続ける私なのだった。

 




 全員で夕食を取ってから、デザートにレガンをお腹いっぱい食べて、私は地面に転がった。

 結局、短い時間の特訓だけでは口からは何も出てこなかった。

 一生懸命に息を吐き過ぎてむせた時に、雪片がひとひら飛び出したような気もするけど、見間違いかもしれない。


 地面に置いていたウサギリュックに顎を乗せ、いつでも眠れる姿勢に入る。

 クガルグは隣で入念な毛づくろい中で、妖精は馬たちと一緒に休んでいるみたい。昨晩の私たちの寝相の悪さに辟易したのだろう。

 今夜は隻眼の騎士たちもいるから寂しくなくていいなと思いつつ、皆が見張りの順番を決めているのを聞きながら、うとうとし始めた時だった。


 森の木々がさわさわと音を鳴らし始めると同時に、緩い風が吹いてきた。

 焚き火の炎がそれに煽られて大きく揺れる。


「風が出てきたな……」


 支団長さんが暗い森の中を警戒しながら見渡すと、他の皆も同じように立ち上がって闇の中を注視した。


「人の気配はしない」

「でも、せいれいの気配はするよ」


 私も起き上がって隻眼の騎士の言葉に被せるように言うと、キックスやティーナさんが顔をこわばらせた。

 たぶん私の表情も固くなっていただろう。


 風がだんだんと強くなると共に、緊張で私の鼓動の音も大きくなっていく。

 クガルグも毛づくろいをやめて、風上に顔を向けて唸り出した。


「敵の狙いはお前たち二人だ。大人しくな」


 団長さんがそう言いながら私たちをまとめて抱き上げ、皆の後ろに下がった。

 風は木の枝を折らんばかりに激しくなり、焚き火の炎も勢いに負けて消えてしまう。


「昼間のサーレル隊長の部下らしき奴らはいないみたいっすね」

「俺たちが負わせた傷がまだ回復していないのかもしれない」


 風の音に声を半分かき消されながら、キックスと隻眼の騎士が短い会話を交わす。確かに黒尽くめの男たちはいないようだ。


「今回は精霊だけか」


 支団長さんが剣を抜いて構えると、皆もそれにならった。周りを木に囲まれた森の中で、私たちは敵の襲来を待つ。


「あそこ!」


 一番に黄緑色の鳥を発見して叫んだのは私だった。鳥は背の高い木の枝の上に止まっていたのだ。

 今回も精霊本人ではなく、昼間と同じ妖精だ。

 母上の妖精と同じように暗い中でもぼんやりと発光していて見つけやすかった。


 鳥は私と目が合うと憎々しげに鳴いてその場で羽ばたく。

 どうしてそんなに嫌われているのか、やっぱりよく分からない。


 鳥が羽ばたき続けると、やがて風の渦ができて、それが細い竜巻になった。


「気をつけろ!」 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ