襲撃者の正体は
(光の玉……妖精?)
私はリーダーの近くで不安そうにちょろちょろと飛んでいる母上の妖精を振り返った。
色は黄緑色だったけど、大きさと丸い形は母上の妖精と同じだ。
「ミル、クガルグ、大丈夫か!?」
心配した皆が駆け寄ってきてくれる。
気づけば、黒尽くめの男たちもこの場から消えていた。私たちがあの鳥に襲われている間に逃げたのだろう。
同じようなタイミングで私とクガルグを狙って襲ってきた両者は仲間だったのだろうか。
「さっきの鳥は精霊……だな? ミルたちの知り合いなのか?」
隻眼の騎士は、風で乱れた私の毛や、赤い石が背中の方へ回ってしまっているネックレスを直しつつ、怪我はないかとあちこち点検し始めた。
嫌がるクガルグの点検はティーナさんがしている。
「知りあいじゃないよ。それにたぶん、せいれいじゃなくてようせいだと思う。さいご、光にわかれたでしょ?」
「……つまり本体は別にいるという事か。鳥はミルたち二人だけを狙っていたようだったが、何か襲われる心当たりはあるか?」
「ううん、ない」
「クガルグは?」
「ないし、俺もあいつ知らない」
「ねぇ、せきがんのきし。あの鳥はさっきのにんげんたちに協力してたんじゃないの?」
顔を上げて隻眼の騎士を見つめる。
母上のように人間に協力的な精霊でも、国に力を貸す事はあれ個人に力を貸す事はない。
が、私のように変わり者の精霊なら気に入った人間に手を貸すのかもしれないと思った。
「そうだな……」
隻眼の騎士も頷いて何かを考えていたが、やがて立ち上がると団長さんや支団長さんの方を向いて言う。
「先ほどの男たちの事ですが……俺と戦っていたうちの一人に見覚えがあったのです。よく知っている相手ではない上に顔の半分以上を隠していたので絶対の自信はないですが、他人の空似とも思えない」
そう前置きした上で続ける。
「王都にいた頃に何度か騎士団内で見た顔でした」
「……つまり奴らはこの国の騎士だと?」
団長さんが眉をしかめると、隻眼の騎士も言いづらそうに唇を歪める。
「はい、名前は分かりませんが……彼の上官が誰なのかは分かります」
「誰だ、それは」
団長さんのその問いに隻眼の騎士が答える前に、支団長さんが言葉を挟む。
「待て、俺もキックスが相手をしていた男の目に見覚えがあった。名前は知らないが、あれは――」
支団長さんは一瞬言い淀んだ後、苦い顔をして続けた。
「――サーレル隊長の部下だ」
クガルグ以外の全員が、その名を聞いて息をのんだ。
隻眼の騎士が静かに同意する。
「俺も、サーレル隊長の後ろであの男を何度か見た事が」
あの男たちがサーレル隊長さんの部下で、この襲撃もサーレル隊長さんの指示だったならと考えてみると、十分あり得る気がした。
サーレル隊長さんは北の砦の支団長の座を狙っているのだ。
キックス情報によれば策士の嫌な人らしいし、『欲しいものは持っている奴を蹴落として奪う』と考えていてもおかしくない。
団長さんが自分の短い顎ひげを触りながら言う。
「サーレルがそこまで落ちているとは思いたくないが……」
「でもやりかねないっすよ、あの人なら」
そう反論したのはキックスで、私が思い浮かべた事と同じ事を言い出した。
「例えば、サーレル隊長がクロムウェル支団長を邪魔だと思っていて今回の件を仕組んだんだとしたら……」
「決めつけるのは良くないわ」
「例えばの話だって、ティーナ。けどさ、サーレル隊長が黒幕だったとしたら、さっきの男たちがミルやクガルグの正体を知ってたっぽい事にも、その上で二人を攫おうとしていた事にも説明がつくだろ。精霊の子である二人を攫われたなんて事になれば、俺たち全員――中でも特に支団長は騎士団内で責任を追求される。おまけに王族の失望も買って、スノウレアからの信頼も失う」
「結果、俺は北の砦から去らなければならなくなるというわけか」
自分の事なのに淡々と言う支団長さんの発言の後で、隻眼の騎士が口を開いた。
「ですが、支団長の知っている男も、俺の知っている男も、すでに騎士団を辞めてサーレル隊長の部下ではない可能性もあります。俺と支団長が王都にいたのは何年も前ですから」
「ああ、サーレル隊長の仕業だとするにはもう少し情報が必要だ。キックスは昔、サーレル隊長の下にいたんだろう? 奴らに見覚えはなかったのか?」
支団長さんはキックスを見て聞いたが、
「下にいたって言っても、俺はほんとに新人の下っ端だったんでサーレル隊長と顔を合わせる事は少なかったですし、隊長の周りには常に取り巻きがいたのは覚えてるんすけど、俺と戦ってた奴がその取り巻きだったかって言われると……うーん、どうだったかな、顔を隠してたんでよく分からないっす。他の四人の顔も、じっくり観察している余裕はなかったですし」
キックスは腕を組んで首を捻るだけだった。
「では、団長は? あの男たちに見覚えはなかったですか?」
支団長さんの質問に、団長さんもキックスと同じように腕を組んで「ううむ……」と唸った。
そして簡潔に言う。
「覚えてない」
「覚えてない?」
支団長さんの表情が氷のように冷たくなる。
「あなたは基本的にはずっと王都にいる上に、サーレル隊長とも会議毎に顔を合わせているでしょう? キックスが言うように、サーレル隊長は大抵いつも取り巻きというか親しい部下を引き連れていますから、あなたが目にする機会も多いはずですが」
支団長さんの追求に、団長さんは冷や汗をかいてたじたじになる。
「いやぁ、私は人の顔を覚えるのが苦手でな。特にサーレルと会うと、髭を整えろだとか上着を着ろだとか色々と難癖をつけられるもんだから、目を合わせないようにしているのだ。だからサーレルの周りにいる部下たちの顔なんて知らん」
「あなたって人は……」
支団長さんが学校の先生みたいにため息をつくと、団長さんが慌てて言う。
「待て! 俺も有益な情報を持っているぞ。サーレルの実家であるデーラモン公爵家の領地には、深い谷があってな」
突然何の話? と私は首を傾げた。
支団長さんも『くだらない話だったら許さない』というような容赦のない目をしていたが、続けられた言葉を聞いて顔色を変えた。
「そこに最近“風の精霊”が訪れたのだ」
「風の精霊?」
「あ! さっきの鳥もっ! 風のせいれいが作ったようせいだよねっ!」
支団長さんに続いて、私も下の方から首を伸ばして会話に加わった。
真面目な話になってから、何となく存在を忘れられているような気がしたからだ。
「どうも風の精霊は移り気らしく、住処を変えて世界中を転々としているようなのだが、一週間ほど前にデーラモンの谷に姿を現したのだ。しばらくはそこを住処とする事に決めたらしい。そこで、デーラモン公爵は自分の部下とサーレルを連れて一度挨拶に訪れているはずだ。ただ、国の役人も一緒について行っていたからな、その場ではサーレルが個人的に風の精霊と話をする機会はなかっただろうが、役人が帰った後で再び接触を図る事もできたかもしれない」
団長さんは支団長さんたちに向かって言った。
ちっともこちらに目を向けてくれないので、私もこの話し合いに参加しているのが見えていないのかなと思って、なるべく大きな声を出す。
「サーレルたいちょうさんは、風のせいれいに“とりいった”ってことなのかな! ね?」
「どういう手を使ったんだか分からないが、サーレル隊長が風の精霊の協力を得た可能性もあるのか」
支団長さんが難しい顔をして、私の言葉にやや被せ気味に、私の発言とやや似た内容の事を言う。
それ、私が言ったから!
「そうそう! どういう手をつかったんだか分からないけどさ――」
「俺たちを襲ってきた男たちと風の精霊、どちらとも関係があるのがサーレル隊長なんでしょ? もう決定的じゃないですか。サーレル隊長に狙われていると考えながら動いた方がいいっすよ」
私はぐるぐる唸って、私の発言を遮ったキックスのブーツに噛みついた。
このやろ、このやろっ!
「いてて、何だよ!?」
「確かに警戒は怠るべきではないな。ミルやクガルグを襲って支団長に責任を負わせるのが奴らの目的なら、今回は失敗したんだ。また何か仕掛けてくるかもしれない。……どうしたんだ、ミル」
隻眼の騎士が、キックスに当たり散らしている私を抱き上げながら言う。
「ね、サーレルたいちょうさんって、賢いんでしょう?」
気を取り直して隻眼の騎士に尋ねると、
「そうだな、本部の司令官たちにはそれぞれ参謀がつくが、サーレル隊長には必要ないと言われているくらいだ」
という答えが返ってきた。
(それだけ頭がいい人なら、精霊すら自分の駒として操る事もできてしまうんじゃ……)
精霊が人間の利己的な望みを叶えるために手を貸すなんて普通はあり得ないけど、風の精霊はサーレル隊長さんにそそのかされたんだとしたら?
私とクガルグの事を本気で嫌っている感じの、あの感情的な目を思い出しながら考えた。
サーレル隊長さんが黒幕だったとしたら、一体風の精霊に何と言ってそそのかしたんだろう。




