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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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突然の襲撃(2)

 あわや背中が禿げるかと思ったその時、背後から大きな影が落ちたかと思えば、


「ぐッ……!」


 敵は急に呻き声を上げて地面に倒れたのだった。


 やだぁ! 敵のつばが私のお腹に掛かったかも! ばっちい!


 お腹を気にしながら敵の顔を覗き込む。

 気を失っているようだ。

 振り返って見上げると、右手で拳を握ったまま、片眉を上げた団長さんが立っていた。


「――もし危なくなっても俺が出る。と言いたかったんだがな」


 どうやら団長さんが敵のみぞおちだかお腹だかに一撃を加えて、失神させてくれたらしい。

 腰にある剣を使わず殴る辺り、団長さんらしいのかもしれない。


「ミルちゃん、庇ってくれてありがとう。でも――」

「危ないだろう。お前が怪我をすると、ここにいる全員が悲しむぞ」


 ティーナさんの言葉を引き継いで団長さんが言った。


「ごめんなさい、しんぱいで……」


 私がそう返した瞬間、今度はクガルグが声を張り上げた。


「はなせッ!」


 クガルグを羽交い締めにして抱え去ろうとしていたのは、先程まで隻眼の騎士と戦っていた男の一人だった。

 団長さんが私やティーナさんに気を取られている隙を突いて、リーダーの上に一人残っていたクガルグを捕まえたのだ。


「精霊だと気づいていたか」


 団長さんが独り言のように呟きながら舌打ちし、クガルグを攫って走り出した敵を追う。

 敵は馬の方に向かっているので、そのまま逃げるつもりなのだろう。私もクガルグを助けに行きたかったけど、ティーナさんに止められてしまった。


 敵が防戦に徹していたのは、皆を出し抜く機会をうかがっていたからなのかもしれない。

 狙いは最初からクガルグだった?


 隻眼の騎士もクガルグが攫われようとしているのに気づいて、目の前の敵を、剣を持っている利き手とは逆の手でぶん殴った。

 敵は剣の動きばかり気にしていたので、不意打ちに対応できずまともに喰らったようだ。

 隻眼の騎士ってば、さすが団長さんの教え子。

 剣を使うだけが騎士じゃないらしい。


「退くぞ!」


 キックスと戦っていた敵が、キックスを相手にしながら失神している仲間を引きずって撤退しようとする。

 支団長さんと戦っていた敵も、隻眼の騎士に殴られてよろよろしている敵も、攻撃をやめて逃げる事にしたようだった。


「させるかッ!」


 しかしキックスたちもそう簡単に逃がすつもりはない。


「白い方も攫うんじゃないのか!?」

「一匹だけでいいだろう、これ以上は難しい!」

「急げ!」


 そんな事を言い合いながら逃げる敵たち。

 どうやら私も狙われていたみたいだ。


 隻眼の騎士は手前にいた敵には目もくれず、団長さんの事も追い越して、暴れるクガルグを抱えながら馬に乗ろうとしていた敵に飛びかかった。

 隻眼の騎士が敵もろとも馬から転がり落ちた瞬間に、クガルグはするりとそこから抜け出して無事地面に着地する。


「ぐはッ……!」


 あ、また隻眼の騎士が敵を殴った。

 剣を使うより手っ取り早いのかもしれない。


「クガルグ、怪我はないか?」


 敵を倒して立ち上がった隻眼の騎士にそう訊かれて、クガルグは複雑な表情で頷いた。攫われかけた事が恥ずかしいのかもしれないし、あるいは隻眼の騎士の強さを目の当たりにして見直したのかもしれない。


「くそ!」

「う……ッ」


 キックス、支団長さんも残っていた敵三人を片付けにかかる。再起不能にするのではなく、喋れる状態で捕らえて目的を聞き出すつもりらしい。

 隻眼の騎士と団長さんも加わってこちらが優勢だったので、私も先程までよりいくらか余裕を持って見守る事ができた。


 しかし勝利は確定したと思った時、敵側に予想もしなかった助けが入った。


「わっ!」


 突然吹いた一陣の風に飛ばされそうになり、私は地面に四足で踏ん張った。

 間髪入れずに二度目の突風が吹き、今度は耐え切れずごろごろごろごろと四度転がる。


「ミルちゃん!」


 近くにいたティーナさんが追いかけてきて、私を掴んでくれた。


「うわッ!」


 ホッとしたのもつかの間、今度は離れたところからクガルグの声が聞こえた。

 私を襲う風が止んだかと思ったら、次はクガルグが突風に襲われて転がっていて、隻眼の騎士に助けられている。


(なに……?)


 私は毛並みを乱したまま空を見上げた。

 他の皆には目もくれず私とクガルグだけを狙った風は、上空から吹き下ろしてきていたからだ。


「鳥?」


 ティーナさんも上を見て目をすがめた。

 そこには確かに鳩くらいの大きさの鳥が飛んでいて、今は不愉快そうにクガルグを睨みつけている。


 羽毛は薄い黄緑色で、足の付根は色が濃くなっている。目の周りはアイシャドーで囲んだように黄色くなっていて、頭にあるぴんと跳ねた羽冠と翼の先は水色だった。


 風を操って攻撃してきたのが彼、もしくは彼女だとすると、ただの鳥ではないのだろう。


(精霊……?)


 私は目を見開いて、カラフルな鳥を見上げた。


「わ、またっ!」


 鳥は再度クガルグから私に標的を変えて攻撃を仕掛けてくる。

 ティーナさんがしゃがんだまま私を抱き込んでくれたので今度は転がらずに済んだけれど、強い風に目を開けていられないし、巻き上げられた砂や小石がビシビシと当たって痛い。


 しかもさっきの攻撃のようにすぐに止むのではなく、鳥が翼を動かすたびに風は強くなっていく。

 私のモフ毛が風圧で全部後ろに引っ張られるのを、うぐぐと歯を食いしばって耐える。

 ティーナさんの長いポニーテイルもはためいていた。


「ミル!」


 支団長さんとキックスが走ってきて私たちの前で壁になってくれたが、実態のない風を止める事はできないし、手の届かない上空にいる鳥を捕まえる事もできない。


 視界の端で、クガルグと隻眼の騎士、団長さんもこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 けれど、鳥もそれに気づいてまた攻撃対象をクガルグに変える。


(何で私とクガルグばかり狙うの?)


 母上と父上、そしてヒルグパパには、もちろん攻撃なんてされた事がない。

 生まれて初めて保護者以外の精霊と相対して、しかも一方的に攻められてどうすればいいのか分からなかった。


「あなたはだれっ!?」

「ミルちゃん……!」


 クガルグと、彼を守る隻眼の騎士、団長さんが強風にさらされている中、私はティーナさんの腕から抜け出して叫んだ。

 しかし鳥は人の言葉を話す事はなかった。甲高い悲鳴のような鳴き声を上げて私を睨み、こちらに向かって鷲や鷹のように勢いよく降下してくる。


 私は目を閉じる事もできずに固まって、怒り狂った鳥が向かってくるのを見ていた。


 しかし、やむなく近距離で視線を合わせる事になった時、初めてその瞳が正気を失っている事に気づく。

 怒り? 悲しみ? 憎しみ? 

 どれもしっくりくるようでどれも違う気がするけど、そういうネガティブな感情がぐちゃぐちゃに混ざっている感じ。


「ミル!」


 後ろから走ってきた支団長さんが剣を振るが、鳥は風に乗ってそれを避けるとまた上空に戻る。

 今の状態で私からあの鳥に何か声を掛けても、たぶん無駄だろう。

 どうにか捕まえて落ち着かせないと。


 私がそう考えたと同時に、グルルと小さな獣の唸り声が聞こえた。

 素早くクガルグの方へ顔を向けると、姿勢を低くして、尻尾の先をうねうねと動かしている。

 二人で野生のウサギを狙った時のように狩りの体勢に入っていたのだ。


 それを見た私もハッとある事を思いついて、その場で「きゃんきゃん!」とうるさく吠えた。

 鳥の注目をこちらに向けてから、背を向けて走り出す。


「ミル!? どこ行くんだよ!」


 後ろにいた支団長さんやキックスの横を駆け抜けると、そんな私を逃すまいと鳥も後を追ってきた。


 それを確認すると、一番後ろにいたティーナさんの隣を通り過ぎてから、陸上のコースを曲がるように広い道の上で方向転換する。

 この場面で転んでいる場合じゃないので、しっかりと足に力を入れて爪を地面に立てた。

 車ならギャギャギャとタイヤが鳴りそうな勢いでティーナさんを中心に折り返し、スピードを落とさないようにしながら走り続ける。


 一旦は空中で上手く曲がり切れなかった鳥を引き離したものの、まっすぐに走り出したら瞬く間に追いつかれそうになった。

 低い位置を飛んでいるのだろう、私のすぐ後ろから羽音が聞こえ、全身から冷や汗が吹き出そうになる。


 しかし鋭い鉤爪に捕らえられそうになったその時――黒い塊が私の頭上を飛び越して、真正面から鳥に襲いかかった。

 私の進行方向にはクガルグが待機していたのだ。


 鳥は私に集中するあまり周りに注意を払っていなかったようで、クガルグに捕らえられた瞬間悲鳴を上げた。

 その細い声を聞いて、この精霊は女性かもしれないと思う。


 とにかく無事に捕まえられたので、正体や目的を探るのはこれからだ。空を飛んでいる鳥を倒すのは大変だが、地面の上ではこちらが有利……のはずだった。


 しかし鳥を咥えたまま地面に無事着地したクガルグが得意げな顔をしたところで、鳥はいくつもの光の玉になって逃げ去ってしまったのだ。


「あ、このやろっ!」


 クガルグが光の一つを捕まえようとジャンプしたが、前足の爪は空を切るだけ。

 六つほどに別れた光の玉は全て、草原の向こうへと飛んで行ってしまう。


(光の玉……妖精?)

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