突然の襲撃(1)
アイラックスの鼻の上にいる妖精が、風圧でお餅のように伸びるほど速く、私たちは走っていた。
けれど後ろから追ってくる黒尽くめの男たちに諦める気配はない。
その様子を見てとった支団長さんが皆に指示を出す。
「埒が明かない。戦闘準備をしろ! 団長はミルとクガルグを!」
戦うの? 大丈夫?
私は怖くなって隻眼の騎士を見上げたけど、隻眼の騎士は支団長さんの動きと背後の男たちの位置を確認するのに集中していて視線が合わない。
支団長さんが合図を出して馬を止めると、他の四人も一斉に減速して素早く地面に降り立った。
隻眼の騎士は私とクガルグを団長さんに渡すと、腰に携えていた剣をすらりと抜いて、キックスと共に一番前に並んだ。
その後ろに支団長さんとティーナさんも立って剣を手にする。
近づき過ぎても危ないが、離れ過ぎてもいざという時に守ってもらえず危険になるので、私たちと団長さんはそこから三メートルほど離れた後ろで馬たちと一緒に成り行きを見守った。
街道には他に通行人はおらず、左側には広い畑が広がっている。右側は荒れた草原だが、すぐ奥には森があって小さな山へと続いていた。
怪しい集団はあっという間にこちらに迫ってくると、先頭の二人が馬で駆けてきた勢いのまま隻眼の騎士とキックスに斬りかかった。
しかし隻眼の騎士たちは上手くそれをかわしてやり過ごす。
黒尽くめの男たちは、やはり全部で五人いた。
「何者だ?」
支団長さんがきつい口調で問い質すが、素直に答える者はいない。
全員無言で馬から降りると、真正面からこちらに向かってくる。
気のせいかもしれないけど、敵の五人の視線が私やクガルグに向けられているようで怖くなる。
団長さんは私たちを隻眼の騎士の馬であるリーダーに乗せた。そして自分はその前に立って、私たちを背に隠そうとしてくれたけれど、状況が気になるのでつい頭を出して覗いてしまう。
クガルグも少し緊張気味に反対側から顔を出していた。
街道の真ん中で両者は一瞬睨み合ったが、キックスが先手を取って斬り込むと、それをきっかけに四対五の戦闘が始まった。
団長さんは戦わずに私たちについてくれているので、こちら側の方が人数が少ない。
剣と剣がぶつかる鋭い音がそこかしこで響き、私は怯えて身をすくめた。隻眼の騎士たちが敵と戦っている姿を見るのは初めてだったのだ。
訓練ではない本気の戦闘の迫力と緊迫感に、肉球からの汗が止まらない。
隻眼の騎士は一人で二人を相手にしているが、鉄人らしい力強い剣さばきで優位に立っているように見える。
一撃が重いので、その攻撃を剣でしっかり受け止めてしまった敵は後ろへ一歩よろけることになるのだ。
一方、その隣りで戦っているキックスは曲芸師のように身軽で、剣の振りも速い。
無駄な動きも多いけれど、敵の攻撃を避けて猫のように後ろに飛んだり、跳躍しながら上から剣を振り下ろしたりと、時々予想もつかない動作をするので、敵もパターンが読めずに苦戦しているようだった。
支団長さんはとにかく敵の攻撃を避けるのが上手く、キックスのように相手を撹乱しつつ大きく動くのではなく、最低限の動作で確実にかわしている。
そうして敵が息切れしたところで、静かに剣を振るうのだ。
ティーナさんはどうも支団長さんの戦い方を模範としているらしく、そこまで洗練されてはいないものの、基本は避けて相手の自滅を誘うような動きがよく似ている。
力押しの隻眼の騎士や身体能力の高さにものを言わせたキックスの戦い方は、女性であるティーナさんにはあまり参考にならないのだろう。
隻眼の騎士はもちろん支団長さんもキックスもかなり強いし、ティーナさんだって決して弱くはない。きっと敵がその辺のごろつきだったなら、二、三度剣を振るっただけで勝利を収めていたに違いなかった。
だけど今回襲ってきた黒尽くめの男たちは小物ではないみたいだ。
五人とも体格は普通か細身だし、隻眼の騎士や団長さんみたいに隆々とした筋肉をまとっているわけでもない。
だけど戦闘訓練を積んだ手練なのは間違いなく、簡単には倒せそうになかった。
「何を考えている」
氷の仮面をつけた支団長さんが、冷たい声で敵を問い質す。
「俺たちを倒したいんじゃないのか?」
一瞬どういう意味だか分からなかったけど、支団長さんと敵の今の状況を見て何となく言いたい事が分かった。
最初こそ積極的に戦いを仕掛けてきていた敵だったが、今は支団長さんと適度な距離を取って向き合うだけで、攻撃してくる気配はない。
支団長さんが剣を振るっても、それを受け止めてまたじりじりと距離を取るのだ。
そしてよく観察してみれば、他の四人の敵も攻撃の手を緩めていた。
基本は守勢に回り、こちら側の出方をうかがっている感じ。
「来るなら来いよ!」
水平に勢いよく払ったキックスの剣も避けられて、また距離を置かれる。
敵の目的は何だろう。
少なくとも、私たちを皆殺しにしたいわけではないようだ。
敵がゴーダの街で私とクガルグを見ていたなら、やっぱり狙いは私たち?
(だけど今は子どもの姿じゃないのに……)
彼らはキツネや豹の姿の私たちが、街にいた子どもと同一人物だと分かっているのだろうか?
不気味な静けさが辺りを包む。
居ても立ってもいられなくなくなってリーダーの背の上でうろうろと歩きまわっていると、団長さんの分厚い手がボスッと頭に落ちてきた。
「敵の目的がどうあれ、まぁ落ち着いて見ていろ。グレイルは俺の教え子だ。負けるわけがない。クロムウェルも昔よりずっと強くなっているし、あの二人もいい動きをする。大丈夫だ。もし危なくなっても――」
「きゃあ……!」
小さな悲鳴に振り向くと、ティーナさんが攻撃に出て逆に剣を薙ぎ払われていたところだった。
ティーナさん愛用の細身の剣が地面に落ち、無防備な彼女に敵が迫る。
その危機を察した瞬間、私はとっさに走り出していた。
「ごめん、リーダー!」
リーダーの長い首を駆け上って頭を踏んづけ、鼻筋を蹴って跳躍する。
火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか、小川さえ飛び越えられなかった私なのに、気づけばティーナさんと相対していた敵の顔面にへばりついていたのだ。
「ミルちゃん!?」
「何だっ!?」
突然毛むくじゃらの物体に貼りつかれた敵は、必死で私を引き剥がそうとした。
痛い痛い、背中の毛が抜ける!
禿げたら魅力が半減するからやめて!




