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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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クガルグのお買いもの

「子どものお客なんて珍しいな」


 露店のお兄さんはドレッドヘアーでちょっと奇抜な格好をしているが、おしゃれさんだった。

 肌の色はクガルグと同じような褐色なので、出身は遠い南の国なのかもしれない。


「わぁ、きれいー!」


 私は目にとまったネックレスを持ち上げ、思わず声を上げた。細い革紐についているペンダントトップが、水色の大きな石だったのだ。

 氷みたいに透き通ったその石の色を見ていると、母上の瞳を思い出す。


(母上、今ごろ何してるだろう。私の事、心配してくれてるかな……)


 母上の事を考えると寂しくなるので、私はそのネックレスを大人しく元の位置に戻した。

 隣でしゃがんでいるクガルグを見ると、真剣に商品を吟味した後で、彼も一つのネックレスを手に取っていた。

 これも細い革紐に大きな天然石が一つついているもので、石の色は炎を閉じ込めたような赤だ。


「これ……」


 クガルグはネックレスを一度置いてポケットから巾着を取り出し、全てお兄さんに渡した。

 お兄さんはお金を数えると、


「これは余分だな」


 と銀色の硬貨を一枚クガルグに返す。

 ん? なにその綺麗な色のお金は。私の方には無かったはず……いや、無くてよかったのか。どう見ても他の硬貨より価値がある感じだし、あれをおばさんに渡していたら、大きな紙袋を三つも四つも持ち歩くはめになっていたんじゃないだろうか。

 恐ろしい……。

 お金をリュックに忍ばせたのが誰なのかは分からないが、幼児に分不相応な大金を渡すなんて何を考えているんだ、全く。


 価値を知らないのに手持ちのお金全てを気軽に渡してしまった自分を棚に上げているうちに、クガルグはお兄さんからネックレスを受け取っていた。


「クガルグ、よかったね」


 アクセサリーに興味があるなんて知らなかったけど、こういう雰囲気のものはとても似合いそうだ。

 石の色も赤で、クガルグにぴったり。

 クガルグは嬉しそうに頷くと、私にそのネックレスを差し出してくる。


「え?」


 クガルグの意図を察して、私は目を丸くした。


「まさかくれるの? 私に?」


 クガルグは再び頷き、丁寧な動作で合羽の上から私の首にネックレスを掛けた。

 クガルグの目と同じ色の石が、私の胸元で情熱的に光っている。

 合羽や私の髪が白だから、赤が余計に目立つ。


「ありがとう、クガルグ!」

「やるねぇ、ボウズ」


 感動してはしゃぐ私の後に続いて、露店のお兄さんもにやりと笑った。

 一方クガルグも赤い石をつけた私を見て、とても満足気に唇の端を持ち上げたのだった。



 それからレガン入りの紙袋の両端を二人それぞれ持ちながら、しばらく大通りを歩いた。

 まだ銀色の硬貨が残っているので欲しい物があれば買える。

 とはいえ、これ以上荷物になるような物を購入するのはやめた方がよさそう。食べ物には目移りしてしまうけど、私は大量のレガンを消費しなければならないので、他のものでお腹を満たすわけにはいかないのだ。


「クガルグは自分のものを買わなくていいの? おかね、まだあるよ」

「別にほしいものない」

「そうなの? じゃあ、もうまちの外に出ようか。お店も少なくなってきたし、レガンも重……あれ? 重くない……?」


 クガルグと自分の間にある茶色い紙袋を見下ろし、眉根を寄せた。

 最初は腕が痛くなるほど重かったのに、いつの間にか空気のように軽くなっているではないか。


「なんで!?」


 急いで袋を開けてみると、なんと中は空だった。

 本当に空気しか入っていなかったのだ。


「……??」


 イリュージョン?

 一瞬そんな言葉が浮かんだものの、原因はすぐに判明した。

 紙袋の底にレガン二つ分くらいの穴が開いていたのである。

 間違いない。ここから中身が落ちたのだ。


 大きく重い紙袋をクガルグと協力して持って歩くのは大変で、少し気を抜くと地面の石畳に擦れていたのは分かっていた。

 だからその都度力を入れ直して持ち上げたつもりだったけど、いつの間にか破れてしまっていたらしい。

 クガルグとのお喋りや街を見るのに夢中になっていたとはいえ、自分がこんな漫画のようなドジをやるとは思わなかった。


 キツネなのにキツネにつままれたような気持ちで空の紙袋を見た後、私は背後を振り返った。

 視界に映る範囲にレガンは落ちていない。

 私たちの歩いてきたところに道標のように落ちているはずだが、大通りの端から端までそこそこ長い距離を歩いてきたので、その間のどこが始点でどこが終点だったのかは分からない。


「もどろう、クガルグ」


 穴の空いた紙袋を一緒に持ったまま、来た道を走って引き返す。

 人が多いし、ほとんど踏まれていたらどうしよう。そう悲しい気持ちになった時だった。


「いたわ。これを落としたのはあなたたちね」

「やっと追いついた」


 親切な街の人たちがレガンを拾って、私たちを追ってきてくれたのだ。エプロンや帽子に山盛り入れて走ってきてくれた人もいる。


「あ、ありがとぉ……!」


 感動して声が震えた。

 皆、なんて優しいんだ。


「ほらよ」

「気をつけてね」


 地面に置いた紙袋に拾ったレガンを入れもらうと、ほぼ元の量に戻った。

 よかったぁ!

 手伝ってくれた人たちにもう一度お礼を言うと、皆ひらひらと手を振りながら笑って去っていく。


「いい人たちでよかったね」


 人間に興味のないクガルグも珍しく同意して頷いた。

 さてと、と重くなった紙袋に向き合う。

 穴が空いているので、このまま持ち上げれば悲劇が繰り返されるだけ。かといって新しい袋もないし、補強できるようなテープもない。


 どうしようかと頭を悩ませていると、すっと手を差し延べてくれた人がいた。

 少し日に焼けた大きくて分厚い手が、底の穴を上手く塞ぐように支えて紙袋を持ち上げる。


「新しい袋をやろう。おいで」


 そう言ってすぐに背を向けて歩き出したおじさんに、私とクガルグはひょこひょことついていった。


「ありがとう」


 おじさんは頭や体に大きな渋草色の一枚布をマント風に巻いており、髪型や服装はよく分からないが体格は大柄だ。

 腰には剣を携えているが旅人のようにも見える。

 一見近寄りがたい風貌だけど、低い声には優しさも感じた。


「こっちだ」


 おじさんはレガンを抱えたまま軽く振り向いて、私たちを路地の奥へと案内した。

 細い道を進み、建物と建物の間の何もない薄暗い場所に着いたところで足を止める。

 こんなところに新しい袋があるのだろうか?


 おじさんは無言でこちらに向き直ると、頭に被っていた布を取った。

 砂漠みたいな色の短い髪と髭。顔立ちははっきりしていて、眉も目も鼻も口も大きい。

 体の大きさも相まって雰囲気は熊みたいだ。

 しかも動物園の中でおっとり昼寝しているような熊じゃなく、野生のヒグマみたいに危険なやつ……。


 私がそんな印象を抱いている間に、おじさんは紙袋を地面に置いてこちらに近づいてきた。


「さぁ、おいで」


 悪い顔でにやっと笑って私に手を伸ばす。

 そこでやっと、私は身の危険を感じた。

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