ミルのお買いもの
「わぁ、ほんとうに人が多いねぇ」
よそ見をして歩いていると、すぐに人とぶつかってしまいそうだ。
ゴーダの街は活気があって、大通りには様々なお店や屋台が軒を連ねていたが、高級そうだなと入るのを躊躇してしまうようなお店はなく、全体的に親しみやすい印象だった。
宝飾店や武器屋でも、若干小汚い建物で人の良さそうなおじちゃんおばちゃんが商売していたりする。
歩いている人たちも普段着だったり旅装だったりで、ドレスを着てつばの広い帽子を被っているような貴婦人はいない。
「あら可愛い」
他人の足に衝突しないよう注意しながらクガルグと歩いていると、若い女の人に声を掛けられた。
「でも二人だけなの? 迷子かしら」
「ううん、迷子じゃないよ。おつかいなの」
親のおつかいで買い物にきたという事にしておく。
「こんな小さいのに偉いわね」
褒められて「うふふ」と上機嫌になりながら、クガルグの手を引いて市場を進んだ。合羽の下でしっぽがカサカサいっている。動くんじゃない。
一際混雑しているパン屋さんの前で大人たちの足元を「とおりまーす」と言いながら縫っていくと、振り返った皆は私たちに気づいて明るい笑い声を上げた。
「面白い格好をしてるじゃないか」
「帽子に耳がついてる!」
ほがらかに笑う大人たちに、「これから二人でお買いものなの」と自分から申告する。
何故かって? 褒められたいからだ。
「二人で? 偉いじゃないか」
思惑通りの言葉を得られて満足し、私は頷く。
「気をつけてね」
最後にそう声を掛けてくれたお姉さんに手を振って、私はクガルグと先に進んだ。ちなみにクガルグはさっきから一言も喋っていない。人見知りを発揮してそっぽを向いている。
「ね、クガルグはなにを買いたい?」
繋いでいる手を引っ張って言うと、クガルグはやっとこっちを見た。
「買うって?」
「さっきもらったおかねで、ここにならんでるものが買えるんだよ。持ってるおかねより“かち”のあるものは買えないから、なんでもってわけじゃないけど」
「ふーん」
クガルグも市場に興味が出てきたようで、あちこちの屋台や店をきょろきょろと見回している。
貰ったお金は半分こしたから、クガルグはクガルグの好きな物を買えばいい。
そして私は私の好きな物を買うのだ!
「たべもの、たべもの」
揺るぎない食欲を携えて、私は近くの屋台をチェックしていった。
甘い香りが漂ってくる屋台で売っていたのは、どうやらシナモンロールみたいだ。ぐるぐるとした渦巻状の生地の上に白い砂糖のアイシングがかかっている。
レーズンらしきものが入っているし、私の記憶にある日本で売っていたものより平べったくてしっとりしていそうだけど、この国にもあるなんてちょっと感動。
だけど今の私の子どもっぽい味覚に、シナモンとレーズンが合うか分からない。これはやめておこう。
あとはクッキーやマフィンなんかの定番のお菓子もあるが、お惣菜系にも食欲をそそられる。
パンに極太ソーセージを挟んだホットドックみたいなもの、ひき肉やみじん切り野菜を炒めた具を薄い生地で包んで揚げたもの、豆やじゃがいもをトマトソースで煮詰めたもの。
あとは大きくて固そうなチーズや、塩漬け肉の塊なんかも並んでいる。あっちの屋台で売っているのは果物かな。
「あ、あれは……!」
その屋台を見て、私は一人声を上げた。
大好物の果物を発見したのだ。
名前はレガンといって、皮の色は黄色っぽいものの、見た目も味もライチに似ている。ただライチより食感がしゃりしゃりしていて、キウイみたいな黒いつぶつぶの種も美味しく食べられるのだ。
ジャムには向いていないらしく、今の旬の時期にしか食べられない貴重な果物なのである。
「私、あれにする!」
クガルグに付き合ってもらって、その屋台に向かった。レガン以外にも数種類の果物が並んでいたが、私の目的は一つだ。
「レガンください!」
太った屋台のおばさんに元気よく言う
「おや、可愛いお客さんだね。おつかいかい?」
「うん! これで買えるぶんだけください」
レガンはそこら中で簡単に収穫できるようなものではなく、価格は高めの果物だったはず。旬の時期でも私のごはんメニューにはめったに登場しない。
だから後で足りないと言われないように、先に屋台のおばさんに持っているお金を全部渡した。
この硬貨一枚に十円くらいの価値しかなくても、全部合わせれば私の小腹が満たされる分くらいは買えるだろう。
おばさんは私が両手で差し出したお金を勘定した後、
「じゃあ、ちょっと待ってなよ」
と大きな茶色い紙袋を出してきた。
そして小型のスコップみたいな道具を使ってざくざくとレガンを掬い、紙袋に入れていく。
一回、二回、三回、四回……。
あれ? そんなに買えるの?
「ミルフィー、たくさん買うんだな」
クガルグが後ろでのんびりと言うが、私は両手に乗るくらいの量を買えればよかったのだ。
何だかちょっと冷や汗が出てきた。
まだいくの? もういいよ?
ほんとに、あの、ちょっと……。
「はい、ありがとね!」
結局おばさんは紙袋いっぱいにレガンを入れ終えたところで、やっと手を止めてくれた。
私が渡したお金って、幼児にしては大金だったのだろうか。
大きな紙袋を受け取ってよろよろしていたら、クガルグが代わりに持ってくれた。
両手でないと持てないので、上半身が見えなくなっている。
「あ、ありがとう……」
私は憔悴した顔でおばさんにお礼を言い、屋台を後にした。
甘くて瑞々しいレガンをさっそく食べるつもりだったのに、この量を前にすると食欲が失せてしまう。
「それでクガルグは、ほしいもの決まった?」
気を取り直して尋ねる。
前が見えずに危なっかしい足取りのクガルグは、頷いて「こっち」と近くの露店に向かっていった。
いつの間にか気になる物を見つけていたらしい。
着いたところにあった露店には、地面に直接敷いた布の上にブレスレットやネックレス、ピアスといった装飾品が並べられていた。
貴金属や宝石を使った高級なものではなく、革や天然石を使用した温かみのあるデザインのものだ。
これなら私たちでも買えそう! と一瞬心が弾んだが、クガルグが一旦地面に置いた大きな紙袋を見て現実に戻る。
私は必要以上に買ったレガンに全財産をつぎ込んでしまったんだった。
食べたらなくなるものじゃなくて、私もこういうアクセサリーを買えばよかったなと少し後悔する。
でもいい! レガンは美味しいからいいの!




