子ギツネ尾行中(3)
が、ミルは尾行に気づかないまま順調に道を進み、たまに通る通行人に愛想を振りまき、撫でてもらうとご機嫌になり、残りのジャーキーをクガルグと分けて全部食べ、そうこうしているうちに日が暮れて、辺りが暗くなってきたところで今晩の寝床を探し始めた。
そして結局小さな林の中に入って、一本の木の根元に腰を落ち着け、クガルグと二人寄り添って丸くなる。妖精はその二人の間に止まると光を弱めた。
「今日はつかれたね。おやすみ」
そう言って一分と経たずにすぴすぴと鼻を鳴らして夢の中へ入っていったミル。
クガルグはそんなミルを思う存分毛づくろいしてから、ちらっとグレイルたちを見てまぶたを閉じた。
「見事に気づかないまま寝ちゃいましたね、ミルちゃん」
「あいつ、俺たちが不審者だったらどうするつもりなんだ。あんなに呑気に寝て」
しかしミルの危機管理能力の低さに怒っているのはキックスだけで、白い毛玉と黒い毛玉がくっついて無防備な寝顔をさらしている姿は、他の四人に癒やしをもたらした。
特にクロムウェルはいつもの冷静な表情が崩れかかっていて、ガウスは「俺は王都に戻ったら犬と猫を飼うぞ」などと発言している。
「勝手に飼うと奥様に怒られますよ」
北の砦に来る前にガウスの世話になっていたグレイルは、彼の美しい妻が怒ると怖いという事もよく知っているのだ。
グレイルはキックスやティーナに向き直って言う。
「とにかく俺たちも今日はここで野宿だ。本当はゴーダの街で泊まれればと思ったんだが、街に着くのは明日の昼間になりそうだな」
自分たちが野宿をする準備を着々と進めつつ、火をおこして簡単な夕食も作っていく。馬たちも木に繋いで水を与え、休ませた。
「あ、支団長それ……」
数分姿の見えなかったクロムウェルが戻ってきた時に手に持っていたのは、ミルが背負っていたウサギリュックだった。
ミルは上手く外せなかったのか、つけたままで寝ていたはずだが。
「外しても起きなかった」
「ほんと危機感ねえー!」
クロムウェルの説明に、キックスが呆れたように声を上げる。
「で、それ持ってきてどうするんっすか?」
「食料を足しておいた方がいいだろう」
「なるほど」
「ジャーキーならこっちに」
グレイルが自分の荷物を開けてジャーキーを取り出した。あればある分だけ食べてしまいそうなので、全部入れるのではなく、明日食べる分だけを入れる事にする。
「これ邪魔だからティーナが責任持って自分で持ってろよ」
キックスが毒キノコのぬいぐるみをリュックから出し、ティーナに押しつけた。
ティーナは「えー」と文句を言いつつ、今日一日を振り返ってこのぬいぐるみが何の役にも立っていない事に気づき、大人しく自分の荷物の中に入れている。
「……それは?」
ぬいぐるみが無くなった事で余裕が生まれたウサギリュックの中にグレイルがジャーキーを入れた後、クロムウェルもいそいそと何かを詰めていた。
「まぁ、な」
曖昧にごまかしつつ、クロムウェルはさらに小さな巾着をリュックに入れる。
じゃら、と鳴ったのは硬貨の音だろう。
「お金ですか?」
「ミルたちは全く持っていないらしいからな。明日通るゴーダは大きな街だ。ミルたちも興味を持って寄るかもしれない。その時に一文無しで欲しいものも買えないんじゃ可哀想だ」
言いながら、クロムウェルは自分の財布を出してまた巾着に硬貨を追加している。
「支団長は甘いんすから。俺にはお小遣いなんてくれないのに」
「お前にはやる理由がない」
キックスの言葉にクロムウェルはぴしゃりと返す。
「あ、副長まで!」
グレイルも気づけば自分の財布を出していて、ほぼ無意識にミルに渡す巾着に硬貨を入れていた。
お金を持たないミルが食べ物屋の前でお腹を鳴らし、悲しそうな顔をしている姿を想像したら、勝手に財布を出していたのだ。
「なら俺も寄付しておこうか」
ガウスも自分のポケットを漁って、銀色に光る硬貨を一枚巾着に落とす。それは六種類あるこの国の通貨の中で、上から二番目に価値のあるものだった。
一枚だけなら大金というほどでもないが、ミルに与えるには早いのではと思うグレイル。
ガウスも孫を可愛がる祖父のような気持ちで、しっかりミルたちの魅力にやられているのだろう。
「いいなぁ」
硬貨がぎっしり詰まって重くなった巾着を見つめながらキックスが本音をこぼした。
それをリュックに詰めると、今度はグレイルがミルのところまで戻しに行く。
グレイルたちが野営しているところからあまり離れていないので、焚き火の灯りがこちらまで届いていた。
ミルはクガルグとくっついていると暑いのか、最初に見た時から寝返りをうって仰向けになっている。
野生動物ではないにしろ、外で眠る時くらいは手足を投げ出して腹を出すのは止めた方がいいのではないかと心配になる。
寝顔を堪能した後、わしゃわしゃと腹毛を撫で、側にウサギリュックを置くと、グレイルはキックスたちがいる方へ戻ったのだった。




