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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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子ギツネ尾行中(2)

 隣町も、砦の近くにある町と同じく農作を中心に成り立っている小規模な集落だ。

 グレイルたちは見回りでよく訪れているが、ミルたちはここへ来るのは初めてだろう。


「なんか家がいっぱいあるぞ! あれが、おうとか!?」


 クガルグが走りながら声を弾ませるが、ミルは自分の中の適当な感覚を頼りに否定する。


「たぶん違うとおもう! おうとってもっとなんか……『王都!』って感じがするはずだから! あとお城もないし!」

「じゃあ、ここには用はないのか?」

「うん、ない!」


 少し休んでいけばいいのに、二人は町へと続く分かれ道には進まず、そのまま街道を突っ走る。

 先を行く妖精はミルたちが寄り道をしないので上機嫌で飛んでいるように見えた。


「ちょっとペースを落とさないとバテちゃうよ」


 ティーナが心配そうに呟くが、それが二人に聞こえるはずもない。隣町を過ぎてしばらくしたところで、ミルの足取りが急に重くなった。

 先程からずっと口を開けて舌が出っぱなしになっていたので、そろそろ限界が近いのだろうとは思ったが。

 クガルグも少し疲れた様子を見せて、ミルにペースを合わせてゆっくり歩き始めた。


「はっ、はっ……つかれる……」


 短く息を吐きつつ、ミルが言う。

 足の運びはとろとろとしていて、たまに自分の右前足に左前足を絡めてつまずきそうになったりしている。


 そしてつまずきそうになるたびにグレイルの横でクロムウェルがハッと息をのんでいるので、彼の心の平穏のためにも、ミルには無茶をせず普通に歩いて進んでもらいたかった。


「みて、川がある。お水のもう」


 街道と交差するように小川が流れているのを見つけたミルは、ふらふらとそちらへ寄っていった。

 水量も多くないし川幅も狭いので危険はないと判断して、グレイルは引き続き後ろから見守る。


 ミルが水を飲もうと頭を下げると、背負っていたリュックが頭の方に落ちてきてウサギの耳が水に浸かりビショビショになる、というハプニングはあったものの、喉の渇きを潤して幾分回復したようだった。


 クガルグは水を飲むという習慣がないのか、それとも炎の精霊だから水が苦手なのか、水に舌をつける事なく身軽に小川を飛び越えて向こう側へ渡ってしまった。


「……」


 それを見たミルが、やめておけばいいのに自分も飛んで川を越えようとしている。

 川幅は一メートルもないので無茶な挑戦ではないが、すぐ隣にある橋を使う気はないらしい。

 ミルは前足を上げてやめたり、前傾姿勢をとってやめたりしながら、何度目かでやっと覚悟を決めて地面を蹴った。


 と、次の瞬間には、バシャン! と大きな水音を立てて小川の真ん中に着地していた。

 水深はミルの足首までしかないので、溺れる事もなくその場で棒立ちになっている。


「ぶっ……!」


 キックスが笑いをこらえて震え出した。

 すぐに自力で上がるかと思いきや、ミルは己の失敗にびっくりしていて――おそらく頭の中では華麗に川を飛び越えていたのだろう――呆然としたままそこから動く気配がない。


「ミルフィー、大丈夫か!?」 


 クガルグが慌ててやって来て、ミルの首根っこを噛み、陸までずるずる引っ張っていく。


「とべると思ったんだけど……」


 ミルは放心状態のまま呟いた。


「つめたい……」


 濡れた足を気にしながら、悲しそうな顔をして小川から離れる。

 しばらくとぼとぼと進んでいたが、足が乾く頃にはミルはいつもの調子を取り戻していた。

 今後同じような挑戦をして危険な目に遭わないためにも、先ほどの失敗は教訓としてずっと覚えていてほしいのだが、クガルグと楽しそうにお喋りをしているあの呑気な顔を見るに、きっともう忘れているのだろう。


 グレイルが苦笑いしながらふと前方を見ると、人気のなかったこの街道に前から通行人がやって来ていた。

 先頭を飛んでいた妖精もそれに気づいて、ミルのショールの下に潜り込んで隠れる。


 通行人は、野菜を乗せた小さな荷車をロバに引かせた農民のようだった。

 自分も荷車に乗りながらロバの手綱を取りつつ、近づいてくるミルとクガルグに気づいて驚いたように凝視している。


 おそらく精霊だとは気づいていないだろうから、犬と大きな猫とでも思っているのかもしれない。

 しかも犬の方はショールを着てウサギリュックを背負っているので、「何だこいつらは」と不思議に思っている事だろう。


 一方、ミルの方はというと、砦を出てから人に出会っていなかったため、人恋しくなっていたようである。

 見知らぬ他人とはいえ、数時間ぶりに出会った人間にしっぽがパタパタと揺れている。

 クガルグは人間にまるで興味が無い様子だったが、ミルはその場で立ち止まって、期待に満ちた目をして通行人を見つめたのだ。


 しかし通行人は不可解そうな視線を終始ミルたちに注いだものの、ロバを止める事なくそのまま通り過ぎてしまう。


 がっかりした様子でミルがまた歩き出した後ろで、通行人は今度はグレイルたちにも驚く事になるのだった。


「……騎士様? なんです、ありゃ」


 グレイルはその問いに曖昧に手を上げて返した。通行人は最後まで頭に疑問符を浮かべながら去っていく。


「あ、また来ましたよ」


 キックスが前を見て言った。

 今度は大きな荷物を背負った旅人が二人、ミルたちの前方からこちらに向かってやって来る。

 ミルはまたしっぽを振ってその場で立ち止まる。

 旅人は若い夫婦のようで、先に妻の方がミルたちに気づいて笑い声を上げた。


「まぁ、可愛い」

「きっと金持ちの家の飼い犬だな。ペットにまで服を着せるなんて。……あっちは、ネコか? 何か違うような気がするが……」


 豹を見た事がない人は、クガルグが何の動物なのか咄嗟に思い当たらないのだろう。

 近づいてきた夫婦が足を止めたのを見て、ミルはいけると踏んだらしい。しっぽを大きく振って彼らに突進した。


 より動物が好きそうな妻の足に擦り寄ると、頭を撫でてもらって非常に嬉しそうな顔をしている。


「そろそろミルたちと合流しないか?」


 頭くらいいくらでも撫でるのに、という気持ちが全部顔に出ているクロムウェルがグレイルに言うが、そこにキックスが割り込んできた。


「まだ早いっすよ。半日も経ってないんですから」

「そうだ、後ろから見ているのは愉快じゃないか。たまにはこんなふうにのんびり進むのもいい」


 と、ガウスも援護する。

 それに返したのはグレイルだ。


「ですが、ついて行きそうな勢いですよ」


 ミルはそろそろ先に進もうとする夫婦の周りをぐるぐる回って進路を妨害している。

 きゅんきゅん鳴いているのは、「もう行くの?」「もうちょっと撫でていってよ」「何なら一緒に王都まで行かない?」という意味だろうか。


「ま、ついていったら回収して説教ですね」


 キックスが馬の上で腕を組んで言った。


「ごめんね、じゃあね」


 しかし夫婦が手を振って離れて行くと、ミルはしょぼんとしながらも諦めたようだった。

 ショールの中から飛び出してきた妖精に従って、また大人しく歩みを進める。


「今、後ろ見たのに何で俺たちには気づかないんでしょうね」

「あの夫婦しか見えていなかったんだろう」


 キックスの疑問にグレイルが答える。


「あのまん丸い目も可愛いだけの飾りだったのか」


 五人の横を通り過ぎていった夫婦は、こちらが騎士だと気づくと軽く頭を下げていった。


「でも、さすがに今日中には私たちが後をつけている事に気づくわよ」


 ティーナがそう言って笑い、キックスも相槌を打つ。


「そうだな、さすがにな……」


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