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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第二部・はじめてのおつかい

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子ギツネ尾行中(1)

「いないな……。そろそろ追いつくはずだと思うんだが」


 馬に乗って砦近くの街道を進みながら、グレイルは道の先を注意深く見つめた。

 クロムウェル、キックス、ティーナも同じように前を見て白い子ギツネを探しているが、ガウスは「この辺りは本当に何もないな」などと呟きながら悠々と手綱を操っている。


 ミルは自分たちより先に砦を出たものの、そんなに速く歩けるわけでもない。

 もう追いついていてもいい頃なのだが、と心配になった。


 まさかこの短時間でもう誘拐されたとか、どこかの用水路で溺れているとかいう事はないはずだ……と思いたい。


「今来た道、もう一度戻って探してみますか?」


 ティーナが不安そうに言った。


「この辺りに賊はいないはずだけど、万が一って事も……」


 キックスもいつになく真剣な表情をしているし、クロムウェルの顔は心なしか青くなっていて、隣りに並んだガウスに肩をぽんぽんと叩かれている。


「そうだな、二手に別れよう。先へ進む者と戻る者とで――」


 先頭を走っていたグレイルが、馬を止めて振り返ろうとしたところで言葉を切った。

 五人が進んでいる街道の脇には砦の馬たちの放牧場が広がっているのだが、そこで駆け回っている茶色や黒の馬たちの足元に、白い小さな生き物が見えたからだ。

 草原の上を楽しそうに跳ねているそれは、紛れもなくミルだった。


「いたぞ」


 グレイルが呆れたように笑って放牧場を指差すと、他の四人もさっとそちらに顔を向ける。


「あんなところにいたのかよ!」

「よかったわ、見つかって……」


 ホッとした表情でキックスとティーナが言い、クロムウェルもひそかに胸を撫で下ろしていた。

 どうやらミルはおつかいの途中だというのに馬たちと遊んでいたらしい。

 周りにいた四、五頭と走りの競争をして一匹だけ思いきり置いていかれているが、本人は楽しんでいる様子である。


 グレイルたちに眺められている事も知らずにミルはしばらく馬と遊んでいたが、やがて本来の目的を思い出したようだった。妖精が待っている、街道沿いに立てられた柵の方へと戻ってきたのだ。

 それはつまりグレイルたちにも近づいてきた事になるのだが、


「やべ、こっち来た」


 キックスがそう言ってマントを頭から被るまでもなく、ミルは五人の存在に気づいていなかった。


「全然こちらを見ないな」


 クロムウェルがぽつりと言うと、ティーナも苦笑した。


「かなり距離を詰めてついて行ってるんですけどね……」


 街道を歩き出したミルとの距離は十五メートル弱ほど。

 街中で尾行をするなら十分な距離だが、ここは一本道で、周りは草原や畑ばかりの何の障害物もない場所だ。

 振り返ればすぐ後をつけている事がバレてしまうのだが、ミルは全く背後を気にしていない。


「あちらの方が風上だから匂いはしないとしても、人の気配というものがするはずじゃないのか? それに、こちらの喋り声や馬の足音が聞こえていてもおかしくはないぞ。精霊は人間より感覚が鋭いのだと思っていたが……」


 ガウスが不思議そうに言い、クロムウェルがこう返した。


「ミルが雪の精霊だという事実は、一旦忘れた方がいいかもしれません」


 キックスも冗談めかして眉をひそめる。


「かといって、普通のキツネほどの注意力もないですけどね。あの耳も可愛いだけの飾りなんですよ」


 ミルの歩くペースに合わせるため、五人も馬を降りて歩き始める。


「で、いつミルに声を掛けるんだ? ずっと後ろをついて歩くつもりか?」


 グレイルは顔だけ振り向いてキックスに言った。

 スノウレアからは「ミルフィリアの後をつけてほしいのじゃ」と頼まれたものの、その意味は『バレないように尾行しろ』ではなく、『一緒に王都まで行ってほしい』という事だろう。

 グレイルはミルと一緒に出発するつもりだったのだが、キックスとティーナがそれを止めたのだ。


「だって、こっそりミルの行動を観察するのって楽しいじゃないですか」

「ショールつけてウサギリュック背負った子ギツネ――なんていう、この後ろ姿を思う存分眺められるのがいいですよね。あと、しっぽとお尻と後頭部も……」


 キックスに続いて、ティーナがうっとりと言った。

 ミルの荷物は今朝早く用意したものだが、グレイルがミル用の昼ごはんやジャーキーを詰める鞄を探していた時に、クロムウェルに無言でそっとあのウサギリュックを差し出されたのだ。

 こういう物をどこで入手してくるのか問い質したい気持ちもあったが、グレイルは何も言わずにそれを受け取った。


 そして想像通り、ウサギを背負う子ギツネの姿は可愛らしかった。

 キックスたちがちょっと尾行してみようと言いたくなる気持ちも分かる。

 人の多い街中では危険だが、見晴らしのいいこの街道でなら見失う心配もない。


「あ、クガルグくん」


 ティーナが突然弾んだ声を上げた。ミルの隣に現れた小さな炎が、幼い黒豹に変わったからだ。

 この国に野生の豹は生息していないものの、グレイルたちはもう何度もクガルグと会っているので、すっかりその姿を見慣れてしまった。


 ミルも最初は炎の精霊であるクガルグとの接触を嫌がっていた様子だったが、今では諦めているというか、心許しているらしい。

 頭突きをされても匂いをつけられても、抵抗せずにされるがままだ。


「ほう、南の炎の子か。これは何と貴重な光景だ」

「砦ではわりとしょっちゅう見られますよ」


 感動しているガウスにキックスが言う。


「ミルフィリア。ん?……ここ、どこだ?」


 クガルグはそう言って周りを見渡し、後ろにいるグレイルたち五人にもすぐに気がついた。ミルとは違って注意力はあるようだ。

 ガウスの存在に警戒感を示したものの、グレイルたちには何で離れているんだとでも言いたげに不可解そうな面持ちをした。が、


「クガルグ、まってたよ!」


 嬉しそうなミルに歓迎されると、もうこちらの事はどうでもよくなったようである。


 ミルはいつもクガルグが来ても『あ、来たのね』くらいの反応しか見せないので、今回のように歓迎されるのは初めてに違いない。

 クガルグは感動したようにしっぽを震わせていた。

 その後二人は一緒に歩き始めたかと思ったら、すぐにウサギを見つけて立ち止まった。


「一向に前に進まないな、これ」


 キックスが笑って言う。

 ミルとクガルグは思ったよりも頭を使ってウサギを追い詰めたが、結局は逃げられてしまった。

 そして今度こそ出発かと思ったが、どうやらミルは疲れたようで、人型になってリュックを漁り始めた。

 もう昼食を食べてしまうようだ。

 グレイルたちが馬に積んでいる荷物の中にはミル用の食料もあるので、ミルが自分で持っている分を早々に食べてしまってもいいのだが、計画性はないと言える。


 クガルグはたまにちらっとこちらを見ているが、二人旅を邪魔されたくないのか、ミルには何も言っていない様子だ。

 ――と、


「ぎゃあああ!?」


 リュックの中から何かを引っ張りだしたミルが、突然恐怖の悲鳴を上げた。

 グレイルやクロムウェルは一瞬走り出そうとしたが、紫の奇妙な毒キノコぬいぐるみを見て、すぐにティーナを振り返った。


「……何のつもりだ?」


 グレイルの純粋な疑問に、ティーナは照れ笑いしながら答える。


「いえ、あの、ミルちゃんの旅のお供にと思って……」

「旅のお供に? 毒キノコを?」


 キックスがお前正気かという視線をティーナに向けた。


「毒キノコじゃないわ! ぬいぐるみよ!」

「ぬいぐるみなのは分かるけど、何であんなゾッとする生き物にしたんだよ!? あんなどす黒い紫の布、どこで手に入れてきたんだよ!?」

「ひどい! 可愛いでしょ!」


 もうもう! とティーナは顔を赤くしてキックスを叩いた。ガウスが隣でガハハと笑っている。


(どうりで俺が準備をした時よりリュックが膨らんでいると思った。いつの間に入れていたんだ……)


 油断も隙もないなとグレイルは思った。

 ミルもクガルグもキノコのぬいぐるみにかなりの衝撃を受けていたが、何とか気を取り直して食事を開始した。

 食事が終わった後は自分たちでも妖精を作り出せるのかと試し始め、それも終わるとやっと出発の準備を始める。


 ミルとクガルグはそれぞれ獣の姿に戻り、妖精の後に続いてまた街道を進んだ。


「よく考えれば、ゆっくりしてるばあいじゃなかった! おうとまでは遠いんだから」


 ミルは少し焦り始めているようで歩くスピードを速くする。

 小さく短い四本の足が、せかせかと懸命に動いた。


「ジャーキーもすこし食べすぎたかも……。まだ先はながいし、もっとのこしておけばよかった。ごはんももうすこし後で食べるべきだったかな、どうしよう……」


 今になって自分の持っている食料の量に不安を抱いたらしく、ミルは一人でおろおろと喋り続けている。


「食べなくったっておれたちは死なないから大丈夫だぞ」

「そうだけど……でもお腹はすくかもしれないし、お腹がすいたら悲しくなるし」

「じゃあ、ミルフィリアのお腹がすく前に、おうとに着けばいいんじゃないか?」

「あ、そうだね!」


 ミルはその提案に納得し、「じゃあ急ごう!」と言って二人で駆け出した。

 それを見ていたグレイルたち五人も馬に乗る。キックスは「『あ、そうだね!』じゃねぇよ!」とつっこみながら馬の腹を軽く蹴って合図を出した。


 精霊だから体力があるのだろうか、ミルたちは思ったより長く走り続け、やがて隣町が見えてきた。


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