王都へのおつかい(2)
砦へ移動すると、隻眼の騎士は厩舎近くで自分の馬――砦の馬たちのリーダー的存在なので、私は勝手にリーダーと呼んでいる――に鞍をつけている途中だった。
近くにはキックスとティーナさんもいて、同じように馬を準備し、荷物を乗せている。
支団長さんの愛馬であるアイラックスもいるけれど、支団長さん本人はいなかった。
あとはもう一頭、リーダーと同じくらい大きな勇ましい馬がいるけど……初めて見る顔だ。誰の馬だろう?
(皆でこれからどこかへ出かけるのかな)
私が王都へおつかいに行く事を話せば、隻眼の騎士たちは心配してついてきてくれるんじゃないかと期待していたのに、皆にも仕事があるようだ。
妖精がくるくると回るように飛ぶ中、私のしっぽは急速に元気を失ってしょぼんと細くなった。
「うわっ! いたのかよ、ミル」
隻眼の騎士の足元でじっとしている私を蹴りそうになったキックスが、驚いて仰け反る。
「ミル、来ていたのか」
「ミルちゃん! 今日はショール着ておめかししてるのね。……あら? その光ってるのは?」
隻眼の騎士とティーナさんが順番に言う。
私は口に咥えていた手紙を地面に置いて答えた。
「これ、ようせいだって。私を、おうとまで道あんないしてくれるの……」
母上から王都へのおつかいを頼まれた事を説明しながら、悲壮感溢れる雰囲気を醸し出そうとした。
可哀想な空気を出せば、隻眼の騎士たちは何か用事があってついてこれないとしても、他の誰かを一緒に行かせてくれるんじゃないかと期待して。
コワモテ軍団の誰かでもいいよ。
しかし予想に反して、隻眼の騎士たちの反応はあっさりとしていた。
「おつかいか。偉いなミルは」
「王都までは遠いけど、ミルちゃんならやれるわ」
「頑張れよ!」
わしゃわしゃと頭を撫でてくるものの、皆の口から私の望む言葉は出てこない。
おかしいな。「王都まで? ミルだけでは危ないだろう」とか、「だめよ、おつかいなんて! 心配だわ」とか、「一人じゃ絶対に無理だろ。やめておけよ」とか、そういう事を言ってくれると思っていたのに。
「待って。その手紙、口に咥えて行くのは大変でしょ? 鞄を持ってきてあげるわ」
ティーナさんは隻眼の騎士に軽く目配せして建物の中へと駆けていき、私が快適におつかいに出られるように用意を整えようとさえしてくれる。
だけど違う! 私はおつかいに行くのを止めてほしいのに!
「せきがんのきし……」
私がうるうると見上げても、隻眼の騎士は「おつかいに行くなんてミルは良い子だ」と言って撫でくり回すだけだ。
皆どうしちゃったの!? 今まで結構過保護な感じでやってきたじゃん! 私の事散々甘やかしてきたじゃん!
なのにどうして今日は違うの……?
胸がずーんと重くなった。これはきっと絶望というやつだ。
「ミルちゃーん、ちょうどいいのがあったわよ」
私に合う大きさの鞄なんて無いだろうからもっと時間がかかると思ったのに、ティーナさんはすぐに戻ってきた。
手には白い小さなリュックを持っている。
しかもウザギの顔型で、鞄としては不必要な長い耳までついている。邪魔そうだな。
「これ、クロムウェル支団長からよ」
支団長さんから? いつの間にこんなもの買っていたんだろう。きっとキツネの私に合うように特注で作ったに違いない。
中に物を入れるといい感じにウサギの顔が丸くなる。
「ほら、背負ってみて。前足をここに、そうそう……それで逆の足も入れて……いやあああああ、可愛いいいー!!」
ショールの上からウサギのリュックを背負ったら、ティーナさんが悶絶した。
「よく似あってるぞ」
「新しい殺人兵器の誕生だな」
隻眼の騎士がほほ笑み、キックスはおどけて言う。
いつもの私なら調子に乗るところだけど、今はそんな気分でもない。
リュックは軽いのにぱんぱんに膨らんでいる。中に何が入っているんだろうと思ったところで、ティーナさんが説明してくれた。
「鞄にはジャーキーがたくさん入っているから、お腹が空いたら食べてね。あとは今日のお昼用のごはんも入ってるわ。あまり走り回ってぐちゃぐちゃにしないように気をつけてね」
言いながら、私のよだれで少しふやけた手紙もリュックの隙間に詰め込んでくれる。
ジャーキーとお弁当だけにしては、やけにパツパツしているような。
それにしても、あの短時間で食料まで準備してくれたなんて。
「ティーナさん、ありがとう。しだんちょうさんにも、リュックありがとうって言っておいてね。……そういえば、しだんちょうさんは?」
アイラックスに視線を向けつつ、ティーナさんたちに尋ねた。
「支団長は今、団長と話をしているのよ」
「あ! そうだ!」
私はハッと耳を立てた。
普段は王都にいるという騎士団の団長さんが、昨日からここに来ているんだった。自分の事でいっぱいいっぱいになっていて、すっかり忘れていた。
「しだんちょうさん、ずっとここにいてくれるかな?」
「きっと大丈夫よ。今頃団長とその事について話し合っているわ」
私の質問に答えたのはティーナさんだったのだが、彼女が言い終わると同時にキックスが隻眼の騎士に拳骨をくらっていた。
「いッ……!?」
「ティーナに喋ったな。他言するなと言ったのに」
この砦の支団長が変わるかもしれない、という不確定な情報をキックスはティーナさんにも伝えてしまっていたようだ。
キックスは頭を押さえながら涙目で「ティーナ! 知らないふりしておけよ!」と怒っていたが、ティーナさんはあまり申し訳なく思っていない様子で「あ、ごめん」と返していた。
「私、もう行っちゃうけど、しだんちょうさんにもよろしく伝えて。私、もう行っちゃうけど……」
ショールとウサギリュックを装備して、お別れの寂しい雰囲気を出しながら、ゆっくりゆっくり門の方へ向かう。
顔だけは振り返ったまま、隻眼の騎士たちを哀れっぽく見つめたけど、誰も引き止めてくれない。
十メートルほど離れてみたが、三人は穏やかに手を振るだけ。
……仕方がないので踵を返し、もう一度隻眼の騎士の前に戻ってみた。
妖精も後からついてくる。
何気ない感じで伏せをして、隻眼の騎士の足の甲の上によっこらしょと前足を乗せた。そのまま顎も乗せて、目をつぶる。
今日は晴天だけど少し肌寒くて、私にとってちょうどいい陽気だ。
このまま寝たい。
「行かないのか?」
現実逃避していると、笑いをこらえているような声で隻眼の騎士に言われた。
すっと足を引かれそうになったので、両手で足首を抱えて逃がさないようにする。
「ミル、早く出発しないと日が暮れてしまうぞ」
頬毛をわしわしされたが、私はぐるると唸って手を離さなかった。
しばらくそのままじっとしていたが、隻眼の騎士もティーナさんたちも「一緒に行こうか?」とか「危ないからやめておけ」だとかいう言葉は一向に掛けてくれない。
私がおつかいに出発したくないと思っている事、きっと気づいているはずなのに。
寂しさを通り越して、何だか腹が立ってきた。
いいよ、もう! 一人で行けばいいんでしょ! でも王都まで無事に着いてもおみやげは買ってきてあげないからね!
「ミル――」
「もういい! せきがんのきしたちなんて知らない! ばかばかばか△◯×◎¥●&#っ……!」
自分でも聞き取れないような捨て台詞を吐きながら走り出し、私は半ばやけになりつつ王都へのおつかいを開始したのだった。




