支団長さんの事情(3)
避けられてショックを受けているらしい支団長さんに、キックスから得た情報を突きつける。
「しだんちょうさん、“おうと”へ帰っちゃうかもしれないの? かわりに、サーレルたいちょうさんがここに来るんでしょ?」
一気に言うと、支団長さんは動きを止めて驚いた顔をした。
「何故そんな事を知っているんだ」
「私はせいれいだから、なんでも知ってるの」
情報源のキックスが責められないように、精霊万能説を主張する。
「私、しだんちょうさんには、ずっとここのしだんちょうさんでいてほしい。ほかの人はいやだよ」
「ミル……」
「知ってる? サーレルたいちょうさんって“ゆかいなふうぼう”をしてるのに嫌な人らしいんだよ。私、それはゆるせない」
七三分けで丸眼鏡というある意味挑戦的な格好をするなら、中身も面白い人であってほしい。
「ミル……」
支団長さんは最初感動したような顔をしていたのに、今度は気の抜けたような声で再び名前を呼んだ。
「サーレル隊長は確かにこの北の砦への配属を希望している。けれど俺もまだここで仕事がしたい。ここの環境と部下たちが気に入っているし、周りに協力者が多い王都にいては得られない経験ができるからな」
そこで柔らかく目元を緩めたものの、すぐに厳しい顔をする。
「だからこそサーレル隊長にも同じような経験をしてもらいたいと思うが、同時に、彼にはこの砦を任せられないとも考えている。生まれや経歴が似ているから、俺はサーレル隊長の事をある程度知っているが、この砦の騎士たちとは壊滅的に相性が悪いんじゃないかと思うんだ」
壊滅的に、というところで私は笑いそうになったけど、支団長さんはすごく真剣な顔をしていた。
本気でこの砦の部下たちとサーレル隊長さんの関係を予想して心配しているのだろう。
確かに『実力重視! 腕力大事! 強い人間はそれだけで尊敬対象!』みたいな雰囲気がこの砦の騎士たちにはあるから、そこに実力はないけど偉そうな人間が司令官として入ってきたら、支団がまとまらなくなるのは目に見えてる。
支団長さんはそれを危惧しているようだ。
「だいたい、どうしてしだんちょうさんがここを離れるなんて話が出てきたの?」
任期が決まっていたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
支団長さんはこう説明してくれた。
「理由は二つある。一つは王子殿下から『また近衛をやってほしい』と希望があったから。前にもやっていたからな」
支団長さんとこの国の一番上の王子さまが幼なじみなのは知っていたけど、この砦に来る前に近衛騎士をしていた事は初耳だった。
だけど支団長に近衛をしてほしいという王子様の気持ちも分かる。側に置くなら信頼している人の方がいいもんね。
「そしてもう一つは、その希望を耳に挟んだ実家の父や兄からも『そろそろ王都に戻ってきたらどうだ』と言われているからだ」
支団長さんはそこで困ったように笑った。
「父や兄は……もちろん母もだが、心配性なんだ。俺ももういい年だというのに、“末っ子”という感覚が抜けないらしい。北の砦のような寒い辺境の地で不自由していないかと心配になるようだ。特に冬を無事に乗りきれるか不安らしく、毎年初春には『生きているか?』という手紙が届く」
仕方ないなというように、支団長さんはほほ笑みながらため息をついた。
家族に愛されているんだね、と私まで心がほわほわする。
「家族の事は置いておいて……殿下の言葉は無視できない。殿下を支えるというのは、俺の最終的な目標でもあるしな。だからいつかは王都に戻るつもりだ。ミルと離れるのは…………駄目だ、辛すぎるからこれは考えないようにしているんだ……。だがいつかは、俺は俺の目標を達成しなければならない」
「それっていつ? 何年ご?」
しゅんとしながら支団長さんに鼻先を寄せる。移動術で自由に支団長さんのところに行けるように、急いで練習しなければ。
支団長さんは静かに笑って「まだ分からないな」と言った。
「だが最初に言ったように今は王都に戻るつもりはない。殿下の近衛をするには実力不足だからな。ここで自分を鍛えたいんだ。グレイルを超える……というのは難しいかもしれないが、せめて互角に渡り合えるくらいまでにはなりたいしな。王都に戻るのを考えるのはそれからだ」
「せきがんのきし?」
何故ここでその名が出てきたのだろうと首を傾げたが、支団長さんの照れ臭そうな顔を見て気づいた。
北の砦にいる他の多くの騎士と同じように、支団長さんも隻眼の騎士の強さを目標にしているのだ。
そして自分の実力を測るための一つの指標にもしている。
隻眼の騎士と肩を並べられたと思った時に、支団長さんは自信を持って王都に帰れるのかもしれない。
「今の話は秘密だぞ」
私の口の緩さに不安を抱いたらしい支団長さんが、慌てて口止めしてきた。
「まかせて! じゃあ、しだんちょうさん、今回の話はちゃんとことわってくれるの?」
しゃがんでいる支団長の膝に前足をかけて立ち上がると、支団長さんは私を安心させるように頷いた。
「ああ。殿下にも、父や兄にも、そしてサーレル隊長や団長にもそう伝えるつもりだ」
支団長さんはぐりぐりと私の頭を撫でる。
団長さんというのは騎士団で一番偉い人――つまり総帥の事だ。
その人は今、王子様から支団長さんに宛てられた書状を持って、この北の砦に向かってきているらしい。着くのは今日の夕方頃だとか。
だから支団長さんは、ここに残りたいという意志をまずは団長さんに伝えるという。
「だんちょうさん、聞いてくれるかな?」
「おそらくな。俺が王都ではくすぶっていたのを知っているから」
自嘲しながら控えめに笑う。
うーん、どうも支団長さんだけでは心配だな。押しが弱そうだし。
団長さんは明日も砦に滞在するそうなので、私からもこの砦の支団長を変えないようにお願いしなければ。
と、勝手に決意をしたその日の夜。
住処のほら穴の中で寝る準備を整えていると――寝床には枯れ草をたっぷり敷いているのだが、それを寝心地がよくなるように“ならす”のが私の日課なのだ――母上はわざわざ人の姿になって、私に向き直った。
「ミルフィリア、少し話がある」
真面目な声音でそう言われた時、私は思った。
このセリフ、前にも聞いたなと。
そう、あれは一ヶ月間のお留守番を言い渡された時だった。
(嫌な予感しかしない……)
一体今度は何をさせられるのだろう。また母上は王都に行ってしまうのだろうか。
そんな事を思いながら、私は不安たっぷりに母上を見上げた。
「なぁに……母上?」
『そなたには、これからしばらく一人で留守番をしてもらわなければならなくなった』
確か前は、そんなふうに話を切り出された。
一日以上のお留守番というのは初めてだったから、すごく不安に思ったのを覚えている。
だけど今は、たとえ一ヶ月のお留守番を言い渡されても耐えられる。私の小さな世界にいるのは母上だけじゃなくなったから、隻眼の騎士たちや父上、クガルグと遊んでいれば寂しさを感じずに過ごせるだろう。
さあ、また一ヶ月のお留守番か、それとも二ヶ月か、もう三歳だからいくらでも……いや、やっぱり二ヶ月はちょっと辛いかな。そんなに母上と会えないなんて寂しすぎる。うん、二ヶ月は無理。一ヶ月半なら何とか――
などと一人で考えている中、母上は静かに口を開いた。
「そなたに頼みがある。明日から王都へ一人でおつかいに行ってほしいのじゃ」




