ミルの脳内絵日記 冬
※注意:絵日記風なので、イラスト多用。
人間の顔は映らないように描きましたが、イラスト苦手な人は読まない方が無難です。
(イラストありきで文章を書いたので、挿絵非表示での閲覧は推奨しません)
今日は平地に初雪が降った。
雪は砦の訓練場をうっすらと白く染めただけですぐに止んでしまったが、これからまた冬が始まるんだと思うと嬉しい。
昨日と打って変わって今日は温かな日だった。
日中は日差しが強く、昨日わずかに積もった雪も融けて、泥へと変わってしまった。
地面が最悪のコンディションなので、砦の中で遊ぶ事にする。隻眼の騎士とタオルの引っ張り合いっこしよう。
前からの疑問。
母上に運ばれる時は首の後ろを噛まれるんだけど、そうすると何故か全身の力が抜けてしまうんだよね。手足がプラーン、てなっちゃう。
不思議だなってずっと思ってたけど、最近その理由が解明できた気がする。
運ばれてる時に動いちゃうと落っこちたりして危険だから、首の後ろを噛まれたら自動的に力が抜けるようにできてるのだ、きっと。
本能ってすごいなぁ。
ちなみに父上が私を運ぶ時は、このスタイルが多い。口の中に入れられるのだ。
間違ってうっかり呑み込まれるんじゃないかと、毎回ドキドキするから止めてほしいんだけど……。
人間の手って素敵だ。
私みたいにふにふにの肉球はついてないけど、その温かな手で包み込むように頭を撫でられると、気持ち良くってとろけてしまう。
ティーナさんや支団長さんは指が細く、撫で方も優しくて繊細だ。
けど、大きくてごつごつしてる隻眼の騎士の手も大好き。目の前にあると、思わず自分から擦り寄ってしまう。
砦に遊びに行ったら、ティーナさんが手作りのウサギのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
彼女はあまり裁縫が得意でないらしく、縫い目は粗かったし、ウサギの顔は可愛くなかったが、とても嬉しい。さっそく口にくわえて思い切り振り回した。楽しい!
ウサギの長い耳や手足に噛みついて、胴を手で押さえ、ぐいぐいと引っ張るのも良い。
ティーナさんは添い寝用としてぬいぐるみをくれたらしく、私の激しい遊び方に最初は焦っていたが、「ミルちゃんが楽しいなら何でもいいよ」と諦めてくれた。ありがとう。では、遠慮なく。
一日と持たず、ぬいぐるみの首が取れた。
ティーナさん、ごめん……。
ティーナさんは、「もっと裁縫の腕を磨いて、ミルちゃんの激しい遊びに耐えられる物を作れるようになったら、またプレゼントするから待っててね!」と言ってくれたものの、ウサギのぬいぐるみを壊してしまって、私はしばらく意気消沈していた。
すると、ある日支団長さんに呼ばれ、何かと思ってついていくと、こっそりと人形を差し出された。陶器で出来たビスクドールだ。
王都の職人に作らせたらしく、着ている桃色のドレスや、靴下や靴にも一切手が抜かれていない。
そしてもちろん、人形自体も精巧にできている。人間の幼児のリアルな顔つきに、魂が宿っているかのような美しい青い瞳、輝く金髪の巻き毛……。
……支団長さん、違う……違うんだ。
私が欲しい人形は、こういうんじゃないんだ……。
誰かが木に果物をさして餌付けしているせいか、砦の西側にある小さな庭にはよく小鳥がやってくる。
そこから上を見れば、隻眼の騎士や支団長さんの執務室の窓が見えるので、皆が仕事中で忙しい時は、私もよくここで暇をつぶしている。仕事が終われば、隻眼の騎士が窓から声をかけてくれるしね。
今日もそこで昼寝をしていたら、いつの間にか小鳥たちが集まってきていた。私の毛皮に埋もれて同じように休んでいたのだが、面倒なので特に追い払う事はせずにそのまま惰眠をむさぼる。
とそこに、勤務中の騎士たちがたまたま通りかかり、私と小鳥を見るなり、気の抜けたような顔をしていた。
私たちのこの呑気な姿に、仕事へのやる気を奪われたのだろう。
立ち止まっている人間の、脚と脚の間に体を突っ込むのが好きだ。この位置、なんだか安心するのだ。
なので、よく隻眼の騎士の脚の間に陣取っている私だが、隻眼の騎士は若干困っているような気がしないでもない。
昨日の晩にどっさり降ったらしく、今日は平地にも大量の雪が積もっていた。これはしばらく融けないぞ。
砦の皆が雪かきに精を出しているのを尻目に、私はテンション高く、雪の中を走り回る。
たーのしーい!
キックスが1時間かけて作った雪だるまの上に飛び乗ろうとしたら、跳躍力が足りず、前足で頭を蹴り落としてしまった。
私に蹴られた雪だるまの頭は、地面に落ちて無惨に壊れた。
キックスが「力作だったのに」と落ち込んでいた。ごめんって。
「プレゼントがある」と支団長さんにひっそり拉致され、戦々恐々としていたら——前にプレゼントされたビスクドールは持て余しているのだ。噛んだら呪われそうだし——、今度は人形ではなくドレスを頂いてしまった。
ペット用のちゃちなものではない、ビスクドールとお揃いの、可愛らしい桃色のドレスだ。この前、支団長さんに撫で回されつつも色々と体のサイズを測られたのはこれのためだったのか。
あんまり服やドレスに興味はなかったのに、上品なレースや凝った刺繍には私も思わず胸をときめかせる。一応女の子ですからね。
ワクワクしながらいざ着せてもらうと、オーダーメイドなだけあってぴったりと私の体に合ったのだが、しかしぴったりすぎて身動きが取りにくかった。
足が動かし辛く、少し窮屈だ。
何だかすごくテンションが下がる。服って苦手かも。
支団長さんの気が済むまで愛でられた後、砦の皆にも私のドレス姿を見せたら「似合ってる」と褒めてくれたのだが、私のテンションは上がらないままだった。
裸が一番いい。
年中モフモフな私だが、冬になるとさらにそのモフ度が増すようだ。自分じゃよくわからないけど、皆にやたらモフモフされるから。
私の毛皮なのに、私がその気持ち良さを体感できないのって不公平だと思います!
この前私が支団長さんから貰ったドレスは、決して安物ではないはずだ。使われている布地が少ない分、人間の物より値段は下がるにしてもね。
けれど私はあれ以来、貰ったドレスを着ていない。支団長さんからの期待のこもった視線を感じてはいたが、気づいていない振りをした。
だって服って、体が拘束されてる感じがするのだ。自由じゃない。
ドレスを見せると途端にしっぽを下げる私の様子を見て、支団長さんも無理強いはしてこなかった。
けれど彼は完全に諦めた訳ではないらしい。
今度は可愛いショールをプレゼントされたのだ。そんなに色々買ってくれなくていいよ。
けど、このショールは私もちょっと気に入ってる。可愛いけれどデザインが上品で幼すぎないし、なんたって手足の動きを邪魔されない。
寒さはほとんど感じないから、服とか防寒具とかいらないんだけど、支団長さんが喜ぶからまぁいいか。たまに着てあげよう。
クガルグが雪山に遊びに来ると、最初はいつも恐る恐る雪の上を歩いてる。もう何度も雪と接してるはずなのに。
不自然な動きで足を持ち上げ、つま先で歩いたりしながら、何とか雪との接触面を少なくしようとしている。一面の銀世界での、無駄な努力。
クガルグのその動きを見てると、前世にいたある生物を思い出す。砂漠に住むトカゲだかヤモリだかで、砂が熱過ぎるからずっと足をつけていられず、交互に持ち上げて面白いポーズを取るのだ。
クガルグの場合、しばらくすれば慣れて普通に雪の上を走り出すんだけどね。
雪に慣れると、クガルグは元気になる。
力も強いし、一緒にプロレスごっこをしていても私は負けっぱなしだ。
それでもクガルグなりに力の加減をしてくれているので怪我をさせられた事はないが、遊んでいて興奮してくると、ちょっと危険になる。
甘噛みとはいえ喉元に噛みつかれたり、体の上に飛び乗られたりするのだ。
なので私は、クガルグが興奮してきたと思ったら、すぐに降参ポーズをとるようにしている。
腹を見せられたら、もうそれ以上攻撃はできない。それがルールだから。
遊びが盛り上がってきた良い所で私が降参ポーズを取ったりすると、クガルグはピタリと攻撃を止めつつも、この上なく不満そうな顔をする。消化不良なんだろう。
けれど私は自分の身を守るため、この降参ポーズは使い続けるつもりだ。プライドなど一切ない。
そちらの方が楽なので普段はずっとキツネの姿でいる私だけど、たまに人型をとると、隻眼の騎士と手を繋ぎたくなる。
肉球付きの前足じゃ、お手くらいしかできないからね。
隻眼の騎士の指をぎゅっと握って、置いていかれないように廊下を歩く。
久しぶりに山で野生のキツネを見た。本物のキツネだ。
毛は私のような白銀ではなく、黄色と茶色の間のような、まさしくキツネ色だった。美味しそう。
細い手足の先は黒っぽく、目つきは鋭くてかっこいい。
というか、キツネってあんなにシュッとしてたっけ?
……私が丸過ぎるの?
今日は父上が湖に連れ出してくれた。泳ぐ父上の頭の上に乗って、美しい景色を楽しむ。
巨大な蛇の上にちっちゃいキツネが乗って湖を移動するなんて、客観的に見るとだいぶシュールな光景だな。
今日は母上と一緒に人間の王様たちのところへ行った。母上はお城へ行く時はいつも人型だけど、私はキツネの姿のままついて行く。人型になるのって、少し疲れるのだ。
王様たちの前へ出るのは相変わらず緊張するので、母上の陰に隠れてじっとしている。王様たちも護衛の騎士さんたちも、ちらちらとこっちを見てくるので落ち着かない。しかも皆美形っていうのかな、キラキラした人が多いから尚更だ。
騎士さんたちは、北の砦の皆より洗練されているというか、荒々しくないというか、品があるというか……「ああ、騎士って本来はこういう感じだよね」っていうのを思い出させてくれる。
いや、私は砦の皆の方がかっこいいと思うけどね! ほんとだよ!
母上は王様と大事な話があるとかで別室に行ってしまい、私ひとり迎賓室に残されてオロオロしていたら、同じく部屋に残っていた一番上の王子さまが優しく話しかけてくれた。
なんでも王子さまは、我が心の友、支団長さんの幼なじみらしいのだ。この事実には私もびっくりした。支団長さん、友達いたの!?
支団長さんが独りぼっちでなかった事に、なんだか涙が出そうになった。よかったよかった。
そして支団長さんの友達だと言われると、途端に王子さまにも親近感が湧く。友達の友達は、友達だもんね。
まだ完全に緊張はとれないけど、ケーキも分けてもらって仲良くなった。
久しぶりに食べたケーキにほっぺが落ちそう。
黒いインクを見ると心拍数が上がる。
今ではもうすっかり綺麗になった前足を、条件反射のように舐めてしまう。
ドキドキ。
キックスのしょうもない一発ギャグに利用された。
ぜったいにゆるさない。
訓練場で隻眼の騎士が部下たちを指導している間、私は邪魔にならないよう端の方で大人しくしていたけれど、壁に立てかけられた剣にふと目がいった。
それはさっきまで訓練に使われていたのだが、古い物だったらしく、打ち合いの衝撃に耐えられず二つに折れてしまったのだ。もう使い物にならないので、端に除けられているのである。
訓練場の中央では、騎士たちが真剣な表情で打ち合いを続けている。隻眼の騎士も厳しい目でそれを監督していて、こちらに注意は払っていない。
私はそっと折れた剣に近づいた。訓練用のものなので刃は潰されているようだ。
だったら、危なくないかな?
立てかけられていた剣を軽く前足で押して、雪の上に倒す。持ち手の部分を口にくわえて、持ち上げてみた。重いな!
皆、いつもこんな重い物を振り回していたのか。すごい!
折れた剣をくわえて遊んでいたら、隻眼の騎士に見つかって怒られた。
今まで優しく注意された事はあっても、こんな風に厳しい口調で叱られた事はない。
でも隻眼の騎士が怒るのはもっともだ。騎士にとって大事な剣をおもちゃにしたのだから。
泣きそうになりながら何とか声を絞り出して「ごめんなさい……」と謝って、その日はすぐに山の上の住処に帰った。
今日は砦へは行かず、母上のパトロールについて行った。
隻眼の騎士、まだ怒ってるかな……。
今日も砦へは行かず、クガルグと一緒に父上のところへ遊びに行った。
初めて父上の姿を見たクガルグが面白いリアクションをしたのに、私は上手く笑えなかった。
今日は砦へ行ってもう一度隻眼の騎士に謝ろうと思ったけど、やっぱり勇気が出なかった。山のふもとの湖が今冬初めて凍っていたので、そこで遊ぶ。
心がモヤモヤして、ちっとも楽しくなかった。
翌日、意を決して隻眼の騎士に会いに行った。
隻眼の騎士は執務室でお仕事中で、足下に現れた私に気づいてもらえなかったので、緊張しながらきゅんきゅんと鼻を鳴らして前足でブーツを控えめに引っ掻く。
心臓が爆発しそうだったけど、隻眼の騎士は私を見た途端心からホッとしたような顔をして、「もう来ないかと思った」と言いながら優しく抱っこしてくれた。
「きつく言い過ぎたな、悪かった」と頭を撫でられた途端、私の心の堤防は決壊した。隻眼の騎士が私を嫌ってない事がわかって安心したのだ。
ぼろぼろと涙を零しながら「ごめんなさい」を繰り返すと、隻眼の騎士は「もういい」と困ったように笑った。
うわーん、仲直りできてよかったー!
隻眼の騎士は私が“大事な”剣をおもちゃにしたからではなく、“危険な”剣をおもちゃにしたから怒っていたらしい。つまり、私が怪我をする事を心配して叱ってくれたのだ。ほんとに、ごめんなさい。
その日は母上に許可を貰って隻眼の騎士の部屋に泊まり、心ゆくまで甘えた。ふふふ。
三日間砦に来ていなかったので、隻眼の騎士と仲直りした後、またもや支団長さんの救済を頼まれた。
支団長さんも今回の事の成り行きは知っていて、心配していてくれたみたい。ごめんね!
アザラシのギャグのイラスト、
「以てる」になってますが、「似てる」の間違いです。
教えてくださった方々、ありがとうございました。




