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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第一部・はじめてのおるすばん

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番外編「保護者がいっぱい・その2」

 クガルグは真っ赤な炎と共に、獣の姿で現れた。

 黒く艶やかな皮毛と燃えるような紅い瞳は、雪の積もった銀世界ではひどく目立つ。たまたま着地した所が除雪されていない訓練場の端だったので、一瞬雪に埋もれてあわあわしながらこちらに這い出てきた。ちょっとやそっとじゃ消えないだろうに、しっぽを高く上げて、その先で常に燃えている小さな炎を何気に庇っているのが可愛い。


「ミルフィリア!」


 男の子らしい元気で強気な声で、クガルグは私を呼んだ。が、次には目を丸くして、人の姿をしている私を凝視する。


「ミルフィリア……だよな?」


 周りにいる砦の騎士たちは突然の可愛い来訪者にざわついていたが、私は取りあえずクガルグの相手をする事にした。

 実はクガルグは、去年王都で初めて会って以来、週に2、3回はスノウレア山に遊びに来ているのだ。炎の精霊であるクガルグは明らかにこちらの寒い気候に馴染んでいないのだが、私の前ではやせ我慢しているようだ。

 特に用事がなくとも、しょっちゅうこっちへ来ているので、前に一度「ほんとうは寒いのつらいんでしょう? どうして無理して来るの?」と訊いたら、いつもは強気なクガルグがちょっと涙目になって、「だっておれが来ないと、ミルフィーからは来てくれないじゃんか……」と寂しげに言われたのには、不覚にもキュンとした。キュンとしたけど、やっぱり私からクガルグの元へは行かない。だって南へ行ったら、その暑さと、ホームで元気百倍のクガルグに殺される気がするんだもの。クガルグの方が本来は強いし腕力もあるから、遊びのじゃれ合いでこっちは死んでしまう。


「そう、私だよ! 人間のすがたになれるようになったの」


 キックスにぶつけるつもりだった念のこもった雪玉を捨て、クガルグに近寄る。先を越された事が悔しいのか、クガルグは「ふーん」と言いながら面白くなさそうな顔をした。やっぱ男の子はそういうの気にするのかな?


「でも別に、おれはこの姿でじゅうぶん強いし」


 別に何も言ってないのに、むっとした顔のままクガルグが言う。子どもらしい見栄の張り方でとてもほほ笑ましい。


「何、あの子! 目つき悪い! 素直じゃない! かわいい!」


 ティーナさんも後ろの方で、ちっちゃな黒豹に悶えているようだ。

 と、その声に気づいたクガルグが私から目を離し、今やっと気づいたみたいに砦の騎士たちに注目した。とりわけ私の一番近くにいた隻眼の騎士を、鋭い目つきで睨みつける。勇気あるなぁ。


「そいつら、だれ? 人間?」

「そう、みんないい人たち。私のともだち」


 というか、保護者というか何というか。

 私の回答に、これまたクガルグは「ふーん」と面白くなさそうな顔をした。


「この人は、せきがんのきし」


 隣にいた隻眼の騎士の手を握って紹介すると、クガルグは眉間の皺をさらに深くした。


「別に紹介しなくていい。おれ、そいつらと仲よくしないし」


 その言葉に精神年齢子どもなキックスは「なにぃ?」と苛立っていたが、他の皆は全く怒っていないようだった。むしろツンな子黒豹にニヤニヤしてる。

 けれど私はちょっと焦った。隻眼の騎士をはじめ砦の皆にはいつもお世話になってるし、失礼な態度は取ってほしくなかったのだ。それに砦の騎士の皆にも、クガルグに悪い印象を持ってほしくなかった。なんだかんだ言って、私は同じ精霊の子どもであるクガルグに仲間意識を持ち始めているのかもしれない。

 私はクガルグに駆け寄ると、その後ろに回り込み、体を抱え上げた。


「ほら、そんなこと言わないで、みんなにあいさつしようよ」


 クガルグの体は結構重かった。脇の下に手を入れて持ち上げるので精一杯。しかし体温高いなぁ。


「うわっ!? やめろよッ!」


 私に抱っこされた事にびっくりして、クガルグはばたばたと暴れまくった。私の手から逃れると、耳を神経質にピコピコ動かしながら、羞恥心に満ちた顔つきでこっちを睨みつけてくる。


「あ、ごめん」


 人型と獣型とはいえ、女の子に抱っこされるなんて恥ずかしかったのかもしれない。短い毛に覆われたクガルグの頬が、気のせいか真っ赤になっている気がした。プライドを傷つけたかも。男の子って面倒くさ……いやいや、悪い事しちゃったな。


「今日はもう帰る……」


 どこか気落ちした様子のクガルグは、珍しく小さな声で呟いて、南へと帰っていった。

 ……な、なんかごめん。



 ***



 それから一週間後、私が人化して砦へと遊びに来ている時に、再びクガルグはやってきた。その時は隻眼の騎士たちと食堂にいたのだが——午前中に訓練などで体力を使った日は、お昼ごはんも食べるらしい——、すぐ隣で炎の気配を感じて振り向けば、私より僅かに背の高い3歳くらいの男の子が立っていたのだ。

 褐色の肌に黒髪短髪、炎のように揺れる紅い瞳は美しいけど、目つきはすこぶる悪い。服装はアラビア風で、頭の上には黒豹の丸い耳が、そしてお尻からは長いしっぽが生えていて、その先端で炎が燃えていた。


 うん、これは間違いなくクガルグだ。人化出来るようになったんだ。私に先を越されたのがやはり悔しかったのかな。

 クガルグはドヤ顔で腕を組んでこっちを見ているが、この一週間で必死に人化出来るように練習したんだろうと思うと生温い笑みを浮かべてしまう。かわいい。

 けれど私と同じく獣の耳としっぽは出ていて、変身は完璧じゃない。それもかわいい。あざとい。


「どうだ! おれだって人の姿になれたぞ! ぜんぜん簡単だった」

「わぁ、すごいね」


 私は一応彼より精神年齢が上なので、ここで「嘘をつけ」などと大人げない突っ込みはしない。したって、クガルグの機嫌を損ねてややこしい事になるだけだし。

 純粋なクガルグは私の言葉を素直に受け取って満足げだ。

 しかし改めて私を見た彼は、すぐにその表情を歪めた。眉間に皺を寄せ、鋭い目つきをもっと鋭くさせて、あからさまに不機嫌な声を出す。


「ミルフィー、なんでそんなとこ乗ってるんだよ」

「なんでって……」


 実は私は今、隻眼の騎士の膝の上に座らせてもらいながら、一緒にサンドイッチを食べていたのだ。それを何故かと訊かれれば、幼児用の椅子がなかったからと答えるしかない。普通の椅子に座るとテーブルが高過ぎるから。


「おりろよ」


 クガルグは苛立ったように、長いしっぽの先で床を叩いている。


「でも、まだ食べてるし……」


 かじりかけのサンドイッチを両手で持ったまま、私は困って固まった。クガルグってば、食事の真っ最中にやって来るんだもんな。

 私が動かないと分かると、クガルグは次に隻眼の騎士を睨みつけて言う。


「おまえ、ミルフィリアをおろせよ」


 あわわ、隻眼の騎士に「おまえ」とか言わないでよぅ。どうしてそんなに喧嘩腰なの。

 助かったのは、隻眼の騎士が余裕のある大人だった事だ。クガルグの失礼な態度にも気分を悪くした様子もなく、それどころか相手が幼児だと分かっているので、むしろキックスなどに話しかける時よりちょっと優しげな声で答えた。


「ミルの食事が終わったらな」


 しかし子ども扱いが気に入らなかったらしいクガルグは、さらにヘソを曲げてしまった。ちっちゃな牙を剥きだしにして、隻眼の騎士に食って掛かる。


「おまえ、ミルフィーの何なんだよ!」

「……保護者のようなものじゃないか?」


 喚くクガルグとマイペースな隻眼の騎士、そしてサンドイッチ持ったままおろおろする私。

 ちなみに食堂にいる他の騎士たちは、「鉄人VS生意気な子ども」という愉快な対決を見守る態勢に入っていた。絶対面白がってる。

 そしてクガルグは隻眼の騎士にさらに詰め寄る。


「ほごしゃって何だよ! ミルフィーはおれのなんだぞ!」

「な、な、なんの話をっ……」


 動揺して舌を噛んだ。痛い。一体いつから私はクガルグのものになったというのだ。

 鏡を見ずとも、自分の頬がカァァと赤く染まっていくのが分かる。人化していると赤面しているのが一発でバレちゃう。


 よく私に会いに来てくれるし、クガルグに好かれているのは何となく分かってた。けど、隻眼の騎士たちがいるところでそういう発言はやめてほしい。父親やお兄ちゃんの前で告白を受けている気分だ。めちゃくちゃ恥ずかしい!


 けれど私が恥ずかしがっている間に、食堂の空気は一変していた。面白がって展開を見守っていたはずの周りの騎士たちが急に真顔になり、今までクガルグがどんなに失礼な事を言っても怒らなかった隻眼の騎士がその右目の眼光を鋭くし、迫力満点にクガルグを見下ろし、言った。


「“おれの”……とは?」


 ひひひ低い。声が。すごい低い。


「だ、だから……」


 さすがのクガルグも食堂の不穏な空気を感じて、言い淀んだ。隻眼の騎士の威圧を受け、しっぽがちょっと丸まっている。

 けれど私にじっと見られている事に気づくと、クガルグは気を取り直して、隻眼の騎士に噛みつくように大声で叫んだ。


「ミルフィリアはおれの“つがい”になって、子どもを産むんだっ! だからおれのなんだ!」


 寝耳に水のクガルグの宣言に、しかし私は否定する間も恥ずかしがる間も与えられなかった。

 私を膝に乗せている隻眼の騎士が、背後からぴしゃりと言い放ったからだ。


「ないな、それは。俺の右目の黒いうちは、ない」


 断定である。

 私の意見など丸きり無視して——今のところクガルグと番いになる気はないからいいんだけど——言い切った。

 しかもその声音があまりにマジだったため、クガルグも言い返す事が出来ずに耳としっぽの毛を逆立てるのみだ。

 私の位置からは隻眼の騎士の表情が見えなくてよかった。きっと冗談とか一切通じなさそうな、すごい恐ろしい顔してるんだろうな。

 いつもは割とおちゃらけている他の騎士たちまでも、今はその顔から一切の笑みを消して口々に言う。


「クガルグ、だったか? 俺たち全員を倒すくらい強い奴でないと、ミルは嫁にはやらねぇぞ」

「出直して来い。百年早ぇ」

「いや、千年早い」


 私の婚期が勝手に延びていく。

 大人げなく幼児を脅す騎士たちだが、コワモテ軍団はじめ元々凶悪な顔つきの人が多いし、図体もでかいので迫力は満点だ。

 いつもは強気のクガルグも、やはりまだ子ども。大人の本気に恐れを抱いたらしく、ちょっと涙目になりながら、


「お、おまえたち全員を倒すくらいかんたんだ! おれは強いんだからな! でもミルフィリアと“つがう”のは別に大人になってからでもいいから、今はおまえたちを倒さないでおいてやる!」


 という強がりを言ってから、体を炎に変えて逃げるようにかき消えた。

 だ、大丈夫かな。うちに帰って泣いてないかな。サンドイッチ食べたら、移動術使ってクガルグを慰めに行ってあげよう。そりゃ、この砦の騎士たちに凄まれたら恐いよ。

 ちょっとだけ責めるような目をして、私は背後の隻眼の騎士を見上げた。隻眼の騎士はバツの悪そうな顔をする。


「……悪かった。ちょっと大人げなかったな。また砦に遊びに来いと、クガルグには言っておいてくれ。その時に今日の事は謝る。——が、番うとか、そういう話はまた別だからな。有り得ない」


 話の前半と後半で、声のトーンが変わったんですけど。というか『有り得ない』というのは私たちがまだ子どもだからという意味で言ったのか、それとも私を一生嫁にやる気がないのか、どっちなのか。どうか前者の意味であれ。


「みんなも、クガルグおどさないでね。仲よくしなきゃだめだよ」


 隻眼の騎士から周りにいる砦の騎士たちに視線を移して言うと、皆とぼけた顔して明後日の方向を向く。こら、聞いているのか。

 この場にティーナさんがいない事が悔やまれる。彼女なら私の味方になってくれただろう。あとで言いつけてやる。


 しかし保護者的な人が多いと、将来恋人とか出来た時に大変かも。と、早くも私は危機感を覚えた。

 まずは母上に報告して、隻眼の騎士の許しを得て、友達である支団長さんの意見も訊かないとだし、今日の様子じゃ砦の騎士たち皆も口出ししてくるだろうし、水の精霊である実の父親も意外に過保護だからちゃんと紹介して——


 まだ恋人なんて作る気ないけど、考えただけで……うーん、頭がイタい。


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