番外編「父上」
私は今世の父親の顔を知らない。
生まれた直後の事はちょっとあやふやなんだけど、生後1、2週間で前世の事とかも思い出したし、『私』という人格も形成され、記憶もしっかり残っている。
けれどいつも私の側にいて、育て、守ってくれていたのは母上だけ。山を下りて隻眼の騎士たちと出会うまで、私の世界は主に母上と雪で構成されていたのだ。
今まで不思議と父親の事を気にした事もなかった。母上が全くその話題に触れなかったから。
かといって、話したくないから触れないという地雷でもなさそうで、本当にまるっきり気にしていない、あるいはそんな存在などはなからいないかのような感じだった。
なので私も人間的な考えは捨てる事にしたのだ。つまり『男と女がいて、そういう行為をした結果、子どもが出来る』という常識は、精霊の子づくりには当てはまらないのだと。
精霊は一人でも子どもを生み出す事ができる。それが精霊として1年とちょっと生きた私が出した結論だった。
生まれた瞬間の事は覚えてないけど、空から母上の手の中に落ちてきた雪に、母上が自分の力を与え、私という存在が出来上がった、そんなファンタジーなイメージを抱いていた。
しかし、である。
この前母上と一緒に王都へ行った時の、炎の精霊さんの“あの発言”。
『“水”との子か? 俺との子づくりは断ったのに!』
確かに彼はそう言っていたし、母上もそれを否定する事はなかった。
“水”というのは、水の精霊の事だろうか。私の父上は水の精霊?
「ははうえ、わたしのちちうえ、誰?」
眠る間際、住処の中で意を決して母上に聞いてみる。母上は今は白銀の美しいキツネの姿だ。毛は私ほどモファっとしておらず、サラサラしている。
そのサラサラの胸毛に体をうずめながら尋ねる私に、母上は険しい顔をした。
「そなたの親は妾ひとり。父などおらぬ」
「……でも、ほのおのひと言ってた。“みず”のとの子って」
「覚えておったのか」
少し驚いたようにそう呟くと、母上は結構あっさり教えてくれた。
「ここから南東の方角へずっと行くと、そこには水の精霊が住んでおってな。確かに妾はそやつと番うて、そなたを生んだ」
それから母上は私の疑問に答えながら、精霊の子づくりや育児の話をしてくれた。眠る前に幼児が聞く話としては、ちょっとどうかという話題だが。
それを私なりにまとめると、精霊が子どもを作るには、やはり人間と同じような手順を踏む必要があるようだ。一人で生み出す事は出来ないらしい。
それで、そろそろ子どもが欲しいと思っていた母上は、雪の自分と性質の合う水の精霊さんと番って——この場合の『番う』は、夫婦になるとか言う意味ではなく、一夜を共にするっていうだけの事みたい——、私をお腹に宿した。
んじゃ、私ってば雪と水の精霊のハーフだったの? と思ったが、どうもそれも違うようだ。
人間の子どもは父と母両方の遺伝子を受け継いで生まれてくるが、精霊はどちらか一方の性質しか受け継がない。私はたまたま母上の雪の性質を受け継いだが、水の性質を持って生まれてきた可能性もあったという。
そしてもしそうなっていれば、私は水の精霊の元に引き取られ、彼の跡継ぎとして育てられる事になっていたのだ。生まれてすぐに母上と別れて。
で、今回の場合子どもを欲しがっていたのは母上の方なので、第一子である私が“水”だったなら、もう一人子どもを産んで、その子を跡継ぎにしたとのこと。第二子は、必ず第一子とは違う性質を持って生まれてくるらしいから。
ちなみにすでに跡継ぎのいる精霊と母上が番った場合、百パーセント雪の性質を受け継いだ子が生まれてくるようだ。精霊は一人しか子を持てないんだって。
母上の話を聞いていると、水の精霊さんとの間に恋愛感情は全くない様子。もちろん嫌ってもないみたいだけど。
夫婦という概念が、精霊には無いのかなぁ?
「わたし、ちちうえに会ってみたい」
母上を見上げてそう言った。
別に、会って何をしたいという事でもないんだけども。水の精霊さんに父親らしい事をしてほしい訳でも、可愛がってほしい訳でもない。ただ、どんな人なのか気になるだけ。単なる好奇心だ。
母上が何だか不安そうな顔をしていたので、拙い言葉ながらも、その辺をよく説明しておいた。私は母上の元から離れるつもりはないよー、と。
その結果、母上からは曖昧な許可がでた。
「気になると言うのなら、一度くらい会わせてもよいが……。いずれにせよ明日以降の話じゃ。今日はもう眠るがよい」
母上に頭を舐められると、面白いほど簡単に睡魔が襲ってきた。くあぁ〜、と顎が外れそうなほど大きく口を開けて、あくびを一つ。幼児だからか、急に眠気がやってくる。そして一旦「眠い」と思い始めれば、もう他の事は考えられない。目をつぶれば3秒で眠れる。3、2、1……
「では、行ってくるでの。いい子で留守番しているのじゃぞ」
翌日、日が高く昇ってから、母上はキツネ姿のまま住処のほら穴を出ていった。このスノウレア山をはじめ、ここら辺一帯の山々をパトロールしに行くのだそうだ。精霊のお勤めご苦労様です。
「砦の騎士たちのところへ行ってもよいが、必ず日が暮れる前には帰ってくるのじゃぞ」
「はーい」
いい返事をして、去って行く母上の後ろ姿を見送る。
昨夜は父上に会わせてもいいと言っていた母上だが、今日その話をすると、のらりくらりとかわされた。やっぱり本音では、あまり会ってほしくないのかな。私が父に懐くのを心配しているようだ。最近では隻眼の騎士の事もライバル視してるからね、母上。
今夜辺り、べたべたに甘えまくって母上を安心させてあげなくては。子どもも気を遣う。
しばらくして留守番に飽きた私は、砦に遊びに行こうと移動術を試みた。コツは隻眼の騎士の姿を強く思い浮かべる事。
母上は『場所』を目指して移動する事もできるようだが、私はまだ『人』を目指してしか飛んでいけない。というか、今のところは隻眼の騎士と母上の所にしか行けなかった。
けれど、試した事はないが、炎の精霊さんやクガルグの元へは移動できるかもしれない。私が精霊だからか、同じ精霊の存在は感じ取りやすいのだ。「大型肉食獣の子ども萌えー!」などとちっちゃな黒豹のクガルグの姿を思い浮かべていると、うっかりそのまま移動してしまいそうなほど。
ちなみに私が攫われたと思って母上が猛吹雪を起こした時、なぜ母上は私のところへ移動術を使ってやってこなかったかと言うと、砦の中にある温泉の火の気に邪魔されて、私の存在を感じ取る事ができなかったらしい。
私が砦の隻眼の騎士のところへ行く時は、探ればちゃんとその存在を感じ取れるんだけど、それは彼が普通の人間だからだろう。その性質が火の気にあまり影響されないから。
隻眼の騎士、隻眼の騎士……。
私の移動術は完璧ではない。集中して目標の人物の事を考えないと成功しないのだ。
けれど今日の私は注意力散漫だった。
隻眼の騎士、隻眼の騎士、父上、隻眼の騎士……というように、自分の父親の事が気になるあまり、集中できない。隻眼の騎士の事を思い浮かべていても、姿も知らない父上が割って入ってくる。
今は父上の事は考えちゃだめ。
しかしそう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど逆効果で、私の脳内は父上に乗っ取られた。
隻眼の騎士、父上、父上、隻眼の父上……父上、父上、父上、父上……
気がつけば、私は美しい湖岸に立っていた。明らかにさっきまでいた雪山の住処とは景色が違う。スノウレア山にも小さめの湖はあるが、そことも違うようだ。
気温はおそらく人間にとっては寒いと感じるほどだろうが、私には少し暖かい。雪はなく、周囲は森に囲まれていて、その木々には濃い緑色の葉がたっぷりと生い茂っていた。雪山ではこんな多くの緑は見られない。
目の前の湖はとても大きく、霧がかっている事もあって対岸が見えない。澄んだ水はエメラルドグリーンに輝いていて神秘的だが、水深が深くなるにつれその色も濃くなっていき、何が潜んでいるか分からない不安感を煽られる。これだけ広い湖なのだ。ネッシー的な怪物がいてもおかしくない。
見知らぬ場所に突然移動してしまい、私はしばし途方に暮れた。が、冷静に母上の存在を探ってみると、だいぶ離れたところではあるが発見する事ができた。移動術ですぐに母上の所まで戻る事が可能だと思うとちょっと安心できる。
とりあえず落ち着いて周囲を観察してみる。前は湖、右は森、左も森、そして後ろも当然——
「……!!?」
森——ではなかった。
いや、確かに後ろにも広大な森は広がっていたのだが、私のすぐ背後には別の存在があった。振り返ったら、視界が“それ”でいっぱいになったのだ。
一目見ただけでは、その正体は分からなかった。丸みを帯びた壁みたいだが、色がやたらと綺麗で目を奪われる。青緑に白を混ぜたような淡い色合いで、つるんと光沢を帯びていた。陽が当たっているところは宝石のように輝いていて、いつまでも鑑賞していたくなる。
そっとその壁に近づいて匂いを嗅いでみた。人間だった頃は視覚から得る情報を大事にしていたが、この姿になってからは嗅覚も頼りにしている。
匂いは驚くほど薄く、澄んだ水の塊じゃないかと思うほど無臭に近い。
しかし近づいて分かったのは、壁に鱗があった事だ。魚のそれじゃなく、『蛇』に似た……
「へ、へびッ……!?!?」
その生き物の名前が自分の頭に思い浮かんだ瞬間、私は混乱の悲鳴を上げ、転がるように後退した。
だってその壁は見上げるほど大きいのだ。その正体がとぐろを巻いた蛇だったなら、私なんて一口で食べられてしまうほど。
「…………」
驚き過ぎると声が出ないって言うのは本当らしい。
私はネコのようにボンッと体を膨らませ、ビクビクと肩をいからせたまま微動だにせず、その巨大な蛇から視線を動かせなかった。
このまま蛇が目を覚まさないうちにここから逃げよう。
と思ったのに、その計画は虚しく散った。とぐろを巻いたまま寝ていたらしい蛇だったが、私が発している恐怖のオーラを感じ取ったのか、唐突にのそりと頭を起こしたのだ。
「……」
「……」
お互い、無言で見つめ合う。
しかしこちらは思い切りビビって目を見開いているのに対し、あちらは寝ぼけ眼でボーっと見ているだけ。
私を認識した途端襲いかかってくるんじゃないかと思ったが、いつまで経っても動こうとしないし、お腹は減ってないのかも。私の生存率がちょっと上がった。
このまま目を離さないようにしつつ、徐々に後退していこう。踵を返してダッシュで逃げたい気持ちは山々だが、背後からこの巨大な蛇にシュルシュルと高速で追いかけられたりなどしたら、逃げてる途中で失禁する自信がある。背中を見せるのはこわい。
しかしじりじりと後ずさり始める私に、蛇は思わぬ行動をとった。
ゆっくりと口を開くと、低い声で言葉を発したのだ。
「スノウレア、か? 少し……小さくなったようだ」
この蛇、喋れるの?
私はガタガタと震えまくっていた足に力を込めた。言葉が通じると分かると、相手が巨大な蛇でも少し安心する。ただの獣ではなく理性があるのだ。母上の事も知っているようだし、きっと精霊に違いない。
と、ここまで考えて、私の心臓は別の意味でドキドキし始めた。
私はたぶん移動術を使って意図せずここへ来てしまったんだろうが、移動する前に一体何を考えていたか。この蛇の正体はきっと——
「ちちうえ?」
私の呟きは小さすぎて、たぶん相手には聞こえなかったのだろう。
大きくて綺麗な蛇は、相変わらず眠そうな目をしたまま訝しげにこちらを見つめて言う。
「体が……縮んだのか? おかしな事が……あるものだ」
父上の——もう勝手に父上と呼ばしてもらおう、父上の喋りはとってもスローテンポだ。その声の低さも相まって、聞いていると眠気に襲われる。
私はおずおずと彼に話しかけた。
「わたし、スノウレアじゃない。それ、ははうえ」
「ん? ……ああ、そうか。それでは、あの時……スノウレアが身ごもった子が……お前なのだな。もう……生まれていたのか」
父上はちょっと驚いたように、ごく僅かにまぶたを持ち上げ目を開く。
「あの、あなたわたしの“ちちうえ”?」
美しい蛇との距離を詰め、彼を見上げて言った。興奮してしっぽがパタパタと揺れてしまう。父親が蛇だったのはちょっと衝撃だけど、会えて嬉しいのだ。
感動の初対面になるかと思ったが、元人間の私と純粋な精霊では『親子』という関係の捉え方が違うらしく、とても冷静な言葉を返されてしまった。
「父、か……。そう言われると少し……違和感があるな。お前は水の……性質を受け継いでいない」
それを聞いて、しっぽが一気に垂れ下がる。
どうやら私、炎の精霊さんくらいのテンションで「おお、お前が私の子か! 会いたかったぞー!」なんて歓迎されるのを無意識に期待していたらしい。
私は悲しくなりながらも、せっかく父に会えたのだからと粘ってみた。
「でも、でも……! ちちうえとははうえが“つがった”から、わたしが生まれたんでしょう? ははうえだけじゃ、わたしは生まれないし……。だからわたしは、ちちうえの子でもあるとおもう」
「そうか……? そう言われると……そうなのかもしれぬ、な。お前はスノウレアの子で……私の子でも……ある」
しっぽが再び揺れ始める。
よし! 親子だと認めさせたぞー!
父親に会いたいのはただの好奇心なんて言ってたけど、親に「お前は私の子じゃない」的な事を言われたらやっぱり悲しくて、思わず食い下がってしまった。
けど迷惑だったかな、なんて認めさせてから後悔する。父上って、自分の事『精子提供者』程度にしか思ってない気がするから、いきなり「あなたは父親なんです!」って力説されても困るだろう。
まぁ生物学上の父親である事は間違いないと思うんだけど、精霊は人間とは考え方が違うわけだし。
鬱陶しいと思われたら嫌だな。そう不安に思い、その後私が何も話せなくなっていると、
「せっかくここまで来たのなら……ゆっくりしていくと良い……」
思いがけず、そんな風に言葉をかけてもらえた。嬉しくて振り過ぎたしっぽが千切れそう。
しかし父上はこちらを翻弄するのが上手いようだ。「ゆっくりしていくと良い」なんて言いながら私の相手をする気はあまりないらしく、持ち上げていた頭を巻いたとぐろの中に再び収め、まぶたを閉じてしまった。
え、寝るの?
「あの、ちちうえ……?」
オドオドしながら声をかけると、大きなまぶたが持ち上がって「どうした?」と低音の声が返ってくる。
「ううん、なんでもない」
「そうか……」
あ、また目を閉じてしまった。
私は静寂の中、独りぽつんとその場に佇んで、しばし困惑していた。父上のキャラがよく分からない。
しかしいつまでもこうしていても暇なので、ちょっと周囲を散策でもしてこようか。父上の言う通り、せっかくここまで来たんだしね。
私はまず、眼前に広がる美しい湖に近づいていった。海のような砂浜がある訳ではなく、背の低い草の茂った地面が途中で切れていて、そこから急に湖が始まっている感じ。岸に近いからと言って浅い訳ではなさそうだ。人間だったら膝まで浸る程度かもしれないけど、チビな私は頭まで沈む可能性がある。落ちないように気をつけないと。
湖でも波が立つ事はあるだろうが、今は風が吹いていないので、水面は凪いでいる。前足をちょんと浸けたら、すぐに波紋が広がった。面白いけど足の毛が濡れるのが不快だったのですぐに止める。
濡れた前足をペペペッと振って、今度は魚を探す事にした。水の中を覗き込むようにして、湖面に顔を近づける。
「……危ないぞ」
と、後ろから突然かかった声に振り向いた。父上が相変わらずとぐろを巻いたまま、片目だけ開けてこっちを見ている。寝てたんじゃないんだ。
「……」
「……」
2人無言で数秒見つめ合った後、私は湖から数歩遠ざかった。でも魚探しを諦めきれなかったので、未練たっぷりの視線を湖に向けた後、再び父上を見て言う。
「さかな見たい」
「……駄目だ……危ない……こっちへ来ていなさい」
私は渋々父上の近くへ戻って、その大きな頭に寄り添うように地面に座った。食べられないとは分かっているけど、巨大な口がすぐ近くにあるのはちょっとハラハラするな。
ちら、と父上を見上げると、私が隣に座ったのを片目で確認してから、またまぶたを閉じた。
その後も父上は、暇を持て余した私がもう一度湖へ向かったり、こっそり森へ入ろうとしたりするといつの間にか目を開けていて、「じっとしていなさい」とか「戻ってきなさい」とか言って私を呼び戻す。
そうして私が隣に戻ったのを確認すると目をつぶるという繰り返し。父上から8メートル以上離れると『呼び戻し』が発動するようだ。
ちょろちょろと動き回る私を心配してくれているようだが、その監視ぶりが母上より厳しくて細かい。
放任主義かと思いきや、意外とそうでもない? というか、逆に過保護?
頭を撫でたり、抱きしめたり、「可愛いでちゅねー!」なんて親バカ発言をする事こそないけれど……。
仕方なく、私は父上の隣でアリの巣を観察したり、父上の体の上で休んでいる小鳥たちにどこまで近づけるか試したりして時間を潰した。——余談だが、母上がキツネの姿で寝転んでいても、その体の上で小鳥が休む事は絶対無いと思う。母上は雪山の動物たちに称えられつつ畏れられている感じだが、父上は自然の一部として認識されているような気がする。
そして最後ら辺は、目に見えぬ8メートルの境界に挑んだしたりして。怒られないようにしながら父上から離れ、8メートルギリギリを楽しむのだ。
7メートル位の所で振り返ると、父上じっとこっち見てるからね。
あと、父上の視界に入らないよう後ろに回っても無駄だというのも分かった。のっそりと頭を持ち上げて視線で追いかけられる。
しかしちょっとうろちょろし過ぎたらしく、最終的に“とぐろの中心”に閉じ込められた。何この監禁方法。
「一人で歩き回るのは……もっと大きくなってから、だ……。子どもは……親から離れては……いけない」
「はい……」
父上って愛情が薄いんだか濃いんだかよく分からない。
結局父上の所にいたのは3時間ほどだっただろうか。会話らしい会話はほとんどしてないし、とぐろの中に入れられた後は一緒に昼寝してただけだが、それなりに楽しかった。短い昼寝から目覚めると、上から父上に寝顔を覗かれていてかなりビビったが。
とぐろの中から出してもらうと、父上を見上げて言った。
「じゃあ、そろそろははうえの所もどる」
まだ日が沈むまでは時間があるが、母上を心配させないように早めに戻った方がいいだろう。匂いを嗅がれたら父上に会った事は隠せないので、ここで長居していたと分かれば拗ねてしまうかもしれないし。
「そうか……なら、また明日……遊びに来ればいい」
「え、あした?」
「そうだ、明日だ……」
決定事項? 父上意外と押しが強い。
いや嬉しいけれども。最初は鬱陶しがられてると思ったから。
「じゃあ、あしたまた来る」
お昼頃には隻眼の騎士たちの所に行くから、その前か後にこっちに来よう。母上と母子水入らずの時間も作ってあげないといけないし、1歳児にしては結構予定が詰まってるな私。
「ああ……明日だ……必ず来るんだぞ。必ずだ……」
「わ、わかった」
こうして父と娘の初対面は幕を閉じ、その後なんだかんだで——というか父上に「また明日来い……」と言われ続け——毎日のように父上と会う事になるのだった。
ちなみに。
父上は人の姿に変わると、長い水色の髪の美丈夫だった。服装は、上等な白い一枚布を体に巻き付けたギリシャ神話の神みたいな感じ。
精霊って、服のジャンルに統一感ないよね。




